応仁の乱で西軍(山名宗全)が陣を張ったことから西陣と呼ばれるこの地は、西陣織の産地としてもよく知られている。特に大宮通今出川下がった一帯は、江戸時代中頃は立ち並ぶ生糸問屋、織物問屋が一日千両に値する生糸・織物を商った地域で千両ヶ辻と呼ばれた。 今でも往時の面影を残している商家が多く、一帯でひな祭りイベントが行われた。 ここ町家写真館では、何組ものお雛様が所狭しと飾られている。 この雛飾りは、昨年まで我が町内におられたHさんが寄贈された大正時代のもので、華麗なお道具の数の多さに目を見張るものがある。 これ以外にも各時代ごとのお雛様がおられ、お顔の違いが見て取れる。 享保雛 古今雛 明治時代 大正…