団子坂上の鷗外記念館から、根津神社方面へ下っていく坂道が「薮下通り」。 昔は本郷台地の中腹から根津方面に抜ける間路であり、踏み分け道であったこの道は、 江戸時代の切絵図(区分地図)を片手に、日和下駄を履いて蝙蝠傘を持って、東京市中の路地や坂道を、方々歩いていた永井荷風(明治12.12.3~昭和34.4.30 小説家)の、お気に入りの道でした。 荷風はこの薮下通りを通って、敬慕する鴎外の観潮楼に通っていました。 今ではすっかり整備され、立派な住宅が立ち並び、踏み分け道の感はどこにもありませんが、かつては道幅も狭く、雪の日には積もった雪の重みでしなった笹竹で、通るのも困難になるほどの道だったそうで…