今月下旬に申しあげる、文学入門のお喋りのさいに、会場でお客さまに配布する資料がようやくできた。 文章講座と銘打ってはあるが、法律を扱う日本語やビジネスの日本語、その他分野ごとの特色や慣習があろうなかで、文学の世界で考える日本語文章というものは、という点に焦点を絞って語るわけだから、つまりは文学入門である。 資料といっても、要約でも粗筋でもなく、参考文献等の紹介でもない。おおよそこんな噺になろうかとの項目羅列であり、目次のごときものだ。しかも今のところこんなふうに考えているのだがという、目下の目安に過ぎない。当日はその場の気分で、どんな噺が口を衝いて出るものかは、予測の限りではない。 お喋りのご…
晩ご飯にチキンカレーを食べていた家人が「もうろくしたな、オレ」っていうので、突然、漢字で「耄碌」と書いてみたくなり毛筆で書いた。 で、「もうろくって漢字でこう書くんだよ」と、えらそうに見せつけた。 久々に書いたから、間違ってるじゃん。えらそうに見せつけて、嘘おしえてるじゃん。 画数の多い漢字はこれだから、もおおお。 こうです。 相変わらず、字が下手だ。 書道、習いたい気持ちはあるのだが、色々やり過ぎていて悩ましい。 3年前に新大久保で買ってしまいこんで忘れていたが、先週の大掃除で発掘された、アメリカ前大統領風の靴下。 なぜか、靴下という靴下に穴が開いていたり、片っぽだったりと、履きたいときにな…
5月24日(金) 残高:1,179,582円(△1.6%) 建代:2,697,500円 コメ:まあそれなり。課題は売りで取れないこと。 20240524
宝永6年7月7日。松平玄蕃様の生見霊(いきみたま、親の魂を祀る)の祝儀として左京様にこの日膳を上げられ、役人にも料理を下される。渥美甚五郎も盃などを頂戴し、ちょうど良い時と山城守様の勘気を詫び、さらには諌めた。さしでがましいと玄蕃様に命じて殺させた。3度切りつけたが切れなかった。甚五郎は退いて次の間にうずくまっていた。近習が甚五郎を討とうとしたが、甚五郎が叱りつけて追い払っているところへ左京様が現れ、討ち留められた。手向かうことはなく、忠臣だと称えた。公儀は届けを出して済ませた。左京様は耄碌しており、甚五郎は番頭役で左京様の婿であった。妻は山城守様と同腹だと云々。妻は牢に入ると云々。
元禄9年2月1日。酉半(午後6時)、火事だと騒ぎがある。文左衛門が外に出ると、遠く東の方角に薄く火の光が見えた。蕨(わらび)を焼くのか、それとも遠方で火事なのかはよくわからず。加藤平左のかめという婆は近頃もうろくしていた。この夜、密かに裏へ出て、せせなげ(どぶ)の上に仰向けになって倒れていた。夜明けに見たところ、死んではいなかった。