今回から3回にわたって、「不登校」という現象をめぐって、私自身の体験や思いをもとに、子どもとの関わり方や社会のまなざしについて考えていきたいと思います。 第1回となる今回は、「不登校の原因」という言葉に潜む前提や、そこから見落とされがちな“個”の姿に焦点を当てます。 ■「原因」を探す親心——でも、それは“理解”と同じではない 子どもが学校に行けなくなったとき、多くの保護者は戸惑いながら、こう自問します。「いったい、何が原因なのだろう?」と。 体の問題か、心の問題か、それとも家庭の在り方なのか。理由がわかれば、対処できるかもしれない——。そんな想いが、「原因探し」へと親を向かわせるのは自然な流れ…