Day in Question


その後かなまるから「仙台っていつ?」ときかれる。「12月16日」とこたえると「その日ぼくもライブで東京にいくかも」。玉突きかい。何のライブか訊いても,どうせ知らないだろうからと教えてくれなかった。ゲームとかアニメとかの歌を歌っている人だそうで,そりゃ知りませんわ。


仙台に行くことになったらまた東横インに泊まろうかと思っているのだがこのご時世にどうなんだろう。ネット接続無料なのはたいへんポイントが高い。そうでもないと暇すぎる。


前回は観光しないにも程があったので,こんどは少しぐらいは観光して帰るか。仙台に行くことも滅多になかろう。日帰りだとか夜行バス(あるの?)だとかは厳しいだろうし。

2007年大河ドラマ


しばらく大河ドラマを見ていなかったので知らなかったんですが来年は「風林火山」だそうで,ちょっと興味が。小学校高学年ぐらいからしばらくほぼ毎年大河ドラマをみていて,そのころに扱ったテーマにはやはり反応しがち。中井貴一が晴信をやったあれね。しかし配役をみるとけっこうアレだ。そもそも市川亀治郎が晴信役で大河ドラマに出るというのをどこぞ(亀治郎ブログ)で読んでびっくりしてNHKのWEBページにとんでみたら,ほかの配役もぶっとんでいてたわけですが。主役の山本勘助役が内野聖陽長尾景虎役はGackt(映画はあるけどテレビドラマは初めて)。亀治郎もテレビドラマは初めてとのことで,悪くはないけど(亀治郎好きだし),今年仲間由紀恵,再来年宮崎あおい,の二人に挟まれた2007年のメインキャストがそれって……低予算のかおりもとい,ネタ臭がぷんぷん。(4月6日の出演者発表時のnhk公式の写真がなんともすごい)。


ここまで潔いと却って好奇心も湧くというもの。脇で佐々木蔵之介谷原章介も出るので(←むしろこっちが狙いかも)覚えていたらしばらくは見てみます。楽しみ。谷原章介は木曜日にテレビドラマ(松子だ)でちらっと見かけましたが,あの人は何の役をやってもああなのか。ふはは。


亀治郎といえば,歌舞伎座売店亀治郎の亀柄の綿の小風呂敷を売っていて,洒落たデザインだったのだけれど小風呂敷の用途が思いつかず断念しました。手ぬぐいもあったら買ったのにー。

明日の夜は久し振りに友人達と外食予定


友人の友人が結婚して東京を離れるのでお祝い兼送別会(壮行会)。さてお祝いをまだ用意していない。どうしよう。


東京を離れると言っても,行く先は岡山(本人は岡山出身ではないのに)で,日本は狭い。わたしなどよりもよほど岡山の小じゃれたお店に詳しい様子。せっかくなのでこれからも会う機会もありましょう。


つまり遠距離だったらしい。同い年なのでやはり6年ぐらい。類は友を呼ぶというのか,周りはそんなんばっかり。

救急車追記


担架にのせられたまま駅のホームをほぼ端から端まで運ばれた。東口近くで倒れたのに救急車が西口に来た(救急隊員曰く「西口って言われたから西口に止めたのに」)からとか,そんな理由。東口にはスロープがあるが西口にはないので階段を下りて上がって(重くて済まぬ)。


救急車を回すことはできないのか,スロープのある東口から外に出て外を運ぶことはできないのか。


それはそれとして救急隊員は患者(わたし)には優しかったし応対はとても丁寧だった。一方病院内では,優しさが必要かはさておいて,搬送されてからしばらく運び先の科がわからなくて放置されるし(既にそこまでの緊急性がないことはわかっていたけど),担架→救急車用担架→病院用ストレッチャー→診察台と何十分間か自分の足で立ってさえいない頭も働いていない人間に対して医師はやたらせかせか指示するし,診察終わったら「それじゃ外に出て」だし(そりゃ立てたし歩けたんだけど),なので税金で運営されているそうな救急車の中の人たちのあたたかさが心に染みました。


