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2016-07-19 開高健電子全集14 オーパ!/オーパ、オーパ!!

開高健電子全集14 オーパ!/オーパ、オーパ!!

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内容紹介

釣り紀行文の傑作『オーパ!』『オーパオーパ!!』(アラスカ篇/カリフォルニアカナダ篇)

“何事であれ、ブラジルでは驚いたり感嘆したりするとき、「オーパ!」という”――体長5メートル、体重200キロにも達する世界最大の淡水魚ピラルク、 そして黄金色の魚体からエルドラド(黄金郷)に由来する名前を持ち、同時にその獰猛さから“河の虎”の異名を持つドラドを釣り上げることを目的に、アマゾ ン川流域1万6000キロを約2ヵ月かけて釣り歩いた旅の記録『オーパ!』。

釣師・開高健が自らの“引退試合”として臨んだ『オーパオーパ!!』シリーズの中からベーリング海の巨大な怪物オヒョウに挑んだ『アラスカ篇/海よ、巨大な怪物よ』、ブラックバス、ストライパー、チョウザメなどを釣り歩きながらも貧果に終わった『カリフォルニアカナダ篇/扁舟にて』を収録。

【収録数】 7本 付録:『オーパ!』幻の取材メモの写真など10点

(amazon より)


 釣りの話とその土地土地の人々や釣り人との交流などが書かれた釣り紀行文アマゾンでの釣りを描いた「オーパ!」と、「オーパオーパ!!」のアラスカ篇、カリフォルニアカナダ篇を収録。

 釣りはしたことがないが、面白く読める。魚についての色々な話も知らないことばかりなので面白いし、釣った魚の味の話も日本で見たり食べたりする機会のない魚ばかりなので興味深い。

 大変だったこととかも色々と書きながらも、この釣りの旅を楽しんでいるのが伝わってきていいね。そして釣りをしているから、自然描写が多くあってその土地土地のことが伝わってくるのもいいね。そして食事描写も美味しそうで良い。特に「オーパオーパ!!」では料理人随行ということでなおさら。

 「オーパ!」

 カンジェロは『血のにおいがあろうとなかろうと、魚だろうと、猿だろうと、人間だろうと』食いついてくる。そうして傷つき、血が流れるとピラニアがよってくる。ピラニヤは血がなければとはいうが、そんな魚もいるのか。しかも同じアマゾンに! ただ、カンジェロはいない場所もあるが、ピラニヤは『アマゾン水域だけでなく、はるか遠い大湿原のパラグァイ河水域にもうじゃうじゃいて、およそ釣りをした日でピラニヤを釣らないというのは一日もなかったし、そんなことはそうぞうすることもできない。この猛魚は神のごとく、空気のごとく、水のごとく偏在する。』そんな何処にでも多くいるのか。

 『ふつう川というものは魚のいる場所といない場所が切れたり、つながったりして流れていくものである。日本の川なら瀬にはアユやハヤ、淵にはコイ、ワンドにはフナというぐあいにそれぞれの魚の縄張りがあり、それぞれの居住区をつなぐ部分は通路にはなるけれど居住区ではないからマグレでないかぎり魚は釣れない。』しかしピラニヤだけは水面をたたけば何処にでも集まってくる。こうした話を聞くと改めてピラニヤって特殊な魚だなという思いを強くする。

 亀の甲羅は水中にあるときは柔らかいといって、弓矢を空に放って放物線を描いて落下した先が甲羅の真上で、そうして上から刺すのを外すことなくやるという名人技は凄いわ。小説にでてきたら創作と思われて、事実とは思われなさそうな話だ。

 『またまた釣師の時制である。過去と未来があって現在がないのだ』過去と未来に威勢のいい話があって、去年はよかったのだが今年は〜などといって、現在が絶好の機会と言うことはない。なるほど、面白いような。

 ブラジルの首都ブラジリア、以前から首都は海岸に近いリオ・デ・ジャネイロではなく、中央高原のどこかにという思考と希求があったが、1956年に当時の大統領が決断を下して首都とするために荒地に現代都市ブラジリアを作る。そして4年後の1960年に完成した。ブラジリアは近年に(といっても半世紀以上前だが)、1から作った都市だったのか。

