14世紀の日本は、まさに乱世である。京では足利尊氏(あしかがたかうじ)が樹立した武家政権(室町幕府、北朝)と、吉野に逃れた後醍醐天皇(ごだいごてんのう)の政府(南朝)が並び立つ。北朝と南朝の争いはなかなか決着がつかず、日本中が振り回される。 【関連記事】鎌倉幕府滅亡から南北朝争乱へ 九州の有力者たちも北朝方と南朝方にわかれて激しく争った。南北朝争乱期の南九州の状況を、島津(しまづ)氏の動きを中心に追っていく。元号は北朝・南朝のものを併記。日付は旧暦で記す。 鎌倉時代末期までの島津氏 朝廷は弱体化、おまけに分裂 後醍醐天皇の倒幕挙兵 挙兵再び 幕府滅亡 建武の新政はじまる、そして崩壊 足利尊氏の…