Hatena::ブログ(Diary)

東京brary日乗 

2015-07-25 ひばスプレー

これを開いて気がついたが、今日は祖父の命日である。ということは、明日は義父の命日である。
敷き詰めになっている部屋のカーペットをすこしさっぱりしたいと思い、クリーナーの類を調べたらあまりいいのがなかった。ねこがいるので、あぶないものは使えない。雑巾で拭くことにして、精製水とキレイキレイを半分ずつに、最近300円ぐらいで購入した「ひば油」を2,3滴おとしたのをスプレーにした。「ひば油」は虫除けになるらしい。たたみと床も同じので拭くと、全体的にさっぱりした。

2015-07-23 NHKの橋本さん

わたしの好きな池田達郎アナウンサーは、この春から名古屋に行ってしまったのであるが、しばらく前から首都圏ネットワークの橋本奈穂子さんを楽しみにしている。橋本さんは、コンビになっている若い男子アナウンサーが何か読んでいる間、粗相をしないかどうかいつも厳しく見張っている。そして青年がやりおおせたあと「よし」と頷く。毎日やっている「ストップ詐欺被害 私は騙されない」のコーナーでは、こわい顔のままなのが効果的である。天気の檜山さんとのやりとりでは、おっちょこちょいなところを発揮している。最後に「ニュースを短くお伝えします」と言うときの「短く」には、ちょっとウインクをしているような感じがある。
橋本さんは、はなやかな美人である。

2015-07-17 箱根の出来事

祖父の代からある箱根の土地(のうち郊外の主の分)を、いろいろあって私が相続したのである。今般、測量会社から境界を確認するので立ち会ってほしいと連絡があった。筆頭名義人である伯母はたいへん美人で元気だが、91歳なのでよしたほうがよい。今一人の叔母は関西にいてあまり歩けないから、私が出向くことになった。

東京駅から東海道線で小田原に行くと、北条早雲の銅像の前で測量会社の人が待っていた。測量会社の人とは何度も連絡をとって、気心が知れた感じになっていたのであるが、会うと四十代後半(推定)の、とても話の上手なキビキビした人であった。なかなかの二枚目で、濃い青のつなぎがイカしている。
キビキビした測量会社の人の車に乗って、世間話をしながら湯本から箱根山をくねくねとゆく。心配した台風はそれて、思いがけないリゾートの気分となり、さらには元フェラーリの貸ガレージであったところのイタリア料理店で昼をご馳走してもらったので、自分の服装がリゾート向きでないのがつまらない気になった。箱根は噴火騒ぎで人もまばらである。

食事を終えて現地に行くと、思いのほか区画はきちんとしていたが、土地というより藪である。もう何かわからない木々が鬱蒼と茂っており、イノシシが出る。今回の測量は、隣接する土地を持つフルタさん(仮名)がそこを売るにあたり、古い境界線のままでは売れないので線を確定するためであった。したがって、私はやや厚遇されているのであった。フルタさんとの待ち合わせにはまだ三十分もあり、測量会社の人はしきりに恐縮したが、間もなくフルタさんとおぼしき60代ぐらいの方がリュックを背負って歩いてくるのがみえて、測量会社の人も初めてなので、全員で互いに挨拶をした。
フルタさんによると、このあたりの土地は「千円別荘」といって、千円で売り出されたのらしい。フルタ家ではおじいさんが周りを買い足して大きくした。フルタさんは子どもの頃いつも遊びに来たが、おじいさんが亡くなってからは廃屋のようになってしまった云々。

測量会社の人があらかじめ用意してくれたゴム長をはき、フルタさんの土地から境界をみた。ゴム長でないと入れなかったから、やはりリゾートの服装でなくてよかった。検分は20分足らずで終わり、しばらくいるというフルタさんに別れを告げて、また測量会社の人のワゴン車に乗る。養老孟司先生のすてきな別荘の前も通る。三時間にわたり、測量会社のキビキビした人と話し続けていて、何を話したのかよく覚えていないが実に楽しく時間がすぎた。話し上手、聞き上手とはそういうものである。小田原駅で、外郎家のお菓子のういろう(茶)を買って帰る。

