【映画】『英国王のスピーチ』

[★★★☆☆」
格式とユーモアと冗長と。


あらすじ:
現イギリス女王エリザベス2世の父ジョージ6世の伝記をコリン・ファース主演で映画化した歴史ドラマ。きつ音障害を抱えた内気なジョージ6世(ファース) が、言語療法士の助けを借りて障害を克服し、第2次世界大戦開戦にあたって国民を勇気づける見事なスピーチを披露して人心を得るまでを描く。共演にジェフ リー・ラッシュ、ヘレナ・ボナム・カーター。監督は「くたばれ!ユナイテッド」のトム・フーパー。第83回米アカデミー賞で作品、監督、主演男優、脚本賞 を受賞した。

映画情報:
キャスト:コリン・ファースジェフリー・ラッシュヘレナ・ボナム・カーターガイ・ピアースデレク・ジャコビマイケル・ガンボンティモシー・スポールジェニファー・イーリー
監督・脚本:トム・フーパー
脚本:デビッド・サイドラー
製作:イアン・キャニング、エミール・シャーマン
撮影:ダニー・コーエン
音楽:アレクサンドル・デスプラ  
原題:The King's Speech
製作国:2010年イギリス・オーストラリア合作映画
配給:ギャガ  
上映時間:118分
映倫区分:G         (映画.comより) 

 
感想:

今年度のアカデミー賞で、12部門ノミネート、作品賞・主演男優・監督・脚本賞の5部門を受賞した「英国王のスピーチ」。監督のトム・フーパーは「レ・ミゼラブル」の公開も控えている。

この映画は、英国王室のジョージ6世コリン・ファース)という実在した国王を主人公とした物語になっている。ジョージ6世というのは、現エリザベス女王の父にあたり、彼の在位期間は1936年から1952年になる。在位期間でわかるように、このジョージ6世は第二次大戦下における英国王だった人物になる。このことがこの映画では重要な意味を持ってくる。

ジョージ6世は、小さな頃から吃音症という病気に悩まされていた。吃音症というのは昔でいう「どもり(今では差別用語?)」のこと。一般の人にとってもこの障害は日常に支障をきたす深刻な病気だが、このジョージ6世は、演説という国民全体に「語りかける」行為をしなければならないのだから、さあ大変。一国のトップの言葉は、時に国民全体の士気を良くも悪くも変える力を持つ。その国王の言葉の重みがあるからこそ、この映画はそれを克服しようとするジョージ6世の奮闘により感動することができるのだ。

また、感動だけでなく、この映画の「笑い」の部分も、演説すべき国王が演説下手というギャップによって生まれている。特に、のちに専任医となるローグ医師(ジェフリー・ラッシュ)との邂逅や治療の様子は、身分差設定を活かしたコメディ要素の強い、イギリスらしい会話劇になっている。また、 1930年代当時の、霧に満ちた汚らしさと伝統を兼ね備えた、これぞロンドンという風景が描き出されており、前半はその「イギリス力」とでもいうべき格式とユーモアでぐいぐい引っ張られる。(余談だが、「大英帝国」という字面のシンメトリーな感じが堪らなくカッコいい。)

兎も角も、そうしたイギリスらしいテンポと雰囲気で映画は進んでいくのですが、段々とその雰囲気は重苦しいものに変化していく。その大きな原因は、ナチスドイツの台頭など、きな臭い戦争の空気がイギリスにも押し寄せるようになったことにある。本来、ジョージ6世にはエドワード8世(ガイ・ピアース)という兄がおり、王位はその兄が継いだのだが、兄はその任を自ら降り、弟のジョージ6世が望まずとも王になることに決定してしまう。

ここにおいて、「スピーチ下手」という克服すべき欠点は、一国の先行きを左右するさらに大きな壁として、ジョージ6世の前に立ちはだかるのだ。ジョージ6世は望んで王になったわけでもなく、スピーチ下手という自分の欠点も認識している。しかしそれでも王は国民の前に立ち、国民に向かって語りかけなければならない。この映画の主人公は、一国の王という観客にとってはかなり遠い存在のはずだが、「自分の望まざる状況」で「自分の苦手なことをしなければならない」という経験は誰もが少なからずあると思うし、だからこそジョージ6世に感情移入し、感動することができる。

この映画は、ジョージ6世が国民にとって本当の意味の国王になるまでを描いた物語だが、「望まざる状況において、それでもなお、あがきもがき欠点を克服しようとする一人の人間」を描いた普遍性を持った物語でもある。ジョージ6世はスピーチに関しては「凡人以下」であり、それでもなお立ち向かう彼の姿には感動した。また、「凡人」としてのジョージ6世を強調するために、「スピーチの天才」を彼の前に登場させるシーンがある辺り、演出の上手さが光る。

ただ、この映画に不満がないかといえば嘘になる。この映画は基本的にジョージ6世と医師のローグの二人が、身分差を乗り越えて友情を築いていくことが基本軸になっているが、それにしては一方のローグ医師の描き方が薄い。オーストラリア訛りやシェイクスピアに造詣があるといった点、家族との微妙な距離など、前半で彼の抱える問題や状況が描写されるからこそ、のちにそれが回収されぬまま終わっていく点に違和感を感じた。ジョージ6世とローグ医師がその出会いによってそれぞれに抱える問題を解決する、という構造の方がより物語としては多面的で面白いものになったのでは?と思う。しかしこれは史実をもとにした映画であるし、創作の余地は狭いという点で致し方がないのかもしれない。

また、118分という上映時間にしては体感時間はそれよりも長く感じた。兄のエドワード8世についての描写など、もう少し脚本上工夫できる点もあったかと思う。脚本といえば、終盤でジョージ6世とローグ医師が、ローグ医師に関するある事実が原因で仲違いするのだが、このあたりの説明が足りてないように思え、若干唐突に思えた(しかしこの部分は私が単純に見逃したからかもしれない…)。

…とまぁ色々書いてきたが、総じていえば予告編を見たときの期待感には応えてくれた佳作だと思う。

ただ、「インセプション」や「ソーシャル・ネットワーク」などの作品が並ぶ中で、今このタイミングでこの作品にアカデミー作品賞を与える理由については「?」と思ってしまった。そういえば、キャラクターは全然違うが、コミュニケーション能力に問題があるという点では、この映画のジョージ 6世と「ソーシャル・ネットワーク」のジェシー・アイゼンバーグには共通点がある。

ちなみに、これが実際のジョージ6世の演説。うーん、確かにもっさりとした喋りだ。
http://www.bbc.co.uk/archive/ww2outbreak/7918.shtml