 1メートル以上あるミミズなど想像つかない事象が色々とでてくるので、ブラジルの壮大さというか世界の広さ・不思議さみたいなものを改めて感じさせてくれる。

 ブラジルの食物とかを一つずつ感想を書いているところでアボカドやマテ茶やアサイーと言った、今は日本でも入手容易になったものがあるのを見て、時代を感じる。

 著者はカフェインアレルギーがあって、カフェインを摂取すると頭痛や吐き気に襲われるというが、ブラジルのコーヒーだと不思議といたくならなかったので流石本場は違うと思っていたら、いい豆は輸出されるから二等、三等の豆を使っていたり、更に混ぜ物を使っていることもあるからそれで飲めたという話はくすりとくる。

 日本だと川魚は一部を除いて泥臭いというイメージあるが、アマゾンの魚はどれも美味。ピラニヤも美味。何の留保もなく美味と書いてあるので、ちょっと食べてみたくなる。

 最後の数ページでさらっと書かれている、牛を丸々一頭の焼きにして日本人会の人と食べて、それに取材にきたと言う話など、もうちょっと詳しく知りたいと思う話が色々とある。

 「オーパオーパ!!」

 アラスカ篇では谷口先生という料理人についてきてもらって食事をもらっていたようだが、料理・食材に対する著者の説明や感想と「教授の採点」が面白い。

 『ブラック・バス……逸品である。皮にちょっと特殊な匂いとホロにがさがあるので、ていねいに剥いでしまわないといけない。しかし、三枚におろしたその白い肉はよくしまりほどよい淡白な脂がいきわたり、いうことなしである。』特定外来で釣りの目当てにされる魚という印象しかなかったが味はいいのか。

 巻末には雑誌のインタビューなどが載っているが、話し言葉で聞くと著者の印象も変わるな。

 最後の解説というか、歿後著者の記念館ができたときの「オーパ!」の編集だった人のあいさつが載っている。それを見て開高健がルアーフィッシングとキャッチ&リリースを日本で広めた人だと知る。

2016-07-17 完訳 ギリシア・ローマ神話 下

完訳 完訳 ギリシア・ローマ神話 下

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内容(「BOOK」データベースより)

すべての大いなる物語は、ここに通じる―。西欧文化の源流である、さまざまな神話や伝説。現代に息づくその精神の真髄を平易な訳で、親しみやすく紹介する。ヘラクレスって誰?アポローンって何の神さま?などなど今さら聞けない神話の成り立ちから、人間味溢れるオリュンポスの神々の恋や嫉妬、名誉をかけた戦いまで、めくるめく壮大な物語がぎっしりとつまった、人類の遺産。


 kindleで読了。

 下巻の前半部はトロイア戦争オデュッセウスの冒険の話がなされた後に、トロイア戦争で敗れたトロイアの英雄アイネイアースがローマにやってくるまでの旅路の話(彼はのちのローマ建国の祖になる)が紹介されている。読んだことがないけど、この前半部はホメロスイーリアス」「オデュッセイア」と、ウェルギリウス「アエネイース」の物語の筋をコンパクトにまとめたというものなのかな? そして後半部はギリシアローマ以外の、そしてアブラハムの宗教以外の、世界各地の神話・宗教について簡易な説明と挿話の紹介がされる。その中で北欧神話は複数の章を割いて紹介している。下巻では色々な違う地域の神話や宗教などについての説明もあるということで、雑多な印象。原題は「伝説の時代」とのことなので、それで色々と紹介されているのかなと納得した。

 トロイア戦争の話ではその戦争の全体的な流れが手際よく説明される。そしてオデュッセウスの話ではトロイア戦争後に長きに渡って色々な苦難にあって帰郷が叶わなかった。その英雄オデュッセウスの帰路でのさまざまな冒険譚が手短に語られる。

 そうした筋を頭に入れておくとホメロスの有名な長編二作を読む際にもわかりやすいと思うので、それらを読むときには一旦その部分をざっと読み返したり、読んでいる途中にこれで確認しようかな。そうしたこれを確認すれば良いというものがあることを知っていれば、ホメロスの作品に取り組もうという気になるな。