2015-03-02 えびすさんのエアコン修理

2シーズン前から動かないエアコンを修理する気になり、メーカーに電話をしたらすぐ予約がとれた。そのあと保証書をよくみたら、販売店の長期保証がついていて、期限が今年の秋まである。メーカー修理をキャンセルして、販売店経由で依頼をしなおしたら、同じ日に予約が入る。来る人は同じなのである。
実際に来た人は、年格好からして蛭子能収似であった。蛭子さんの見立てでは、最初の設置工事がまずく、ガスが漏れている。「お客様〜」と呼ばれて行ってみると、ガス漏れ探知機のようなものを片手に「今やってみますから、見てて下さい」というので見ていたが、探知機は一向にガス漏れを探知しない。ガスが漏れている場合はピコピコピコと鳴るのに、ピー、というままである。

蛭子さんはしばらく機械をみていたが、急に「あ、これもう電池ないハハハ」といい、しかし機械に頼らずとも長年の経験により「間違いないです」と断言した。そのあと、車を止めて1時間なので「あと5分作業をして」から車を見に行き、ついでに電池を買って戻ってきた(がやっぱり鳴らなかった)。

修理はすぐおわり、また「お客様〜」と呼ばれたので行くと、エアコンの管を覆うテープを巻いていた。脚立に乗って巻きつけるところを見ていてほしいようなので見ていると、台に乗った瞬間にせっかく巻き取ったテープくるくると手放した。さなだ虫のようなテープを拾おうと近寄ると、「ああっ、お客様っ。お願いできますか」と必死な声が頭上から声がした。しかし蛭子さんの修理はたしかで、なんども担当者の名前をまちがえたが、販売店に料金の確認もしてくれた。本来の部屋で仕事ができて非常に快適である。

2015-03-01 物忘れ問題の解決

うっかりしていると、ふた月ぐらいたちまち経つ。
物忘れが度を超して来て、そばについていないときは9割の確率で鍋を焦がし、仕事の出番のときに必要なものを5割の確率で部屋に置き忘れ、買い物から帰ってしばらくしてから、半分溶けかかった冷凍うどんが玄関先で発見されたりしていたので、ついに「物忘れ外来」に行った。
街中の小さな診療所だが、パーキンソンの外来もあってなかなか混んでいる。わたしは言うつもりのこともいつも言い忘れるので、言い忘れないようにメモに書いたら案の定バッグの中に入っていない。
先生の手配により、歩いて5分ぐらいのところにある別のクリスタルな施設(名実ともに)でMRIを撮って翌日また行くと「脳の委縮は一切」なかった。非常に良い先生で、何か常に抱えている大きなストレスはありませんか?その方面の医師を紹介しましょうか?と訊いてくださったのであるが、「大きなストレス」はまったく思い当たるので、自分で解決しますと答えて、以来わりと元気である。

2015-01-03 macbookairの近代

現在、諸般の事情によりノートPCはmacbookairの11インチとdynabookを使用している。macbookairは眼・肩・腰に悪いので、長い書きものをするときには使わないようにしているが、資料を広げるときにはコンパクトでよい。しかし、資料を広げるときは往々にして昔の資料であり、書き写すときも昔の字をうつす。macbookairは昔の日本をよく知らないので、変なものを出して平気でいるからちょっとバカにしたくなり、国産のウインドウズには教えている昔の日本語のつづりや単語を教えないでいる。macbookair(正確にはgoogle)が日本の近代を知るよう今から育てた場合、どのていど将来性があるであろうか。