病院側としては,ただでさえ患者が多いところに急患が来て割り込んで,ほんとに大変でさっさと済ませたいのはよくよくわかるんでいいんですけど。ほかのお客さん,もとい患者さんも右から左で,そうとうてきぱき回している感じだった。こっちはなにより突然の不調と見知らぬ病院に不安が大きく,病状(?)そのものはなんともなくてもけっこう弱っているのですよ。(そりゃみんな弱ってるんだけどね,病院だからね,でもね)。診察終わった後面倒みてくれた看護師さんは優しげな雰囲気で,それが本当に有り難かった(涙)。


それにしても平日午前の病院ってほんとににぎわっているね。高齢者と妊婦年齢の女性とその女性が連れてきている健康な未就学児しかいないんだけどね。(子供の患者は見かけなかったから小児科はないのかも)。客層もとい患者層がそれだから,雰囲気はぴりぴり殺伐でもなければどんよりどよどよでもなく,秋の好天の一日,病院の待合いは明るい日差しがさしこんで,なんとなくほんわかのんびりしていた。


小一時間診察室近くのベッドに寝かされていて,その間あたりの様子をうかがって改めて産婦人科(そこの病院は科としては産婦人科だったので)ってのは難しいところだと思った(診察の様子だのを見聞きしていたわけではないんだけど)。ほかの科だってそうだろうけど,一口に産婦人科って言っても患者にはほんとにいろいろな人がいるし,デリケートな話題も多い分野だけに,まあいろいろと。わたしは婦人科は2度目だがどうも好きになれなくて(病院が好きな人なんているまいというのはいいっこなし)しかしあの雰囲気に慣れない限り子は産めないわけでまあいざとなったら慣れざるを得ないんだから今からぐだぐだ言っていても仕方ないんだろうけど当分産科にお世話になる予定もないし。毎日何十人何百人(?)もの妊婦や胎児やその他の患者(中には明らかにDQNな娘っこもいるさ)や病気と接していたら,悪い意味じゃなく慣れっこだろうからわたしのようなふだん病院とは縁がない人間と感覚が違うのはしかたない。担当の看護師さんがかわいかったからいい。

亀繋がり(?)で


ボラボラのホテルにいたカメ


新婚旅行の話は何も書いていないけれど,なんせハプニングがないので話の種になるようなことがない。気のいい友人達が「今度話を聞く会を」と言ってくれるのだが,写真がパソコンの中にしかないのでは思い出すよすがも話の種もなかろうな。プリントすればいいんだが,誰かさんが1000枚以上とったので,まさか全部プリントするわけにもいかず,選ぼうにもiPhotoが起動するにもなんかの操作をするにもいちいち億劫で仕方ない重さ(どなたか,iPhotoの最初のライブラリ画面には全部の写真を載せない方法をご存じでないか)。


内訳は風景風景風景かめかめ魚魚魚風景風景風景魚魚かめかめはたの風景風景……(以下繰り返し)。風景6魚2かめ1その他0.8はたの0.2ぐらいかも。一部はかなまるが彼のはてなフォトライフにあげているが,ここにはるにはでかいので勝手にリンク。


プールサイドからオテマヌ山を望む


ラグーン(この場合潟湖ではなく礁湖)のビーチからメインダイニングを望む


夜更けの闖入者(ちなみにバスタブの上)


ホテルの桟橋


水中のかめと魚(防水仕様のレンズ付きフィルムで撮影)


それぞれの日に何をしたかも忘れつつあるので忘れないうちにどこかで書いておいたほうがいいんだろうが,記憶が鮮明なうちの方がひとつひとつの事象に対する感動も鮮明なんだよね(つまり薄れているのでやる気も減退と)。

ほっ


20060908:会社休む。午前中はぐだぐだ,午後から買い物→荷造り→成田(例によってふつうの京成特急)。東急インでかなまると落ち合い,一泊


200609091130:成田空港の第一旅客ターミナルからエアタヒチヌイTN77便。NRT→PPT。エコノミーですとも(窓際)。意外とハネムーナー少ない印象。途中,日付変更線を越えていったんは9月8日の午後10時に逆戻りし,それから二度目の土曜日を迎える。面倒なので腕時計の時刻は変えず(日本+5時間−1日)。機内食は夕食と朝食の2回で,その間に軽食の配布(希望者)もあり。メニューは忘れたものの,味は塩味濃いめながらまずまず(機内食なりだけどまずくはなかった)。


