15年前、私は小学校の教室の窓際で、ホグワーツの入学案内書を咥えたフクロウを待っていました。姉と共有だった本をボロボロになるまで読み返し、ノートに呪文集を書き写し、木の枝を杖に見立てて、箒に跨って走り回り、親に手を引かれて映画館へ足を運びました。幼少期の私にとって『ハリー・ポッター』シリーズ(以下、ハリポタ)は人生の友であり、この上なく輝いていたのです。 それだけにここ数年、原作者のJ・K・ローリングがトランスジェンダーに対する差別運動の煽動者にまで落ちぶれたと知ったときは、深く失望したものです。“ハリポタ”のような児童文学といった類のものは、現実世界の学校や家庭、社会に居心地の悪さや疎外感を…