2015-01-02 正月

元旦は、7時半ごろ雑煮を祝ってから日常にもどり、引き続き原稿をかく。自分の考えを書かなくていいが、確認したいことは山ほどでてくるので、手許にあつめておいた資料だけでは心もとない。図書館は日曜まで(国会図書館は月曜も)休みなので、仕方なく穴をあけたまま書き進める(というほどは進んでいない)。

夜、歩いて隣駅のショッピングセンターに行き、シネコンで「紙の月」を観る。宮沢りえの住まいである通販だらけの建売住宅と、ベテラン銀行員の小林聡美が飲み会で着ている、カシミアらしいがまったく垢抜けない千鳥格子のジャケットが、当人たちの日常と乖離しているため余計にリアルでぞっとした。

2015-01-01

大晦日

大晦日、デパートは9時半開店とみて、銀座から誰も歩いていない中央通りをぶらぶら日本橋まで歩くと、開店はいつもと同じ10時である。さすが都心のデパートはガツガツしていない。30分も待ちたくないので東京駅まで行き、帰省するわけでもないのにわざわざ行く不思議を思いながら、大丸でひとり分のおせちを買った。欧州人となった家人はただいま、アウシュビッツを見学している。

午後はもう用事がないので、1月末締切の原稿に着手すべく詳細を確認したら、締切が二週間早いのを発見。愕然としながら、正月を捧げる覚悟をした。年越しの汽笛をきいてから、ねことともに就寝。

2014-12-30 12月の雨の日

毎夜、ねこに腕枕をして寝る。起きると、反対側の腕にねこがつかまって寝ている。至福なので起きたくないが起きる。
大瀧詠一の一周忌で、NHK第一の放送を聴きながら年賀状を書き、ちょうど十時に仕上がったのでBSプレミアムで「風街ろまん」の特集を見る。細野晴臣、松本隆、鈴木茂が出演。「風街ろまん」のマルチトラックを聴きながら話す番組。細野晴臣は急に年をとり、鈴木茂は変わっていない。
そのレコードをマルチトラックで聴きなおせば、シンプルで美しい。わたしの大好きな鈴木茂の「花いちもんめ」の大瀧のコーラス。その大瀧詠一がいないので、茂がそっと感謝しただけで、誰も大瀧の話をしない。松本と細野は60年代の東京の原風景についてぼそぼそ語り、風街の意味をいつになく強く語った。大瀧が生きていたら、この番組は実現しなかったかもしれず、それはひとつの追悼である。
しかしオールタイム・ベストに収録された、「12月の雨の日」(シングルバージョン)は本当にすばらしい。

2014-12-29 好転反応

メンテナンス日。外は非常に寒い。
美容院で散髪し、そのまま治療院に行く。もこみち先生から、内くるぶしとアキレス腱の間にある新たなツボを教えてもらった。野菜と果物を買って帰ると、すでに好転反応が出て、早々に就寝。
立川談幸、立川流を脱退。芸協に移籍。うーむ。

2014-12-28 神田のうなぎ

遠征終了した。鄙には稀なコーヒー店には二度しか行けなかったが、仕事のほうは昨年の反省により工夫をしたところ、よい決着をした。最後は、遠征先の駅から都心のターミナル駅まで通常料金で直通の列車に乗る。

昼過ぎまでさまざまな連絡仕事をして、夕方は友とうなぎを食べる。友は茶会の帰りで着物で来た。郊外の主の茶道具をもらってもらうため、郊外の家で会って以来、三年あまり(その週末に震災が起きた)。友は今年は喪中で、姉妹でお母さんを東京に引き取るらしい。
というような話を、銀座線に乗って神田のうなぎ屋でするような年の瀬。

2014-12-25 山間のクリスマス

昨日から、山間の町に遠征している。遠征は三度目で、最初が真夏、去年と今年が今である。普通は3か月ぐらいかけてやることを4日でやるので、楽なようなつらいような仕事。往復で5時間ぐらいかかる。昨日のかえりはものすごく久しぶりに快速電車の中で舟をこぎ、今朝は特急電車でマスクをしたまま爆睡した。ただ鄙には稀なコーヒーの名店があり、そこが楽しみで来ているといってもいいかもしれない。
全日通うと非常に疲れるので、今回は2日目だけ泊まることにした。アパートのような素泊まり専用の宿だが、新しくて意外にも快適。窓の外は、pasmoが使えない単線の鉄道が走っている。

