『黄金のローマ』

 塩野七生ルネサンス歴史絵巻三部作、『緋色のヴェネツィア』『銀色のフィレンツェ』に続く第三作。若きヴェネツィア貴族マルコ・ダンドロと高級遊女オリンピアフィレンツェからの旅を終え、ローマに落ち着いていた。時は1537年から38年にかけて。ローマの地でマルコは62歳のミケランジェロと出会い、18歳の若き枢機卿アレッサンドロ・ファルネーゼと親しくなる。その一方、当時考古学的な発掘作業が始まっていたローマで、その道の超ベテランであるエンツォ老人をガイドに遺跡巡りが日課となる。「ローマを訪れる他国の人々は、どうして誰も彼も古代学者に一変してしまうのでしょう」とオリンピアは笑うが、マルコはヴェネツィア貴族の身分を捨て、オリンピアを伴侶にこの地で古代の研究をして残りの人生を過ごそうとさえ考えるようになっていく。しかし丁度その頃、母国ヴェネツィアがプレヴェザの海戦でトルコに敗れたとの知らせがローマに届く・・・・。

 物語の三分の二あたりのところ、ファルネーゼ枢機卿の発案でミケランジェロカピトリーノの丘を再開発するエピソードがある。カピトリーノの丘はローマにある7つの丘の中で最も高く、かつてはユピテル神殿があった所。そこに今ある役所や市庁舎を新しく建て直し美術館を新設する。そしてその仕上げとしてこれら建物に囲まれた広場の中央に古代ローマの皇帝、マルクス・アウレリウスの騎馬像を置くのだ。この騎馬像、マルコやミケランジェロの時代からさらに1000年以上昔に作られ、奇跡的に残っていたものだ。

 この騎馬像を丘の上に設置する作業に立ち会ったマルコは、騎馬像の主であるかつてのローマ皇帝に不思議な親近感を持つ。それはこの皇帝がローマ帝国の「終わりのはじめ」の人だったからだと気づく。長く続く国家には必ず波がある。自分がいかに真剣に責務をまっとうしようと、もはや「波」は以前の高さにはもどってこないとわかった人間は、それが皇帝という国家の最高位者であっただけに、どんな気持ちであっただろう・・・マルコは想像する。マルコはマルクスアウレリウスの時代のローマを故国ヴェネツィアに重ね合わせる。そしてそれを読んで1980年代以降の日本に重ね合わせてしまう自分がいる・・・オイオイ、やめようぜ。マルコの時代からさらに500年近い年月を経た今でもカピトリーノの丘にはマルクス・アウレリウスの騎馬像が立つ(レプリカだけど)。現代と16世紀、そしてローマ時代がこの一点でつながっている。

 塩野七生の文章を読んでいつも思うのは、大げさな言葉、激しい言葉を使わなくてもドラマチックな表現は可能だということ。長々とした独白がなくても心の動きは表現できるということ。淡々とした描写を重ねる事でイタリアの街が生き生きと描かれ、太陽の日差しや風の心地よさまでが伝わってくる。最後まで読み終え本から眼を上げる瞬間が恨めしい。そんな三部作、ぜひ続けて読んで欲しい。

黄金のローマ―法王庁殺人事件 (朝日文芸文庫)
作者: 塩野 七生
メーカー/出版社: 朝日新聞社
ジャンル: 和書