百人一首第53番目の歌の作者は右大将道綱母みちつなのはは。 「蜻蛉日記」の作者としても知られていますね。 また、清少納言らと共に女房三十六歌仙の一人ともされています。 今回は右大将道綱母について紹介します。 右大将道綱母とは 生年936年、没年は995年。 藤原兼家の妻の一人。兼家との間に道綱が生まれています。 「蜻蛉日記」は藤原兼家との結婚生活について綴ったもの。 百人一首に選ばれている歌は、藤原兼家に宛てて書かれたものでした。 藤原兼家が他の妻のもとを訪れたあと、道綱母の家を訪れますが、道綱母は門を閉ざしたまま兼家を家に入れませんでした。 その翌朝、道綱母は、褪せて色変わりした菊の花ととも…