作家 1911(明治44)年、兵庫県生まれ。 姫路中学を中退、大阪に出て、見習いコックなどの職を転々とした後、1928(昭和3)年、宇治川電気鉄道に入社した。 日本共産党の細胞として活動中に、1931(昭和6)年の一斉検挙で逮捕される。 1933(昭和8)年出獄してからは文学、実存哲学に傾倒し、小説を書きはじめる。1947(昭和22)年、「深夜の酒宴」を『展望』に発表して、戦後文学の代表作家となる。 やがてキリスト教に入信、独自の文学を形成した。 1973(昭和48)年3月28日没
【三輪彰監督の想い出】
キリスト教とか信じてる人って、ダーウィンの進化論なんかを、どう思っているんだろう? 椎名麟三は、キリスト者だったが、その評論(エッセイ)を読んでいると、「信じられないということが、基本なのである」と云っている。「何かを信じられないつらさというのは、信じよう、信じようとするから、つらくなるのだ」と。 つまり彼は、キリスト者でありながら、それを信じていない、信じられない人の「味方」でもあったのだ。講演記録の中で、本人もそう言っている。 で、信じられないということは、「理解できない」ということでもあるという。「理解できるから、信じられる」と。 仏教の、おシャカさんは、生まれた途端に何歩か歩いて、天上…
ぼくは宗教をもっていないが、椎名麟三がクリスチャンだったので、その著書の中にはキリストのこと、聖書についてのことが書かれてあるものが少なくない。自然、聖書の中の部分部分を読むことになる。 中でも、イエスの復活の場面についての椎名麟三のこだわりぶりには、放っておけないものがある。延々と数ページに渡って、この復活の場面について書かれている。(椎名麟三全集14、冬樹社) イエス・キリストという、人だか神だか、ともかくその存在は、一度死んで、生き返ったらしい。これが、復活というものであるらしい。 椎名麟三がこだわっているのは、その復活の場面である。 呆然とする弟子たちの前で、「わたしは幽霊ではない。ほ…
初期の作品で、大好きな小説。 やっぱり絶望的な主人公が、絶望しか見い出せないような日常の中で、散歩をしている。「ふと」映画館に入ろうと思う。この「ふと」が、気に入って、映画館に入る。 スクリーンの前のほうで、落花生か何かを食べながら鑑賞しているひとりの女性が目につく。 映画館を出て、駅へ向かう。駅に着く。寒い。吹きつける北風をしのぐために、ホームの下の階段で、電車が来るのを待つ。 そこで主人公は、またあの映画館で落花生を食べていた女性を見た。 そういえば、自分が散歩をしていた街なかで、ある事件が起こった時、ヤジウマしていた自分の後ろにも、あの女性はいた。 上り電車が来る。下り電車も来た。女性は…
エッセイといえば、伊集院静が好きだった。週刊文春に連載されていた「二日酔い主義」をまとめた文庫本。 一日家に帰らないと言い訳を考え、二日目は怖くて帰れなくなり、三日目には「よし、離婚してやろうじゃないか」と開き直ってとうとう帰るという、どうしようもない生活が淡々と書かれてあったりする。 そうとうの酒飲みで、また競輪が大好きで、そうとうの額を負けていたらしい。 下田治美の「ぼくんち熱血母主家庭」(講談社文庫)、エッセイではないが自伝的小説「愛を乞うひと」(角川文庫)も面白かった。母主家庭とは、母子家庭なのだけど、文字通り母としての主導権を圧倒的に振るい、ひとり息子のリュウ君を育てて行く物語。「愛…
椎名麟三という作家を、知っている人は少ないのだろうか。「戦後文学」というジャンルに分類される。「太宰の次に死ぬのは椎名だ」と言われていたが、冬樹社から24巻の全集が出され、脳内出血という自然死によって61歳まで生きた作家である。「深夜の酒宴」がデビュー作だ。 近年、「自由の彼方で」が講談社文芸文庫から出ている。 それによると、大江健三郎は、椎名麟三の葬儀の弔辞で、「助けてくれ、助けて下さい、と貴方に向かってひそやかにつぶやいてしまう自分を見い出します。椎名麟三さん、日ましに私どもには、あなたのはげましの光が必要となるでしょう。」と述べているという。 私にとって椎名麟三は、「音楽」のジャンルでブ…
「人間に死があるように、小説にも死がある。 さらに決定的に言えば、何かのためにどんなに懸命に書こうとも、それは釈迦の掌の上を走り回っている孫悟空のようなものなのだ。 結局は、無意味なのである。 しかし、ここで大切なのは、走り回っている孫悟空の方は、真剣であったということなのだ。」 ── これは、人間や小説、書くことにかぎらず、なんにでも当てはまることだと思う。
旅館で働く客室係の女性が、厨房でヤカンの熱湯を誤ってこぼしてしまい、悲鳴をあげてうずくまった。両足に、かなりの量の熱湯を被ったのだ。「誰か、水! 早く、水!」彼女は叫んだ。 それを見た皿洗いの男は、水を持って行くのではなく、そのヤカンを手に取った。そして自分の足に、わざとその熱湯を同量かそれ以上を掛けたのだった。「あちちちち!」男は情けない悲鳴をあげた。 女はあっけにとられた。男は火傷の痛みに悶絶している。 部屋で、それぞれが自分の火傷の手当てをしながら、ふたり、突然げらげら笑い出した。女は、「けったいな人やなあ、あんたは」と言いながら。男は、女と同じ「痛み」を味わえたことに奇妙な喜びを感じな…
清作 「神様!……神様!」神の声 (やや遠く)「なんや?」清作 (困った声で)「神様、私、山田清作です。この死んだ私は、これからどうなるんですか。神様!」神の声 (ラウドスピーカーのような大きな、呆れた声)「ほんまにお前は、つまらんやっちゃな。」清作 (打ちしおれて)「はい、神様。」神の声 「もう一度、生きなはれ。」清作 (驚いた声で)「え? また同じ目にあうんですか?」神の声 「そうや。みじんの狂いもなくな。」清作 「どうして、あんなくだらない生活をまたやるんですか?」神の声 (厳然と)「お前がそれをえらんださかいや。」清作 「だって、神様、あんな私の生活、ほんとうにくだらないじゃありません…
2003年の夏に、椎名麟三全集全24巻を30.000円で買ったのである。 当時、インターネットで検索していて、いちばん安価であった。なかには、これを10万円とか20万、30万円で売っている古書店もあった。それが悪いなんて思わない。ただ、ぼくには高すぎると感じただけだった。 しかし1巻、定価で2000~5000円するのだ。(その厚さによって価格も異なってくる)それが24巻で30.000円だったのだから、破格の安さだったといっていいだろう。その古書店は、まもなく営業を辞めてしまったようだったが、家から電車で近く、家人と買いに行き、ふたり、本の重さに耐えながら運んだ。あの本屋さんでなければ、入手して…