文政2年6月23日。隠居高垣八郎平。その方についてはいろいろと行いが良くないと聞いており、一昨年御咎めを仰せ付けられたが、その後も慎まず、おかしなところへ出入りしていると聞いたので昨年蟄居を仰せ付けられた。しかし、それ以後も慎まず、頭の方から申し立てがあったので、取り締まるため町奉行同心を差し向けると同心に傷を負わせ、同心はこの傷が元で死んでしまった。これは親類どもがちゃんと面倒をみなかったのでやむを得ずこうなってしまったかもしれない。かれこれ申し立てることもあるだろうが、始末不届で死罪を仰せ付けられる。(朱書)「天保6未、召し抱えられ小普請組仰せ付けられ、その後、御鷹匠仰せ付けられ、その時、…