霧雨の向こうから水銀のひと塊が音もなくすり抜けてくる。 山間の車道をなめらかになぞりながら、それはやがて新緑の下へと滑り込んだ。そのさい梢が傘となって霧雨が途切れ、水銀は正体をあらわした。旧型のマーチボレロである。 ボレロは濡れて光るアスファルトの上を油のように滑り曲がると、再び新緑と霧雨とが混じる水彩の中へ静かに溶け込んでいった。 運転席には蝋のような老人の顔があった。 古いバケットハットに額を隠し、つばの陰からは厚い瞼の目が覗く。それは光なく、焦燥の瞳だった。老人は隠れがちな目をさらに細め、雨に打ち消えいく道幅を探り探りなおアクセルを踏み続けた。 昼前のラジオではここ数日柔らかい雨が続くと…