フランクルは、自身の死生観を表現するために、 人の人生を砂時計に例えた。 砂時計の上の部分には、これからの未来があり、 そこには中心の狭い部分をすり抜けて、 下へ落ちるための砂が入っている。 砂時計の下の部分には、すでに流れ落ちた砂、 すなわち過去がある。 そして、中心のくびれた部分が〝今〟に当たり、 僕たちは常に、今という、このくびれた部分にいる。 僕たちは、ひとつひとつの砂粒を、 今というくびれを通して、過去へと流していっている。 そして、フランクルは、どのように砂粒を落とすかが、 その人の人生における決断を意味していると考えた。 フランクルは、 収容所のような、自由とは程遠い場所において…