「こどもと家族で暮らす未来」――それは、私がずっと信じて疑わなかった“当たり前”のかたちでした。けれど、子どもを望む気持ちは確かにあったのに、40歳を過ぎていた私は認識が甘すぎました。出産の適齢期についての知識も、準備も、足りていなかった。つかさ君はHSP(繊細さん)で、子育てへの不安を抱えながらも、不妊治療への同意をしてくれました。タイミング療法に1年で結果がでなかったため、不妊治療で有名な病院へ転院し人工授精に移ってさらに数年。数百万の費用をかけ、会社の有給をすべて使い切りながら、通院を続ける日々。病院の待合室は、いつも焦燥感と不安の塊のような重たい空気が流れていました。誰もがうつむき加減…