福井県福井市(足羽郡)にあった朝倉氏5代の城館と山城。日本城郭協会選定による「日本100名城」の一つ。一乗谷館は、現在の福井市街の東南方向の足羽川支流の一乗谷川が流れる谷筋にあった城館で、戦国時代に越前国を支配した戦国大名の朝倉氏が居館としていた。その背後の一乗城山(標高473m)には、一乗谷館の詰の城として一乗谷城とよばれる大規模な連郭式の城郭が築かれていた。
オババはこれまで、福井を訪れる機会がほとんどなかったこともあり、 今回の旅行を計画するまで、この「一乗谷城」については、 ”日本100名城に入っている” ということくらいしか知らなかったのですよねぇ。 ところが、事前準備でYouTubeを見たり、本やネットで調べている中で、非常に興味深く感じ、 実際訪れてみて、さらに大好きになりました。 「一乗谷城」は、戦国大名の朝倉氏が、5代103年間にわたって、越前支配の拠点とした場所です。 一乗谷川沿いの谷間1.7kmに、細長い城下町が築かれました。 1573年に、織田信長によって焼き払われ、朝倉氏は消滅しますが、 その後土の中に埋もれたまま、開発の手が…
2023.11.02(木) 今回は福井県福井市城戸ノ内町の「一乗谷城」(一乗谷朝倉氏遺跡)です。 一乗谷朝倉氏遺跡は、朝倉氏の山城跡(一乗谷城跡)と城下町全体を指します。 元亀4年(1573)織田信長の侵攻を受け朝倉氏は滅亡、一乗谷の城下町は焼き討ちに遭い壊滅。一乗谷は農村となり、土に埋れ水田となりました。そのおかげで城下町遺構は比較的良好な形で保存されていたそうです。昭和42年(1967)に発掘調査が始まり、一乗谷は眠りから覚め、貴重な文化財として発掘整備が続いています。 谷から見上げる一条城山の「一乗谷城」 日本100名城スタンプは「一乗谷朝倉氏遺跡博物館」でGETしました。 復原町並入口…
昨年11月中旬に行ってきた「石川・福井」の2泊3日の旅行記。2日目、一乗谷朝倉氏遺跡の続きです。
2022年5月福井旅行。2日目。 前回の記事はこちら。 iechiko.hatenablog.com 本日2つ目のお城。一乗谷城へ行くために、丸岡城から一旦福井駅へ戻ってきました。 駅前の恐竜も見過ぎて最初の感動なくなったわ。ごめんやで、フクイサウルス。 (もはや写真を撮ることもしなくなったので、1日目の写真使いまわし) 丸岡城からのバスの接続が割とよくて、(連携してるとかじゃなくて、多分たまたま)あまり駅で時間持て余すことなくバスに乗れました。 一乗谷城へのアクセス 一乗谷城の歴史 朝倉氏館跡 唐門 館跡 朝倉義景公の墓所 復元町並 中級武家屋敷(復元) 上級武家屋敷群(跡地) 町家群 開館…
どうも、平吉です。 1日目の後編になります。 前回の越前大野城から向かったのはこちら、一乗谷城(No37)になります。 戦国大名の朝倉氏の本拠地ですね。 一乗谷城跡は私有地らしく登城はできませんが、谷の部分に遺構がありますので、見学してきました。 一乗谷城は谷の部分が城下町になり、両脇の山を利用した城塞都市になります。 こうして実際見ると規模でかいです。うまく自然の地形を利用しておりますね。 まあ最後はあっけなく落城してしまいますが😅 山にお城(防御施設)があったようです。 普段は谷の屋敷に居住し、戦時は山に籠もるというのは合理的ですね。 復原された町並みです。 メイン通りにしては狭いと感じま…
一乗谷城(一乗谷朝倉氏遺跡、福井県福井市)に行きました。100名城のひとつです。 遺構としては土塁や堀、門(唐門)が残っていますが、どれも大がかりなものではなく簡素な作りです(城跡ではなく館跡なので)。 観光客もそれほど多くなく、とても静かで風流な城跡(館跡)でした。 唐門 土塁の上から 売店で買ったもの:絵はがき
今回の福井・石川の旅で100名城は、一乗谷城こと一乗谷朝倉氏遺跡だけ行って来ました。 丸岡城や七尾城は近くを通ったのですが、時間の都合で城跡には行けず、今回は断念。 北陸方面はよく旅行に出かけるので、また後日訪ねようと思います。 To Instagram一乗谷朝倉氏遺跡は、県道18号線を挟んだ両側にありました。 西側には戦国大名朝倉氏時代の復元された町並みが公開されていました。 武家屋敷や町屋の一部が復元されていて、朝倉氏五代の栄華を少しだけ偲ぶことが出来ました。 To Instagram朝倉氏の本拠、朝倉館跡の唐門。 唐門そのものは朝倉館の遺構ではなく、朝倉氏滅亡後に建てられたものだそうです…