【島原の乱の宮本武蔵】など本当ならば終わらせてしまいたい項目がたくさんありますが、諸事情によりそちらはひとまず休止し、これからはしばらく【戦国負傷統計を見直す】に注力する方針とします。 今回は島原の乱のまとまった形の負傷申告を計算し終わりましたので、それを応仁の乱~島原の乱期の石傷に算入し、また今後このような島原の乱の手負の扱いについてどうするかを考えます。 以下は肥後八代松井家の『先祖由来附』(※1)にある、島原の乱の際に細川家筆頭家老・長岡佐渡守(松井興長)が率いた軍勢の負傷記録から石傷受傷者をピックアップしたものです。出典である『八代市史 近世史料編8』のページ見開きごとにグループ分けを…