類体論は、代数的整数論における重要な理論のひとつ。アーベル拡大の性質が数論的によく分かるという理論。主要な部分は高木貞治とエミール・アルティンによって得られた。
まずアーベル拡大と類体を説明する。
代数的整数論では、数の範囲を広げることによって整数の問題を考える。歴史的には4次剰余の相互法則の定式化のためにガウス整数Z[i](a、bを整数としてa+ibと書ける数)を導入したガウスや1のn乗根ξnを添加したZ[ξn]を考察して相互法則やフェルマーの最終定理の研究を発展させたクンマーの研究などが代数的整数論の先駆といえる。
数の範囲を広げるという考えは、「体の拡大」と「体に含まれる代数的整数」という形で扱われる(ガウス整数は有理数体Qを拡大した体Q(i)に含まれる代数的整数であり、Z[ξn]は円分体Q(ξn)に含まれる代数的整数)。
そして体の拡大のうちガロア群が可換群(アーベル群)になるものを特にアーベル拡大と呼ぶ(ガロア群とは何かという説明は省略。なお「拡大」という語は、体を拡大する「こと」と拡大してできた「拡大体」のどちらを指すのにも使われる)。例えば上で挙げたQ(i)、Q(ξn)はアーベル拡大であり、を添加した体Q(
)は非アーベル拡大である。
クロネッカーやヒルベルトなどの研究により19世紀後半以降、アーベル拡大の整数論が注目、研究されていた。
数体の理論は驚く程美しくかつ調和のある建築物である。この建築物の最も豊かに賦与された部分は、クンマーが高次相互法則の業績で、またクロネッカーが楕円関数の虚数乗法の研究で道を開いてくれた、アーベル体及び相対アーベルの理論であるように思われる。これら二人の数学者がアーベル体の理論に与えた深い洞察は、また同時にこの学問の分野において多くの価値ある宝がなお隠されており、これらの宝の価値を知って、それを手に入れる手段を心から追究する研究者達をさしまねいている。
(ヒルベルト「代数体の理論」(1897年):翻訳は河田敬義『19世紀の数学 整数論』による)
代数的整数論で重要なことのひとつに、体を拡大したときに素数がどう分解されるかという問題がある。例えばQの素数5はQ(i)の世界では素数ではなくなり(2+i)(2-i)と分解されるけど、素数7はQ(i)の世界でも分解せず素数のままである(これは5はx2+y2の形で表せるが7はそのようには表せないことに関係している)。またQ()の世界で、31は
に分解され、3は
に分解され、7は分解されない等。
そして類体とは非常におおざっぱにいえば、素数がどう分解されるかがその素数を何かで割った余りで決まるような拡大体のことである。
例えばQ(i)は、Qの素数のうち4で割った余りが1となるものは2つに分解され(5=(2+i)(2-i)、13=(2+3i)(2-3i)、17=(1+4i)(1-4i)等)、余りが3となるものは分解しないという法則があるのでQの類体である。一方Q()は、Qの素数が分解するかどうかが余りだけでは決まらないのでQの類体ではない。
別の例として「8で割った余り」というのを考える。この場合、分解の法則(余りがいくつのとき分解するか)として可能なのは{1,3,5,7}、{1,3}、{1,5}、{1,7}、{1}の5つである(説明を端折ってしまったが、各集合は群でないといけないのでこれら以外の組は排除される)。ここで例えば{1,3}は「8で割った余りが1か3のとき分解する」を表す。これらの分解法則に対応する拡大体がもし存在するならそれらが類体である。そして幸いなことにどれについても類体が存在する。
余りを表す群 | 類体 | Qの素数の分解規則 |
---|---|---|
{1} | Q(ξ8) | 8で割った余りが1である素数は4つに分解する |
{1,3} | Q(√(-2)) | 8で割った余りが1か3である素数は2つに分解する |
{1,5} | Q(i) | 8で割った余りが1か5である素数は2つに分解する |
{1,7} | Q(√2) | 8で割った余りが1か7である素数は2つに分解する |
{1,3,5,7} | Q自身 | 8で割った余りが1,3,5,7の素数は1つに分解する(=分解しない) |
※「―⊂」は「⊂」と同じ意味
(ここまで整数の割り算と素数を使って述べてきたが、実際にはイデアル等の概念を使ってもっと詳細な定義をおこなう必要がある。
例えば、K=Q(√-5)をK(√5)=Q(√-5,√5)に拡大したとき、Kの素イデアル(≒素数)Pについて「PがK(√5)で2つに分解する⇔PはKの単項イデアル」という(イデアル類によって決まる)分解法則が成り立っている。
イデアルの群 | 類体 | Q(√-5)の素イデアルの分解規則 |
---|---|---|
{(1)} | Q(√-5,√5) | (1)と同じイデアル類に入る素イデアルは2つに分解する |
{(1),(2,1+√-5)} | Q(√-5)自身 | (1)または(2,1+√-5)と同じイデアル類に入る素イデアルは1つに分解する |
この分解法則には「余り」が出てこないがこれも類体の例である。「余りで決まる」というのは単純化した言い方で、実際には、イデアル類による類別に剰余による類別を合わせたような群を用いて定義される)
そしてこの例に限らず、どのような除数による分解法則(を表す群)を取っても必ずそれに対応する類体が存在ししかもアーベル拡大になるというのが類体論の重要な定理のひとつである(存在定理)。また逆にどのアーベル拡大も必ず、何らかの分解法則(を表す群)についての類体になる(主定理)。
つまり「アーベル拡大=類体」となるので、アーベル拡大の性質は類体を調べることでよくわかり、素数の分解の性質も把握される。これが類体論の最も基本的な部分になる。
ヒルベルトは、非凡なる洞察力を以て、クンメル体論の示唆によって、一躍、一般アアベル体論の骨格を予想し、その端緒として特殊類体論のプログラムを作った。然るに一般類体論の登場は、予想を超越して、アアベル体即ち類体という帰結をもたらし、アアベル体論はここに一段落を画したのである。
高木貞治『代数的整数論』
類体論は非常に強力な理論だが万能ではない。
アーベル拡大(=類体)の存在自体は類体論によってわかっても、アーベル拡大を具体的に得ることについては類体論は教えてくれない。
有理数体Qの場合は、任意のアーベル拡大は1のn乗根(=指数関数の特殊値e2π/n)の有理式の添加によって得られるという結果がある(クロネッカー・ヴェーバーの定理)。上の「8で割った余り」の例でいうと√2=ξ8+(ξ8)7、√(-2)=ξ8+(ξ8)3、i=ξ4=(ξ8)2などと1の8乗根ξ8の有理式で書ける。つまり有理数体Qの場合
という三位一体が成立している。虚二次体(負の整数dについてQ(√d)という形の体)のアーベル拡大についても指数関数の代わりに楕円(モジュラー)関数によって同様のことが成立する(クロネッカーの青春の夢)。しかし一般のアーベル拡大の構成は未解決の問題で、類体論はそうした構成なしで成立している。
類体論では非アーベル拡大は理論の対象外になる。これについては非アーベル拡大も包括する非可換類体論が進展している(「全てのアーベル拡大は類体である」は「全てのガロア表現は保型表現から得られる」という予想に一般化される。類体論は表現が1次の場合にあたり、2001年に証明された谷山・志村予想は2次の場合に含まれる)。