(嘉永7年閏7月12日[2](1854年9月4日) - 昭和9年(1934年)1月28日) 日本の学者。工学博士。帝国大学工科大学初代学長。東京仏学校(後の法政大学の前身の一つ)初代校長。土木学会初代会長。日本工学会理事長(会長)。東京帝国大学名誉教授。男爵。帝国大学工科大学長・土木学会長・工学会(日本工学会)理事長として、日本近代工学ならびに土木工学の制度を創った。
播磨百人伝 表紙 播磨百人伝 寺林 峻 著 のじぎく文庫 編集 神戸新聞総合出版センター 発行 2001年5月1日 第1刷発行 播磨にゆかりのある百人を、神代・古代・中世・近世・近代から選んでいます。 このブログでは主にヨーロッパ関係のことについてメモっているのですが、今回は特に欧州関係に限定してみます。 幕末の混乱は二つの流れで姫路城下へも及んできた。 一つはロシア、イギリス、アメリカといった国が次々と開国を迫ってやってくる。もう一方では幕府の政治を変えようとして勤王を叫んで立ち上がる志士の波である。この二つの流れに足をかけた姫路の青年がいた。秋元安民である。p206 古市公威、 佐幕派の姫…
本郷一丁目のクスノキがある歩いている時、煉瓦塀があるのに気が付いた。 たまにこの道は歩いているのだが、今まで気が付かなったのは、興味がなかったからだろう。 興味の対象が狭まるどころかどんどん増え続ける今日この頃。発見日 2024年5月4日(再訪日2024年5月7、11日) 発見場所 東京都本郷一、二丁目本郷ハウスマンション ヴェルビュ本郷壱岐坂弐番館に咲いているバラ越しに煉瓦塀を見る。 右側の通り 正面 左側 隅切り 上部の装飾 建築計画のお知らせが貼られていた。 着工は来年のようだが、マンションは解体は年内に開始されるのだろう。 この煉瓦塀はどうなるのだろう?本郷MKビル 左側 右側 パーク…
明治時代の3つの大きな水害により、高梁川の改修工事が現実に動き出して東西用水酒津樋ができたようです。 1911年に内務省直轄で始動した高梁川改修事業は、フランスで近代土木建築学を学び、後に港湾治水の祖と謳われた沖野忠雄技監が陣頭を指揮した。工事では全長24kmの堤防構築とともに干ばつ時に頻発した農業用水争いを鎮めるための川の両岸にあった11ヵ所の取水樋門を統合、用水を経済的かつ公平に分配する新たな樋門をRC構造で建設した(1924年)。 沖野忠雄技監、どこかでこの名前を引用した記憶があるような気がしてブログ内を検索すると、淀川改修工事でした。 当時、たびたび氾濫を起こし周辺住民を悩ませた淀川。…