習鑿歯理論

東晋の人、習鑿歯。
この人は「晋王朝漢王朝から天命を受け継いだ正統王朝なんだよ。魏じゃないんだよ」っていう説を主張した。

「でも晋は魏から禅譲を受けただろ?」
「晋の始祖たちは魏に仕えてただろ?魏が僭称者だったら困るだろ?」
みたいな疑問は当時言われたらしいが、習鑿歯は真っ向から反論する。

「大事なのは禅譲したかどうかじゃなくて、天下を統一して争いを無くした功績があるかどうかだよ。晋は蜀漢を倒して漢から正統を受け継いだし、呉も倒して天下統一を果たしたよ。魏はどっちも出来なかったから僭称者でしかないんだよ」
「晋の宣帝(司馬懿)は魏の武帝曹操に無理やり仕官させられたんだし、魏に仕えたのは仕方なくなんだよ。だから魏が僭称者でも晋王朝は全然困らないよ」

で、そんな彼が著したのが『漢晋春秋』。『三国志』に詳しい人なら知ってるだろう。
この書は後漢光武帝から西晋愍帝まで、つまり時代としては後漢三国時代西晋を扱った史書なのだそうだが、その書名は王朝は「漢」と「晋」だけだと宣言している。
三国時代の正統は弱くても漢の血統の蜀であり、魏は強くても僭称者だということなのだ。


どうやら、この裏には、彼が桓温の簒奪を思想的な面から反対しようという意図があったように思われる。
つまり、習鑿歯理論では、一旦は天下を統一した正統王朝は、たとえ弱体化しても同等の功績を挙げる真の王者が現れるまでは正統王朝なのである。
ということは、その正統王朝に代わり得る新たな王朝の開祖には、天下統一のような大功が必要なのだ。

この理論が認められれば、中国の北半分を奪回するくらいの功績が無いと、東晋王朝の次の正統王朝にはなれない。桓温は迂闊に禅譲手続きが出来ない、というわけだ。