2014-12-23 吟遊詩人の歌

早朝5時ごろに起き、朝食をすませて原稿の続きを書いたら、スムーズに終わった。片付けをするのにラジオをつけたら文化放送が三木鶏郎特集で、とある理由から二十年ぐらい聞きたいと切望していた「吟遊詩人の歌」が流れた。午後、遠征のための準備をしていたらまた真夜中になる。

2014-12-21 一週間

昨日は4年前に死んだ郊外の主の墓参に行き、戻ってからはかばかしくない原稿の続き。今日も朝から書く。ねこはずっと膝の上に乗っている。「勉強を邪魔する猫」で画像検索をしたら大量に出た。原稿の半分はすぎたが、まだ半分ある。書くことは決まっているのに、日記を書いている。
終わったら、明日の準備のために一本論文を読み直し、クリスマスイブからの遠征で準備もある。あいだに仕事の打ち合わせもある。来週の今ごろは、少なくともそれらはすべて終わっている。そして、神田にうなぎを食べに行く計画である。

2014-12-19 マウスピース!

昨日で仕事が一段落したが、まだ二段落と三段落がある。今日は休みにしてメンテナンスのためにでかける。飯田橋の先生は、いつも9時から予約なのに今日だけ正午になっていて、予約したのに1時間も待った。終わってからタクシーで前の学校にいき、学内の病院に勤める旧友と昼ご飯を食べる。山の上にある食堂には、ウエストのとても細い、アイパーをかけた年齢不詳のウエイターがいて、わたしたちが行くといつもコーヒーのおかわりをサービスしてくれる。旧友は常に昔のユニクロを着ているが、非常に美人なのでサービスすると思われる。
友人と別れたあと、生協で本を見たりしてから歯医者に行くと、何も悪いところがないのに奥歯がときどき痛むのを解決するために、マウスピースを作ってみることになった。先生の話によると、過去マウスピースを勧めて聞き入れなかった患者が二人あったが、ふたりとも作って治った。わたしは前から歯ぎしりを怪しんでいたので、すぐ聞き入れる。

2014-12-17 ぐりとぐらのように

朝、駅で定期を忘れたのに気づいたが、戻らずに切符を買った。時間には余裕があったけれども、今日はそういう判断がよい気がした。すると、秋口からずっと未決だった事項が、ふとした思いつきから即解決。非常に気をよくして、小さな不義理を片端から片付けた。本を下さった先生にもお礼状を書き、「ぐりとぐら」の記念切手の中の、ぐりとぐらが暖炉の前で本を読んでいる切手を貼った。ぐりとぐらのように働き者ならば、もっと早く仕事は片付いているかもしれない。
何となく録画したナンシー関のドラマも見た。特に出来のよいドラマではなかったが、ナンシーが急逝した日が父の死んだ日のちょうど一年前で、命日が同じであることを知った。

2014-12-16 下町の元気なスーパー

近所にはスーパーが2軒あり、いずれも徒歩5分である。もっと歩けばもっとあるが、2軒あれば足りている。「下町の元気な」ほうは、いつも年寄りが大勢いる。高層マンションの地下にあるほうは、いつも若い主婦が大勢いる。野菜が安くて充実しているのと、立石からやってくる謎のパン(πウォーター入り)があるので、「下町の元気な」ほうが私は好きである。
「下町の元気な」では、初夏になると新ショウガが入るので、瓶にたっぷりガリを漬ける。その場所には今は赤カブがあるので、昆布と柑橘と塩で漬ける。ハンドボールぐらいの赤かぶは、いっこ百円で、スライスすると大きなボールからあふれた。

