宮崎県都城市高城町大井手にある三俣院高城(みまたいんたかじょう)跡にいってみた(2021年10月訪問)。別名に月山日和城(がっさんひわじょう)とも。14世紀前半に肝付兼重(きもつきかねしげ)が築いたのが始まりとされる。この地は都城盆地の要衝であり、南北朝争乱期よりたびたび攻城戦が展開された。持ち主もころころと変わっている。 『三国名勝図会』(薩摩藩が編纂して地理誌)によると、池城・内城・中城・桶廣・本城・真城・樽原・取添などの曲輪があったという。山城跡は開発により一部のみが残る。現在は池の城(池城)・内の城(内城)・中の城(中城)を見学できる。 山城跡を散策 肝付兼重の奮闘 南朝方が奪い返す …