200609090400ごろ:フランス領ポリネシアタヒチ島ファアア国際空港着。タラップ降りて徒歩でターミナルへ。降りてみたらやっぱりムーナーまみれ。入国審査を終えてゲートを出たところで現地旅行代理店のブースへgo。みんなまとめて諸々の説明を受けたあと,国内線乗り継ぎのチェックイン。


200609090630:エアタヒチVT416便PTT→BOB。人生初のプロペラ機。全席自由。エアタヒチの航空機には一つ一つに島の名前があてられていた。かわいい。行きは確かモーレア号。


200609090720:フランス領ポリネシアボラボラ島モツ・ムテ空港着。空港しかないモツ(小島)。ホテルのシャトルボートに乗り込みホテルへ。


200609090800ごろ:ホテル着。チェックインして施設案内を受ける。部屋は空いていたようですぐに鍵をもらえ,部屋に移動して荷解きして片付け。世間は朝食の時間帯。おなか空いたけど機内食の朝ご飯(って午前3時ごろ)についていたパンを残していたのでそれを食べた記憶。


200609091030:亀の餌やり見学。その後ぶらぶらとあたりを偵察。


200609091130:プールサイドのレストランの営業が始まるや否や一番客。早めの昼食(朝がパンだけだったので)。といいつつ部屋のパンも入れればこの日既に3度目の食事。フェトチーネとサラダ(パイナップル×カニだとかマグロのココナツミルクあえだとかのタヒチアンな盛り合わせだった記憶)。


200060909PM:忘れたけどかなまるがコテージの下の海に潜っていた。わたしは本を読んで昼寝をしていた。フライトが日本の昼時間(=まったく眠れない),日本の夜11時ごろにタヒチに着いて,そこからは移動だのなんだので起きっぱなしだったのですぴすぴ寝た。


200609091900:夕食。メインダイニング(軽装ですが)。二人で前菜1皿メイン1皿で充分な量。これに飲み物(旅行中ペリエばかり飲んでいた),デザート,コーヒー。前菜はマグロのカルパッチョ,メインは失念(カメラも持って行ってなかったし)わりとおいしかったと思うんですがね。食事はゆっくりのんびりで軽く2時間越え。

旅の基礎データ


フランス領ポリネシア。ロシアを除くヨーロッパとほぼおなじ面積に,大量(忘れたよ)の島が点在している。陸地面積の合計は埼玉県並。中心地はソシエテ諸島タヒチ島(17° 32′ S,149° 34′ W)パペーテ。新婚旅行のメッカボラボラ島もおなじソシエテ諸島タヒチ北西260km)。このほかダイバー垂涎のランギロア環礁や例のムルロア環礁も有名どころ。詳しく知りたい人は適当に。


成田からパペーテは直行便で約11時間。土・日・火の週3便。火曜の便は関空を経由(つまり関空からは週1便)。日本との時差は19時間。タヒチ−ボラボラ間は直行便で1時間弱。便数はたくさん。


南半球なので9月は乾季。いちおう泳げるとはいえ9月中旬の水はけっこう冷たかった。あんまり長い時間水遊びしたくはないかんじだし,上がった後がめちゃめちゃ寒い。日差しが強いので日向にいるとじりじり焦げるが日陰は涼しい。風が吹くとかなり涼しい。湿度も低くて日中は快適,冷房要らず。夜は肌寒いので寒がりの人でなくても一枚羽織るものがあった方がいいかも(持ってなかったのでパレオにくるまっていた)。個人的には帽子サングラス必須だったけど同行者はどっちも着用していなかったので大丈夫な人は大丈夫なのか? ……うーん,それもどうよ。


通貨はフレンチパシフィックフラン。CFPとかXPFとか。ユーロとの間は固定レート(100xpf=0.8EUR)。日本円から両替しなかったので,日本円とのレートは不明(今日は1xpf=1.2円だそうだ)。日本国内では買えないので,現地で両替。空港の銀行でもかえられるしパペーテの町中の銀行には自動両替機もある(日本円からもOK)。出国前に空港の銀行で日本円への再両替も可能。リゾート(ホテル)の中にいる間は一銭も使いませんでしたが,なんせ物価がそれなりなので最後のパペーテだけでどんどん減っていき追加両替してもまだ足らず(手数料が勿体ない)。