 アテーナー、ヘーラー、アプロディーテーの誰が一番美しいかを争い、神々がその判断を下したがらなかったので、その審判者として連れてこられた美しい羊飼いパリス。三女神はそれぞれ彼に自分が一番美しいとすれば、これこれの褒美をあげようという。最終的に彼は人間で一番美しい女性を彼の妻としてくれると約束してくれたアポロディテーを一番美しいと述べた。

 そしてパリスはスパルタ王メネラーオスの妃だったヘレネーを誘惑し、駆け落ちして妻とした。羊飼いパリスは不吉な予言で卑しい境遇で育てられていたが、トロイア王の子だったということで、トロイア王は彼をかくまっていると思われた。そのためこの事件に怒ったギリシア勢が攻めてきて、トロイア戦争が始まる。

 三女神が誰が一番美しいかで争うというエピソードは知っていたけれど、それがトロイア戦争の発端であるとは認識していなかったが、そうだったのか。そのように知っていたエピソードが別の有名な物語の一部だったり関連があるということがわかることは面白い。

 著者であるブルフィンチがこの本を書いた時には、シュリーマンはまだトロイアの遺跡を発見しておらず、その16年後に発見されたのか。シュリーマンも有名だけど読んでいないから、そろそろ読もうかしら。

 オデュッセウスは英語でユリシーズ。有名な世界文学に「ユリシーズ」という小説があるが、そのタイトルは英雄オデュッセウスからとっているのね。そしてwikiみたら物語の構造も、ホメロスオデュッセウス」と対応させていると書いてあってちょっと興味引かれる。

 またエーリュシオンは死後の楽園あるいは大洋の西にある幸福な国だが、「パリの『シャンゼリゼー』は『エーリュシオンの野』という意味」。

 北欧神話。最初に霧の世界があって、まず雲から霧の巨人ユミルとその子孫、そして牝牛のアウスラムが生まれた。そして巨人は牝牛の父から栄養を取って、牝牛は氷の下や塩をなめて栄養をとっていた。『ある日、塩がっこびりついている岩をなめていると、初めに人間の髪の毛が表れてきました。二日目には頭が表れ、三日目には美しく、きびきびとして、たくましい体がすっかり現れたのです。この新しい生き物は、神様でした。そしてこの神様と、その妻となった巨人族の娘との間にオージン(「オーディン」ともいう)、ウィリ、ウェーの三人の兄弟が生まれました。』そしてその三兄弟が巨人ユミルを殺して大地や海や木を作った。神の前に巨人や牝牛が登場する神話というのも斬新というか、聞いたことがなかったので驚いた。

 そしてロキは元は巨人族だったが神々の仲間入りした神。

 ソール(トール)と巨人族とさまざまな種目で闘うが、トールが勝てなかったという話。巨人が凄いのか、北欧神話はトールのような名前を聞いたことのあるメジャーな神でもそれほど力がないのかと思っていたら、最後に実は巨人たちが幻術でトールが巨人と競走しているように思わせて、さまざまな概念とがっぷり四つで闘っていたから勝てなかったということがわかるというこの挿話の驚かせ方はいいな。トールがたいしたことがないと思わせて、最後に彼は槌で大きく地形を変えて窪地を作り、「火」との大食いでいい勝負をして、角杯の中の酒を飲み干せるかという勝負で飲んでいたのは実は海で、彼が飲んだために海の水位が下がったということが説明されることでトール神凄いなと最後になるこの挿話は好きだな。

2016-07-13 本好きの下剋上 第二部 神殿の巫女見習い 4

本好きの下剋上 第二部 神殿の巫女見習い 4

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内容(「BOOK」データベースより)

長い冬を終え、瑞々しい春が到来したエーレンフェスト。神殿内では、巫女見習い・マインの今後について様々な動きが加速していた。彼女を嫌う神殿長の画策もあり、街は不穏な空気に包まれていく。それでも、マインの毎日は何も変わらないはずだった。弟の誕生、インク開発による新しい本作り等、これからもずっと家族や仲間との愛おしい時間を過ごすはずだった。だが、世界は彼女に残酷な決断を迫る―。マインは今、大切な人々を守るため、家族への愛を胸に新たな道を歩き始める!ビブリア・ファンタジー第二部、感動の完結編!衝撃の結末後の人々を描く書き下ろし短編集+番外編2本、さらには椎名優描き下ろし「四コマ漫画」収録!



