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三国時代

社会

三国時代

さんごくじだい

中国の時代区分のひとつ。220年に後漢献帝から魏の曹丕へと禅譲が行われて後漢が滅亡してから、265年に魏が晋の司馬炎へと禅譲が行われるまで、あるいは280年に西晋が呉を討伐し中国を再統一するまでの時代を指す。史書『三国志』の扱う、黄巾の乱以降の後漢末の騒乱期(184〜220)も含めて考える場合もある。

三国時代の主な出来事

後漢末の騒乱期 (184〜220)

三国時代 (220〜280)

三国時代以後 (280〜)


魏王朝 (220〜265)

  • 太祖 武帝:曹操 (追号)
  • 世祖 文帝:曹丕 (220〜226)
  • 烈祖 明帝:曹叡 (226〜239)
  • 斉王:曹芳? (239〜254)
  • 高貴郷公:曹髦? (254〜260)
  • 元帝:曹奐? (260〜265)

三国志』では魏の皇帝だけを正統と認め、本紀(皇帝を中心とする事柄の記録)として立てている。


蜀漢王朝 (221〜263)

三国志』では国号を蜀とするが、実際の国号は漢。これは『三国志』が魏を正統とし蜀を正統と認めない立場から編纂された事による。ここでは後世の呼称「蜀漢」を用いる。

  • 先主 昭烈帝:劉備 (221〜223)
  • 後主 安楽公:劉禅 (223〜263)

「先主?」「後主?」の呼称は『三国志』が劉備劉禅を正統な皇帝と認めない立場であるためのもの。

ただし陳寿はこのような特別な呼称を設け、「蜀書」において様々な形で配慮を払うなどの特別な措置をとっている。これは陳寿がもともと蜀漢の臣であり、故国への最大限の配慮を払ったためであり、また内実では蜀漢こそが正統だと考えていたためだと思われる。


呉王朝 (229〜280)

事実上魏との臣従関係を解消し、呉独自の元号を使用した222年を王朝の成立年次とする見方もある。