伝統とは、ときに信頼なのだろう。 フランスがスエズ運河の開削に、オランダ人らを大挙雇用した如く。 村田銃の量産作業に際会し、明治政府もひとつ凝った手を打った。 玄人衆を引き入れたのだ。 彼らは西南から採った。種子島の鉄砲鍛冶に声をかけ、遥々帝都へ呼び集め、実務に当たらしめたのである。 (Wikipediaより、村田銃) 日本歴史に於いて初めて、国産銃器の製造を成就せしめた工人集団の末裔を、今度、これまた、またしても、日本史上初となる国産ライフルの製造に携わらせたワケだった。 実に妙味な配置であろう。 心憎い、とすら言える。 この方針はただの絵合わせ、ゲン担ぎ、判じ物にとどまらず、目に見えて良果…