 ネタばれあり。

 冒頭の神殿長とその取り巻きたち、爵位を持っているものが複数いて、情報を得れる立場なのに神官長フェルディナンドの力量を甘く見ていたのか。案外彼の力量のすごさは知られていないのかな。青色神官なのに騎士団に請われて呼ばれるレベルなのだから、かなり優れていることくらい知っていてもよさそうなものだが、彼らの派閥の人間はアウブが弟を実力でなく身びいきでそうしているのだと思い込んでいたということであろうか、それもまたありそうだ。

 魔力のために身食いをそば仕えや愛人としてさりげなく側に置くが、『全く教育されていない者は地下室で飼い殺しも珍しくはないらしい』(P57)というように、この世界もわりと殺伐というか、残酷な世界だよな。孤児院とか貴族とそれ以外の関係とかも書かれているから今さらではあるけど。

 前半は新たな身食い子の赤ん坊が孤児院にやってきたことによるデリアの変化、そしてマインの相変わらずの印刷関係に必要なものを作ったり生まれたばかりの弟と身食いの赤子のための玩具をつくったりしている。中盤は神殿長の陰謀と彼の失脚。後半はマインが新しい局面に入ったことを受けた周囲の人々のあれこれの反応が書かれる。

 そうしていたら神殿に入って以降はマインとほとんどかかわらなかった神殿長が強硬手段でマインに従属契約を結ばせて、彼女が神殿に入った時の復讐(それもみっともないことになったのはこの男の自業自得以外の何物でもないのだが)と、その魔力を思いのままにしようとする両方の理由でそんな実力行使に出る。

 その神殿長の陰謀はダームエルや父ギュンター、フランが奮闘するが危険な状況、そんなときに神官長が登場する。これで助かったと思いきや、彼も原則論からいって処罰しなければならない立場であり、彼はそれを曲げられる性質でもないから万事休すかと思いきや、ここでジルヴェスターがマインに与えた「お守り」が効力を発揮する。

 そして領主アウブ・エーレンフェストが神殿長を断罪して、脅威は去る。ここでマインがアウブ・エーレンフェストの養女になった。ここで強力な後ろ盾を得て、これで理不尽なことをされてもしっかり対処してくれる、味方してくれる人ができて安心感がいままでと段違いになった。web版でもそこから安心して見られるようになったという印象があるので、そうした意味でも次の巻から楽しみだ。

 そして物語を読み進めたうえで再読するとアウブ・エーレンフェストはよくここで身内を切る決断ができたなと、ここでの彼の聡明さと勇気を改めて感じる。

 彼女の大切な人々を守るためにもマインは領主の養女となり、貴族となる。

 そのため家族と分かれて、もう二度と家族として接することができなくなる。もしそうなるにしてもいくらか時間があると思っていたが、今回の出来事で早まって、急に家族と別れなければならなくなる。その家族との別離のシーンはその互いを思いやった最後の家族としての温かい言葉に、web版で読んだ時もそうだけど、涙腺が緩む。

 また、マインとその家族が互いに家族とは呼ばないという(出自ロンダリングのため)契約がなった後の、貴族と平民と身分が分かれてしまい家族と呼べなくなった家族が礼儀正しい言葉で別れを告げ、それに同じく礼儀正しい返答をして深々と頭を下げて見送るマインの姿もいいね。

 そうして中盤で物語がひと段落したあと、エピローグのあとにいくつもの短編が収録されている。書き下ろしの数はいつも通りだけど。web版でも見ているとはいえ、本編では見られない日常的な話だったり、いろんな人々の視点での話がみられるのがいいね。

 後半のその後の人々が書かれた短編で、神官長の側仕えアルノーは青色巫女に思うところあって立ち回っていたが、それが神官長に露見して死を賜った。神官長もそうしたところはドライに切ってしまうところにも、命に関する現代との感覚の違いを感じるね。

 マインがいなくなった後の家族が、「マイン」の最後の祝福を受けたんだから(そして家族としてふるまえなくなっても生きていて、会えるし彼女についての話を聞けるんだから)私たちは平気だと、寂しさを感じながらも前を向いて進もうとしている感じがいいね。