ホテルはメリディアンボラボラに5泊,最終日は午前中にボラボラ→タヒチへ移動,そこからパペーテ発が深夜なので,デイユースでラディソンプラザ(外が暗くなってからチェックインして2時間しかいなかったけど)。


メリディアンはボラボラの東側のモツにつくってあるリゾート。水上コテージの数が多いらしい(ので水上コテージ狙いなら取りやすいかも)。メリットは,日本人スタッフがいてホテル内の第2外国語が日本語(フランス語→英語→日本語の優先順,ホテルの主要な案内やレストランのメニューすべてに日本語表記あり)であること,無料アクティビティが多いこと。デメリットは,島流しに等しい立地なのにレストランと売店が小規模なことか(食事のバリエーションがないので飽きた)。


レストランは3つ,メインダイニング,プールサイドのやや軽食,ビーチサイドのもっと軽食の3種類。値段&ボリュームは前から順に>>。そのほかに軽食も出すバーが一つ(24時まで)。(つまり料理の種類というより営業時間とカジュアルさで区分されている)。朝はメインダイニングのみ(そして実質ブッフェのみ)。昼はプールサイドかビーチサイド,夕食はプールサイドかメインダイニングのアラカルトまたはメインダイニングの日替わりのブッフェ(メインダイニングはどちらも要予約)。


昼をプールサイドの店で食べていたので(後で考えると昼はビーチサイドでも良かったんだがそもそも最初の内はビーチに行かなかったのでわかっていなかった)自動的に夜はメインダイニング,お財布的にもブッフェの内容的にも当初はアラカルトで食べていたんだけど,だんだん食べるものもなくなってきて,あとの2日はブッフェにした。それでも結局はおなじ店なので雰囲気は変わらないわな。正直最後の方はちょっと飽き気味だった。ボラボラ本島の中心地には何軒かレストランがあるようだけどそもそもそれが本島のほぼ正反対。それなりの事前手配と計画的な行動が必要とあっては,めんどくさがりの自分は挑戦しませんでした。ホテルのレストラン,味は口に合っていたので。


ボラボラ本島との間はシャトルボートが毎時1往復(所要時間片道5分),各種ガイドブックでは1日1往復となっていたんだけど,行ったときには朝早く(6時か8時か)から夜11時ぐらいまで毎時間運行していた。たぶん一応トップシーズンなので,シーズンによって違う可能性は高いけど,最後がその時間なら本島のレストランに行くこともできる(ただし公共交通機関がないので事前にホテルでタクシーを手配しておくかレンタカーを手配するかあるいはレストランが送迎してくれるかも)。


買い物については,対岸のボートのベースから徒歩5分弱のところに小売店があって,ここで生活雑貨から飲料食糧一通りのものはそろう(村の小売店という言葉から想像するよりは大規模。会計もレジスターなので仏語会話できなくて大丈夫)。サンドイッチもちょろっとあったし,パリジャンのでっかいのも。行ってゆっくり買い物して1時間後の船で帰ると買い出し可能。営業時間は不明(日曜はやってなさそう)。


水上コテージの外壁は妙に無愛想でチープ。内装は南国ムード+モダンで狭いながらもこじゃれで快適(スイートではない)。ウォークインクローゼットが広かったので,荷物を一切部屋に散らかすことなく過ごせ,狭さの割にすっきり。独立シャワーブースあり(その代わりバスタブは仕切りカーテンもなにもなくなく洗面スペースの壁に接してへろっとある。窓を開ければ外も見られるわけだが,いったいどうせえっちゅぅねんな)。そのほかの設備は,ドライヤー(それなりに強力),テレビ,DVDプレーヤー,冷蔵庫(補充できるタイプ/笑),ミニバー,電気湯沸かしポット(とインスタントコーヒー,紅茶ティーバッグ)。バスローブ。なぜかスリッパなかった(いちおうあるはず)。ハーフサイズのスプマンテプレゼント(この扱いには困ったのだがそれは別の話)。