2014-12-10 リップクリームの思い出

寝る前に明日の支度をしていて、突然どうでもいいことを思い出した。
小学生のころ、一緒に電車通学していた友だちがリップクリームを持っていた。70年代前半なので、今のようにメディカルリップなどというものはなかったと思われる。少なくともわたしは初めて見た。友だちはセンスのよいお金持ちのお嬢さんで、ピンクに白い小花の模様の小さなリップクリームは、たいへんよく似合っていた。
調査すると、荻窪駅の東光ストア(当時)にそれはあり、キスミーの製品で、ケースはピンクと水色がある。しかし、東光ストアの二階の化粧品売り場でそういうものを買うのは、非常に隠微な感じがして、もう幾日もながめては、買うかどうか悩んだのであった(結局水色のを買った)。
次の段階では、キスミーのシャインリップを買うか否かのステップもあった。キスミーは今でもシャインリップを出しているのかどうか調べたら、限定復刻版が出ているのを知った。
大学生のときはまだ「ワイン」を使っていたと思うが、いつやめたのかは定かでない。

2014-12-06 心斎橋行の切符買って

朝、お茶の水の眼科まで行くと非常に混んでいた。しかし検査が済めばそのあとはスムーズで、正午前に帰宅。
先週は、千里丘の義姉の家に泊めてもらい、間違って持ってきたひざ下ストッキングがずるずるするので、梅田の無印良品で履き替えてから、本屋を見るため心斎橋に出た。本屋はアメリカ村の入口にある。東京で場所を調べたとき、アメリカ村近辺の治安に問題があることを知った。アメリカ村に関心がないので、前回いったのは高校の卒業旅行で友人につきあったときだから、30年あまりすぎている。来る女子大生活のためにサーファーの店でトレーナーを購入する者があり、そういうことを思いもしないので驚いた記憶がある。

30年ぶりのアメリカ村周辺は警官だらけで、80年代のニューヨークのようであった。しかし本屋は思っていたよりはるかに大きく、はるかにたくさん本があった。そこでしか売っていない本を買って梅田に戻り、催しに出て東京に帰る。

2014-12-05 こだま号で行く

一週間は驚くほど早い。先週の金曜日は、新幹線こだま号に乗った。大阪で催しがあるのに、以前から見たいと思っていた資料を京都近辺で調査していく計画をしていたら、豊橋の書店が140周年記念で昔のものを展示していることを知った。京都での調べものは、郊外にある資料を市内の図書館に移してもらうことができたので、時間に余裕ができたから豊橋にも行った。

豊橋の駅に降りるのは、中学校の修学旅行以来である。修学旅行はなぜか名古屋方面で、なぜか豊橋で降りた記憶がある。こだま号に乗るのは、五年ぐらい前に静岡に行って以来である。しかし、平日のこだま号自由席はとてもすいていて、車内販売もない。昇降客はまばらで、新幹線なのにローカル線に乗っているような感じがした。

豊橋から、またこだまで京都に行き、同志社大学で調査を実施した。同志社大学は学園祭の最中で、バンド活動などが行われていた。資料のあるのは隣のおとなしいキャンパスだったので、おとなしく見た。人文研の雑誌はまえによそで見ているが、同志社のは関わった「当人」の形跡があるかもしれないので見たかった。形跡があったのでコピーをとる。女子大の雑誌は、郊外のキャンパスから運んでもらった。思いのほか見応えがあり、2時間かかって100枚ぐらいコピーをとって終了。
図書館でコピーをとっている時間は、おおむね幸福である。

