信州上田の別所温泉。不思議な場所だ。 そこは山国信濃の山の奥。ここに向かう旅人は、千曲川沿いの街道をはなれ、明るく拓けた野を進む。 野は沃野。「塩田平」という。 だが、初めから沃野だったわけではないだろう。おそらくは無数の農業土木が古代から繰り返された。その証拠に、溜め池の数、大小百とも二百ともいう。 かつて、このあたりの収穫は、真田――仙石――松平、三氏にわたって上田の城下を支えつづけた。 この広い野を割って、いまは線路が走っている。上田電鉄という。その行き止まりに別所温泉がある。 別所温泉、古い湯だ。いつ頃からひらけたのかよくわからない。 枕草子に出てくる「七久里の湯」は、ここをいうのでは…