 巻末の書き下ろしは今回登場したインク工房の研究好きハイディの夫ヨゼフ視点での本編で書かれていた期間の話。そして以前の孤児院の子供たちとともに、森に行った青色神官に身をやつしてジルヴェスター(アウブ・エーレンフェスト)の姿が、一人実は正体を知っていたギルベルタ商会のレオン視点で書かれた短編。森でのジルヴェスターの姿と、レオンがマルク・ベンノの話し合いを耳にして、正体を知っていたため色々気をまわしている様子が書かれる。

 巻末の四コマ漫画も、キャラクターがかわいくていいね。

2016-07-10 ドン・カズムッホ

ドン・カズムッホ

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内容(「BOOK」データベースより)

「いつもいっしょ…」「こっそりと…」「もし二人が恋仲にでもなったら…」彼女は視線をゆっくり上げ、わたしたちは互いにみつめあった…。みずみずしい描写で語られる愛と友情、波瀾万丈の物語。小説史上まれにみる魅力的なヒロインが、こんなところに隠れていた。美少女と美少年、美しくせつない「恋」と「疑惑」の物語…偏屈卿と呼ばれた男の、数奇な?自叙伝?ブラジル文学の頂点。ブラジル文学第2弾!



 kindleで読了。1章が数ページと短く区切られていることもあってさくさくと読み進めることができた。ネタバレあり。

 ドン・カズムッホ(偏屈卿)というあだ名のある登場人物の回想録形式の恋愛小説。

 恋についての物語。初恋の人で結婚相手でもあったカピトゥとの物語を綴った作品。子供時代の話が中心。

 二人が14、5歳だった1857年の11月の出来事から物語は始まる。食客であるジョゼ・ジアスが、ベンチーニョ(子供時代のドン・カズムッホ)とカピトゥの仲が怪しいとベンチーニョの母ドナ・グロリアに話し、家格が違うから彼女と深い仲になる前にベンチーニョ(ドン・カズムッホ)が生まれる前にした願掛けを守って神学校に入れることを勧めているのを立ち聞きしてしまった。その出来事から基本的には時系列に進む回想が始まる。

 召命もなく、最近話題にあがらなかったので普通に俗世の学校へ行くものだと思っていたベンチーニョは気が動転した。また、彼はそれまではカピトゥに恋情を抱いているという意識はなかった。しかし立ち聞きした食客殿の懸念を聞いて、記録を掘り返してみると彼女が自分への恋情をほのめかしたような言葉を口にしたことを思い出し、今更その意味を知り、そして自分も自覚はなかったが最近彼女を意識していたことを気づく。ベンチーニョは自分が彼女を愛していたこと、彼女に愛されていたことを知った。彼はその事実にとても嬉しくなり、それを好ましからず思って母に忠告したジョゼ・ジアズを赦した。彼のその言葉がその素晴らしい真実を明らかにし、自覚させてくれたのだから。

 しかしそしてその感動を抱いたまま、カピトゥに会いに行く。そしてこの対面で互いに愛し合っていることが改めて互いに伝わる。そして彼女にその話のことを伝えて、善後策を練る。そしてその話を持ち出した当のジョゼ・ジアスを味方にすることをアドバイスされる。そしてその後彼が神学校に行かないためにする二人は協力して事態に当たって、上手くいかずに少しピリピリしたり、仲を深めたりする。

 結局一度神学校に入ってみて、それで召命がないのであれば神学校を辞めるということを事前に取り決めるという次善の策でこの問題は決着する。

 そうしていやいや入った神学校だったが、そこで彼の無二の親友となるエスコバールと出会う。

 そして17歳の時に神学校を辞めることになり、その頃には彼は美男子となっていた。そして22歳で法学士となり家に戻ってくる。そしてベント(ベンチーニョ)はカピトゥと結婚する。

 友人のエスコバールはカピトゥの友人であるサンシャと結婚していて、その後も4人は長く友人同士であった。

 やがて若くしてエスコバールは海で泳いでいるときに死亡してしまった。その直前に彼の妻サンシャに長い付き合いでそれまで一度もそんなことなかったのに、女性としてみてしまった。