2014-11-15 骨と筋肉のあいだ

うっかりしていたら、また半月も更新をとだえさせている。先週末は、渋谷駅が変わってからはじめて東横線に乗ったり、一等賞を選ぶ係をしたり、古い図書館用品のデータベースに見入ったり、かけ足で須賀敦子展を見たら、須賀邸がおじさんの家の近所だったり、帰りにその駅で降りて駅前の書店に入ったり、日比谷公園で夜の催しに出たり、翌日は東洋大学に行ったりして、元気よくすごした。
思えば火曜日はストールを巻くのもつらくて、水曜日の朝は、あずきのやつでぎりぎりまで温めて出る状況だったのである。金曜の夕方、もこみち先生のところにいくと、首の付け根から腰まで「骨と筋肉の区別がなく固まっている」といわれた。もこみち先生の治療により、あわやというところで偏頭痛回避。きょうは見事に好転反応が出たが、明日は仕事ができるかもしれない。

2014-10-28 もこみち先生

勇んで早くから仕事に行ったら、エレベータの中で若い人に「今日は金曜日の日ですね」と言われた。連休などにより、曜日調整が行われていて、今日は金曜日扱いの日なのだった。金曜は出番がないことになっている。
損したような得したような気持ちで、一階まで降りたエレベータをまた上がって、三時まで部屋で仕事をして帰り、家で読み物をして、暗くなってからマッサージに行く。
治療院に行くのはひと月以上ぶりである。タオル枕により、劇的に首凝りが改善してから、もう行かなくていいかもと思っていたが、金曜日あたりに本当は行きたい感じではあった。しかし「アクト・オブ・キリング」を見に行ったのと、週末は込んでいるのとで先送りしていたら、不覚にも強烈な頭痛その他により月曜の仕事を休む事態となった。
治療院は自転車で5分ぐらいのところにあるが、最初の人(三ツ木清隆似)が去年の今頃よそに移ってしまい、現在担当してくれているのは速水もこみち似の長身である。もこみち先生は「辛くなるちょっと前に来てくださいね」といつも言い、わたしもそう思うのだが、だいたいは「辛くなるちょっとあと」である。しかし今回はいつもより「(肩甲骨の)反応がいい」ということであった。

2014-10-24 アクト・オブ・キリング

早稲田松竹で「アクト・オブ・キリング」を観る。春に先生がメーリングリストで薦めていて、それは滅多にないことなので観ようと思っているうちに、機を逃していた。今週だけ、早稲田松竹にかかっていた。早稲田松竹が現在のような運営になってから、行くのははじめてである。椅子は格段によくなっていた。
「アクト・オブ・キリング」は、大量の人を拷問して殺した人の映画である。そのことを再現する映画を撮るという提案に、登場人物たちが主体的にかかわるが、その完成形を本人たちが納得しているのかはわからない。正視しがたい場面もある。そして、彼らをトークゲストに招いてぺらぺらと喋っている、アナウンサーの女の子が一番こわい。

2014-10-23 ドミトリーともきんす

注文していた高野文子の『ドミトリーともきんす』(中央公論新社)がすぐ入荷したので手元にあるのだが、あまりに読みたすぎて読めないでいる。

2014-10-19 乱歩邸

江戸川乱歩邸が公開されるというので出かけた。乱歩邸は10年あまり前に立教大学が購入して保存している。講演会もあるので早めに出ると、立教大学は本日ホームカミングデーで、卒業生でもないのにホームカミングする羽目になった。
乱歩邸は中まで入れないが、平井家の方々が住んでいたときとあまり変わらない状態で、玄関など一部を外から見ることができる。幻影城と名付けられた有名な蔵は、特注の棚にびっしり本が並んでいて、ガラスの手前からしきりに写真を撮る男がいた。
夏目書房にて、加藤謙一『少年倶楽部時代』講談社、1968年(300円)。

2014-10-18 秋の夜長

ゆうべ遅く、ねこがどこかでニャニャニャニャ、と言っているので探したらカーテンの陰からベランダを見ていた。もうセミもゴキブリも現れないとおもったら、トンボが落ちている。微動だにしたいので死んでいるものと思い、手を伸ばしたらひらひらと飛び立った。こんな夜に、こんな場違いなところにやってきた理由はわからない。トンボさんはさよならしたのに、ねこはいつまでもいつまでもベランダを見ていて、間抜けだが愛おしい。
阪神タイガース、よもやの日本シリーズ進出。
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2014-10-16 江戸の歯医者

