佐藤栄作

佐藤栄作

(読書)
さとうえいさく

日本文学者、愛媛大学教授。1957年香川県三豊郡(現三豊市)生まれ。1981年早稲田大学文学部日本文学科卒、85年同大学院文学研究科博士後期課程中退、神戸山手女子短期大学講師、助教授、1996年愛媛大学教育学部助教授。2001年教授。2008-12年附属中学校長を兼任。娘は俳人の佐藤文香。

著書

  • 『見えない文字と見える文字 文字のかたちを考える』三省堂、2013

佐藤栄作

(社会)
さとうえいさく

1901〜1975。政治家。第61〜63代の内閣総理大臣。アジア初のノーベル平和賞受賞者。
山口県生まれ。同じく戦後に首相を務めた岸信介は次兄(養子縁組で岸姓を名乗る)。

1924年に東大法学部を卒業後、鉄道省に入省。地元・門司駅での見習いに始まり、敗戦後の47年には運輸次官にまで昇りつめる。翌48年に退官し、民主自由党(50年に自由党と改称)に入党、同年10月には第二次吉田茂内閣の官房長官となり初入閣。翌年の衆院選で初当選し、党の政務調査会長、幹事長のほか、第三次・第四次の吉田内閣でそれぞれ郵政相(51年)、建設相(52年)を務める。二度目の幹事長時代に起き、政財界関係者が相次いで取り調べを受けた54年の造船疑獄事件では、逮捕は必至というところで犬養健法相の指揮権の発動により免れた。なおこの間、兄・岸信介が53年に政界に復帰してからは、生涯兄と同じ選挙区(山口2区)で選挙戦を戦うことになる。
55年の自由党と日本民主党の保守合同による自由民主党発足時には恩師・吉田茂に殉じて入党を拒否するも、吉田の政敵であった鳩山一郎(初代自民党総裁)の引退後の57年には自民党入り。第二次岸内閣で蔵相(58年)、第二次池田勇人内閣で通産相(61年)を務める。
64年7月の自民党総裁選では池田と争い敗北を喫したが、同年11月、池田の病気による引退のあとを受けて首相に就任。同内閣は72年7月まで三期、7年8ヶ月にわたって続くことになる。憲政史上最長の連続在任期間となる長期政権を維持できたのは、その巧みな人事管理も然ることながら、河野一郎や大野伴睦ら党内の政敵の相次ぐ死去・引退も理由にあげられる。
在任中には、アメリカとの沖縄返還交渉をはじめ日韓基本条約締結、大学紛争や公害への対策など、戦後処理や高度成長によって吹き出した様々な問題に追われた。だが一方では、根本的な対策をとっていないとして、「栄作ではなく無策」(大宅壮一)などといった批判も受ける。72年の辞任会見の際には、新聞の「偏向」を理由に新聞記者を追い出し、一人テレビカメラの前で会見を行なった。
74年、首相在任中に非核三原則を提唱するなど太平洋地域の平和に貢献したとして、ノーベル平和賞を受賞。国内には疑問の声も上がった。翌年6月、脳卒中で死去。享年74。


次男に佐藤信二前衆議院議員がいる。
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