彼女の顔はクラシックの美しさを持っていた。(...)彼はいつもこっそりと彼女を「ルウベンスの偽画」と呼んでいた。 ルーベンス。国立西洋美術館にも何枚かは所蔵があつたと思ふ。ルーベンスの、陽光を帯びる鮮やかな色づかいは、確かに比類なく美くしい。だが彼の筆致は宗教画向きではない。彼の描く人間、薔薇色の肌を持つ人間は、生き生きとし過ぎてをり、背徳的ですらある。 主人公の年齢は定かでないが、恐らく十八から二十四の青年。年の割に少年の多感さを残してゐる。彼は恋愛に初心で、その気性にコンプレックスを抱いてゐるやう。本作はそんな彼の精神を分析する、フランス式の心理小説である。 以前、『聖家族』の時にも書いた…