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咢が王様なパラレル小説です。 1 2 3 4



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 夢を見ていた。
 大きな鳥が、飛んでいた。
 漆黒の翼が、青空に映える。
 ああ、あれは。
 烏、だ。


 ゆっくり目を開けると、天井からぶら下がった四角い電球が見えた。
「………?」
 薄紅色のカーテンの奥から、赤と薄紫が混じった空が見える。日没前の空の色だ。人口の風が、汗の滲んだ肌を撫でている。
「…あァ、もう、ンな時間か…」
 自分にとっての、『朝』が、始まる時刻だ。


「ただいまーっ」
 カチャカチャと鍵を開ける音がして、明るい声と共に、小柄な少年が入ってきた。
「あ、起きてる!」
「…あー…」
 アギトが寝かされていたのは、亜紀人がこの日の為にホームセンターで購入した夏布団セットだ。どうやって持ち帰るか思案していたら、店員さんが都内なら一律1000円で配送できますよと教えてくれた。一番安いものを買ったので、中身はポリエステル綿で、柄は花柄。一国の王に似つかわしいとは言い難い寝具である。
「ずっと寝てるんだもん…ゴハン、買ってきましたよー」
 炊飯器とポットがいるなァとぶつぶつ言いながら、亜紀人は手早く折りたたみ式のテーブルを広げて、紙袋の中のものを並べた。寝起きのアギトも、渋い顔をして頭をかきながら身体を起こす。
「何が好きかわからなかったから、ノーマルなチーズバーガーにしました!あと、ポテトね。デザートもあるよ、アップルパイとチョコパイ、どっちがいい?」
「………」
「ジュースは、アイスカフェオレにしたけど大丈夫?炭酸飲めるかどうかわかんなかったから。僕は苺シェイクなんだけど、交換する?どっちでもいいよ、僕」
「……」
 まだ温もりの残るチーズバーガーの包みを手渡されても、アギトは表情を変えない。
「…やっぱり、こんな庶民の食べ物じゃ、まずかった…?お寿司にしようかとも悩んだんだけど、僕が食べたかったから…」
「…いや、いい」
 包みを不器用な手付きで破ると、アギトは勢い良くそれにかぶりついた。ハムスターのように頬を膨らませて安物のパンズと肉を咀嚼する姿を見て安堵した亜紀人は、自分もエビバーガーをちびちびと食べ始めた。
(おいしい!最高!)
 口に出したら馬鹿にされそうなので、亜紀人は心の中だけで感激した。すると、
「…うめぇな」
「え?」
「うまい」
 無表情の王が、口をもごもごさせながら、しかしはっきりとそう言った。亜紀人は、目を輝かせた。
「おいしいよね!よかったァ」
「…ん、」
 あっという間にチーズバーガーを平らげたアギトは、じっとポテトの紙パックに目をやった。こっちが王様の分だよ、と慌てて亜紀人がひとつを差し出す。不思議そうに揚げた四角いジャガイモを摘まみ上げて、口の中に放り込む。
「これも、うまいな」
「へっへー、ポテトはね、揚げたてが美味しいって安達さんに教えてもらってたから、タイミング見て列に並んだんだ!」
「アダチさん?」
「あっ、まえに住んでた日本のお屋敷で、僕についててくれてたメイドさんなんだけどね」
「…ふん、」
「その娘たちがね、たまーにコッソリ買ってきてくれてたんだ、ハンバーガー。夜中に食べるの、美味しかったなぁ」