 そのこともあってかエスコバールの死に対するカピトゥの反応を見て、彼は元々妻に嫉妬深い性質だったということもあって、妻がエスコバールと秘かに関係があったのではないかという疑いが大きくなってしまう。

 そして息子のエゼキエルがその疑惑を裏付けるようにエスコバールに似ていたことで、彼の中でその疑念が確信へと変わった。その疑念を一人、胸に抱えていく中で回想録を書いている現在のドン・カズムッホ(偏屈卿)的な人間に変化していく。

 そして一度は毒薬をエゼキエルに飲ませようとしたが、直前で思いとどまった。そして彼はカピトゥにエゼキエルは俺の子供じゃないといって別れることを伝える、カピトゥはエスコバールに似ているのは単なる偶然だと述べたが、その否定の言葉もベントの心を変えさせなかった。

 そしてカピトゥとエゼキエルをスイスへ送り、そこで生活させて別居状態になった。青年となったエゼキエルが彼のもとに来て、成長した息子はやはりエスコバールと似ていた。しかし彼は子供の頃と同じように父を慕い、愛している。父がかつて自分を殺しかけたことも、母と別居状態になった理由も知らず、一念に父を慕っている。そして死した母カピトゥがベントに恨み言を言わず、最期まで彼を褒めていたことを伝えられた。

 そしてこの愛すべき若者も1年後に死亡することになる。そしてこの回想録は終わる。

 「解説」を読むと、出版後60年はカピトゥの姦通は自明なものとして捕らえられていたが、英語翻訳するときに翻訳者へレン・コードウェルはカピトゥの不義は「冤罪」であるという説を発表すると、冤罪説が支配的になった。そして現在はどちらにも取れる両義性がこの小説の特徴とされているようだ。

 それを読んでドン・カズムッホは「信頼できない語り手」だったか、そう思えば嫉妬深いことや偏屈卿と呼ばれていることなど、たしかに不義の疑念が嫉妬による思い込みなのかもしれないとも思う。ただ、息子エゼキエルがエスコバール似だったのは偶然かと片付けられるかというのもあるから、どちらとも取れるということなのだろうが。

 しかし最初に少年時代にカピトゥへの愛を自覚していなかったように、実は疑念が疑念でしかないことを、回想録を書いている時点では無意識に感じているのではないか。あるいは完全に白だという確信はなくとも、この回想録に両義的に見える含みがあるならば、彼自身もどちらともとりかねると思っていたのではないか。まあ、なんとなくそう思った程度で根拠なんかないのでけれど。

 53章までが神学校に行くまで、それから100章までが神学校入学、中退、大学をでるまでの話で、101章以降が妻と親友へ嫌疑を向けてからの話。大体3分割できるようになっているが『それぞれに流れた時間となると、数ヶ月、七年、約三十年と、がぜん不均衡になる』。

 それからジョゼ・ジアズのアグレガード(食客)という立場は、支配階級と奴隷の間の立場として当時あって(ということは、そうした立場がそれなりに一般的で)、作者本人もかつてはその立場だった。

2016-07-06 わたしを離さないで

わたしを離さないで

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わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

優秀な介護人キャシー・Hは「提供者」と呼ばれる人々の世話をしている。生まれ育った施設ヘールシャムの親友トミーやルースも提供者だった。キャシーは施設での奇妙な日々に思いをめぐらす。図画工作に力を入れた授業、毎週の健康診断、保護官と呼ばれる教師たちのぎこちない態度…。彼女の回想はヘールシャムの残酷な真実を明かしていく―全読書人の魂を揺さぶる、ブッカー賞作家の新たなる代表作。

 kindleで読了。ネタバレあり。

 以前から読みたいと思っていたがようやく読了。途中まで明かされない登場人物たちが暮らす特殊な環境の意味は、以前映画の紹介かなにかでその設定を知っていたからそれを何だろうと考えて読むことができなかったのはちょっと残念。しかし巻末の訳者あとがきによると「これは……についての物語である」と書いてくれてかまわないと作者本人がいっているようなので、そんなに気にしなくてもいいのかもしれないけど。

 語り手であるキャシー・Hが自分たちが育ったヘールシャムでの出来事や、そこで知り合い長く親交を持つになる二人の親友ルースとトミーとの思い出などを穏やかに書き綴っている回想録形式で話が進む。

