(1912〜2002年) マラソンランナ−。朝鮮人初の金メダリストで、民族的英雄。 明治大学法学部卒。
1912年5月29日、日本の植民地下にあった朝鮮半島の平安北道新義州(現朝鮮民主主義人民共和国領内)に生まれる。 1936年、ベルリンオリンピックに「日本代表」として出場、世界最高記録で優勝。表彰時は「君が代」が流された。
大会直後に「日の丸」を塗りつぶした写真が朝鮮紙に掲載されたことから、日本憲兵の厳しい監視下におかれた。 第二次大戦後は韓国陸上界の要職を務めた。
三重・伊勢神宮の日本国旗(写真:丸井 乙生) 1936年ベルリン五輪には輝かしくも、手放しで喜べない金メダルがあった。 男子マラソン・孫基禎は、アジア人初のマラソン金メダルを獲得した。当時日本の植民地だった朝鮮出身で、日本代表として出場。戦後は韓国マラソン界の発展に寄与し、88年ソウル五輪では開会式の聖火リレーに登場した。日本男子マラソン界にとって最初で最後の栄光でありながら、孫や故郷の人々は複雑な思いを抱えていた。 金メダルの数だけ、超人たちのドラマがある。 日本新記録!目指すは2個目の五輪金メダル 幼少時から鍛えた足 前年の世界記録で五輪代表に 胸の国旗をめぐる攻防 教え子が自分の記録を塗…
1936年ベルリン五輪陸上男子マラソンに出場した孫基禎(写真:Ullstein Bild/アフロ) メダルの数だけ、超人たちのドラマがある。 2016年リオ五輪までに日本が夏季大会で獲得した金メダルの総数は142個。本コラムでは、日本五輪史上初の金メダリストとなった陸上三段跳びの織田幹雄から、日本バドミントン史上初の金メダルを獲得した「タカマツ」ペアまで、すべての五輪金メダリストと、そのメダルに秘められたドラマを紹介する。いつの時代も、世界一の称号を目指す選手の情熱は変わらない。五輪を制した勇者たちの姿から人生の醍醐味が見える。 朝鮮出身の日本代表 快挙達成も悲しい騒動 終戦後は後進育成 朝鮮…