安芸武田氏の当主。佐東金山城主。官途名は刑部少輔。元綱の子。光和の父。当初は惣領家である若狭武田氏の安芸国における代官的地位にあった。 大内氏との敵対 温科国親の反乱 大内氏に属す 大内氏からの離反 有田合戦 参考文献 大内氏との敵対 武田元繁の父である武田元綱は、応仁文明の乱で兄の武田国信(若狭武田氏当主)と袂を分かって西軍の大内氏に味方していた。元綱は文明十三年(1481)五月に伊勢貞宗の斡旋で国信と和睦(「蜷川家文書」116)。元綱はこのあと、吉川元経に対して石見の福屋氏支援を指示するなど(「吉川家文書」380)、分郡支配に関与しており、「安芸代官」的地位に復したことが確認できる。 明応…