阿蘇の歴史と蘇我氏を追っていくと、蘇我氏はペルシャ人であったのではないかと考えられる。熊本とヤマト王権の関係をつなぎながら、阿蘇と蘇我の謎を追う。次の流れで紹介していく。 ・卑弥呼や台与は熊本の人物・卑弥呼や台与の遣使・邪馬台国ことヤマト国は熊本・弟橘姫と蘇我姫の関係・熊本とヤマト王権との関係・女性首長のあった地域・日本に渡来していたペルシャ人(イラン人)・依羅と我孫子はイラン・阿蘇と蘇我・ゴソとトヨクニ・朝臣と阿蘇美・熊襲について ■卑弥呼や台与は熊本の人物卑弥呼は当て字である。当時は日に向かうとして”ヒムカ”と呼ばれていた。209年頃~247年頃の人物。 台与(トヨ)は12歳のときに巫女修…