80年代のプロ野球選手。現・東北楽天ゴールデンイーグルスコーチ。通称「玉三郎」。
右投右打、ポジションは遊撃手。背番号は55→54→9→7番。
1959年10月7日生まれ。福岡県出身。
柳川商業高校*1で立花義家・久保康生と共に1976年夏の甲子園に出場。
1978年、ドラフト3位で阪神タイガースに入団。
出場機会にほとんど恵まれなかった。
1983年、山川猛との交換トレードで西武ライオンズに移籍。
控えの野手として一軍に定着。ライオンズの黄金時代に貢献した。
1988年、日本シリーズ第6戦でプロ初本塁打を記録。
1989年以降、田辺徳雄の台頭により出場機会が減少。
1991年、金銭トレードでヤクルトスワローズに移籍。
1992年、現役引退。
1993年、西武ライオンズの二軍守備・走塁コーチに就任し、古巣復帰。
退団後、株式会社アソボウズに勤務。
また、マスターズリーグ・東京ドリームスの選手としても活躍。
2004年、韓国プロ野球・LGツインズのコーチに就任。
2005年、東北楽天ゴールデンイーグルスの二軍守備・走塁コーチに就任。
*1:現在の柳川高校。