予定を手帳に書く、という習慣が会社づとめをやめてからなくなった。手帳は使っているが、そのころの二割も機能していない。約束やイベントがインターネット経由で知らされるせいも大いにある。歯医者の次の予約がいつだったか記憶にないので、手帳を見たら今日だった。手帳を見てよかった。
歯医者は、江戸の内外のさかいめにあって、もう三年あまり通っている。歯はすでに治っているが、月に一回は行ってクリーニング指導を受ける。受付の方は絶妙な間合いで、声色はのんびりしているのにそつがない。先生は常に歯のことを憂いて、人生相談のようである。歯科衛生士の方々はみなかわいらしく技術が高い。
交差点に面した二階の部屋には大きな窓がとられていて、診察台を倒すと目の前にスカイラインが広がる。うすぐもりの日はぼんやりした明るいグレイになり、雪の日はスノードームのように雪がとおりすぎる。今日は抜けるような秋の青が、スカっとした長方形に切り取られてしばし見とれた。

2014-10-14 広告はてな

はてなの広告についてくやしいので、広告のことを書くことにした。広告は見る人によってちがうから、私が見ている広告はみなさんにはわからないが、
・女性のための新サイクリングブランドリブ
・不合格になる子の学習法
・介護職員資格講座
・小さな敷地には小さな三階建てしか無理。なんて、大きな間違い
・座った瞬間姿勢がピン
が出た。サイクリングについては、よくそんなものをみつけたと感心するが、ウェアを買うようなサイクリングはしないのである。あとについて、何を根拠にやってくるのかわからないが、「座った瞬間姿勢がピン」となることについては、ジョーカーを出してきたという気がする。

2014-10-13 再開ブルース

地味に再開した日記がひと月続いたら、広告を消す有料プログラムにしようかと思ったが、釈然としないのでもうちょっと考えることにした。

木曜日は各若者グループフォローのため、朝から夕刻まで休みなくはたらき(ふつうなら当たり前だがわたしの職業の場合は過酷)、金曜日は羽田6時55分の飛行機で西に出かけた。帰ってきたのは土曜日の23時だったので、日曜日はぼおっとしていたら夜になった。何かおおごとのあった次の日は、なぜあんなにあっという間に暮れるのであろうか。

西方面では、91歳と95歳の方に次々とお話をうかがい、図書館と史料館を渡りあるき、目的であったところの古いご商売のさまざまな資料一式を拝見。すべてはある尊敬すべき方のご尽力によるのであり、二日間ご一緒するうちに、その尊敬は500倍ぐらいに拡大した。

2014-10-07 スキャナー調査

業務はいまのところ順調に推移している。前期はあまりにコンディションが悪くて、毎回プレッシャーでうまくいかない気がしたが、今期は原理的なところに立ち戻る余裕があって、やや「抜けた」感がある(相手がどう考えているかは別)。
帰りは少し早めに出て、ビックカメラでスキャナを調べた。わたしの見たい富士通のscansnapは、富士通の人が来てセッティングしたと思われる即席の展示台に陳列されており、「お試しできます。かかりにお申しつけください」と札がついていたので、係の人に声をかけたら小柄な女の人が来た。
まず、簡易陳列台のかべをべりべりとはがして、元の電源を入れる。彼女はたいへん小柄なので入れるが、巨大な店員の場合は入れまい。その後、スキャナとパソコンを使いながらいろいろ(例:画像から本を持っている私の指を消す)みせてくれた。scansnapの利点は、A3が一発でとれるところと処理の早さ。しかしどうしても本を押さえている必要があるので、修正にコツがいる。手軽さでいえば、canoscanLIDEがすぐれているかもしれない。思案しながら銀座の方に用足しに出て、なぜかハンドバッグを買って帰る。