ゴキブリが天井を這ったりもしていないし,蚊もいない……のは海の上だからか。いちおうテラスから海に入れるつくりにはなっているんだけど,岸からけっこう離れていたので足は着かないし水の流れが速くて(冷たいし)金槌には泳げない。岸に近いコテージなら楽しそうだった(数は少ない)。眺めがいいのはとん先のオテマヌビューの一部のコテージ(これも数は少ない)。つまりそのどちらでもなかったんだけど,いちおう海には向いているのでそこそこ雰囲気は満喫できた(この辺は前向きな割り切り)。床の一部が畳二畳分ほどガラス張りになっていて,夜は灯につられて魚がけっこう集まってきていた(昼はあんまりこない)。


飲み水は,氷を湧かして冷ますという神業をかなまるが編み出していました。あら熱取れたら持参していた1リットルの空きペットボトルに移してアイスペールで冷やす。ポカリの粉も持って行っていたのでポカリも作った。まあ,それは半分遊びなので,ふつうにミネラルウォーターを買って飲めばよいでしょう。


だんだん基礎データじゃなくなってきたね。そして凄い時間だ。続きはまた何時の日か(あれば)。もう書くことは全部書いた。2日目以降の行動記録を書く必要も無かろう(もともと必要なんてこれっぽっちもない)。

子供の名付け


知り合いの知り合いに子が生まれて,つけた名前がよく言えば今風悪く言えば……だったそうで,その名を聞いて失礼ながら大爆笑。子の名誉の為に名は伏すが,音は好感触だし突飛でもない。漢字表記も平易な文字を使っているし字並びも個性的とはいえぎりぎり許容範囲(人によるか)。だけど「その字面でそうは読めまい(読まない,読みたくない)」という合わせ技。名付け親が込めた想いはともかく,本人この先一生訂正人生だろうと思うと,なんだか不憫ではある。


んでも考えてみれば他に読みようもないし,近頃の子供の名前って凄いのが多いから案外みんな慣れててちゃんと読めるんじゃないの? とやけっぱちのポジティブ思考にもならんこともないけど,法規制の一つも考えてもいいのではと思わなくもない今日この頃。某「も」氏に第一子が生まれるとき,とにかく一意に読める字にする,と言っていた,あれは現代においては貴重な(稀少な)良心なのね。あのときはよもや世の中がこんなことになっているとは知らなかった。


戸籍というか日本の人名には変なところがあって,使える文字は限られているのに漢字の読み方には制限がない。そして,戸籍には名前の読み(音)は記載されない。そして,読みが記載される住民票については,読み仮名の変更(修正)届けは簡単にできるらしい。戸籍にも記載される字面の方を変えようとすると家裁を通さないといけないのに。


名前って,本来は音ありきのものだと思うんだけど,そのへんは不思議。読みがなの修正が簡単なら,生まれてすぐにどう呼ぼうが(呼ばせようが)気にしなくてもいいのかもしれないけれど,それでも一度つけた名前をそう簡単には変えがたい(乳幼児期は特に書き文字より音でしょう)から,やはり慎重にはなるべきでしょう。まして,字面がとんでもなかった場合にはそうとう厄介。


斯く言う自分にも立派な名前をつけられる自信はないけれど,酷い名前をつける親は冗談でもわが子への嫌がらせでもなくて寧ろ一生懸命考えた末の悲劇と想像するがゆえに(中にはほんとに考えなしの阿呆もいるだろうけど),親に良識(ってなに?)を求めるばかりでなく,なんでもありにしちゃっている現状を変えた方が話が早いような気もするんよね,まあ無理だろうけど。


現実に酷い名前をつけているのは極一握りに過ぎないんだろうと思う(思いたい)が……陥穽に陥ることもあるだろうから偉そうなことは言えない。今は自分の子という存在がピンとこないし冗談半分でしか考えていないので,ほんとうに名前をつけなければならない事態になったときには大変だろうし悩むだろうな。冗談半分がそのまま採用されるならそれでいいんだが,それでも仮に同性の双子だった場合はストックがないし(かなまるはさらに冗談としか思えない双子ちゃんネーム案を出してきた,ただし女児のみ)。


読めるか・書けるか・字の意味・音の意味・同音異義語類語などは大丈夫か,程度の確認はしろってことで未来の自分へ。