禅宗を日本に持ち帰った栄西。しかし実のところ、他の宗派の例に違わず、禅の教え自体は、奈良時代から平安時代にかけて既に伝わっていたのである。例えば平安時代前期には、唐の禅僧・義空が皇太后・橘嘉智子に招かれて来日し、檀林寺で禅の講義が行われている。しかしながら当時の日本における禅への関心の低さに失望し、数年で唐へ帰国した、とある。 この時は、禅は日本に根付かなかった。しかし禅に関する知識は、先達たちが日本に持ち帰っていた各種の書籍に――散逸的な形ではあるが――残されていたのである。 これに着目した男がいた。平安末期の比叡山の天台僧侶、大日房能忍である。当時の延暦寺が所持していた仏教文献の数は日本一…