 この世界の現状の社会体制批判をあまりだしていないが、人生も締めくくりに入って怒りで生を終えたくないということで書いていないのか、この回想録を読んだその世界の人々に反発されないように、あえて直接的には書かずに同情を引くように仕向けるという、世界への反抗の仕方を選んだのか。まあ後者は穿ちすぎかもしれないが。

 物語世界は近未来ではなく、第二次大戦の少し後にクローン技術が確立して、そうして生まれた人々の人権が無視される、というより人と思われずに消費されている現在。臓器提供のためだけにクローン人間が生み出されて、彼ら彼女らはその役目のためだけに消費される。それが常識となっている世界。

 クローン人間は世間から半ば隔絶されて、短い人生を送る運命を背負わされている人々の物語。

 キャシーは介護人を12年近くやっている31歳で、彼女も提供者になることを運命付けられている。

 彼女はヘールシャムという施設の出身で、そこの施設は環境が特別によいことで有名である。そういうこともあってヘールシャムにはある種の神話があって、同じ立場の人間からそこの施設出身者にのみ許された特別な措置があると信じられている。その噂となった特別な措置も恋人となった者への数年間の猶予というささやかなもので、そうして希望的観測として噂となるくらい切願されているもののささやかさが切ない。

 ヘールジャムは閉鎖的な全寮制の寄宿舎的な学校。そこであった年に4回ある交換会、生徒たちが作品を作って、保護官(先生)がそれを出来によって交換切符に替えてくれる。それで他人の作品を買う。そうした交換会が生徒たちにとって非常に楽しみな出来事だった。

 そこにきて出来の良い作品を何枚か持って行くマダムと呼ばれている女性。子供時代、彼女にちょっとした冗談をしかけたら、自分たちを怖れるような反応を見せてショックを受ける。

 その経験は、外部の人々が自分たちにそうしたおぞましいものであるという感情を持っていることを初めて体験する出来事であった。

 そうした交換会の他に、月一で外の物品を持ってきて買える販売会も、自分だけの持ち物を増やす滅多にない機会ということもあって楽しみにしていた。

 保護間や外の世界の人々と違うことはうすうすは感ずいていた。しかしはっきりとは知らされていない、そのことで苦悩していたピーター先生に、自分たちは臓器提供を運命付けられて、そのために造られた人間で中年になることもないでしょうとはっきりと伝えられる。

 彼ら彼女らは男女とも子供を望めない身体をしているようだが、そういう処置がされているのか、クローン技術が完璧でなくそういうことになっているのかどっちだろう。まあ、それはともかく彼ら彼女らは子孫を残さずに生を終える。

 クローンである彼ら彼女らは施設(ヘールシャムなど)で子供時代をすごして、その後に別の施設出身者らと何人かで共同生活をする。その後で介護人となり、提供している人のサポートをする。そして提供を始めて、幾度かの提供を終えた後に体が耐えられなくなって、回復センターで生を終える。それが定められた運命。社会によって与えられた残酷な運命。

 ヘールジャムから出た後、他の施設の面々と共にコテージで最長二年の共同生活に入って、そこで論文を書く。論文が目的とされているが実際には論文を仕上げずに、さっさと介護人となって出て行く者も多い。

 彼ら彼女らはクローン人間であるから、元になった人間がい手、その存在をポシブル(可能性)と呼んでいた。その「親」に対する興味は高く、「親」を見ることで自分たちが果たしえない将来やどんな人生を遅れていたかを見ることができると思っていた。ただ、勿論その存在が誰かと言うことは明かされないので、当て推量でもしかしたらいついつ見かけたこうこうこういう人は誰々のポシブルではないかと思って話題になることもあるが、当然ながら本当にポシブルらしい人が見つかることはまずない。

 ルースのポシブルらしき人を見かけたとの情報があって、コテージの先輩カップルとルールとトミー、そしてキャシーの5人でその人を一目見るために、他の用事を済ましたあとのよりみちでその人がいる場所に立ち寄る。

 想像していたような境遇で働くルースのポシブルと目されていた人がどうも違ったようで、ルースは落ち込む。どうせ自分たちの「親」(自分のクローンを臓器提供させるために生み出すことを了承する人物)は麻薬中毒者や浮浪者などそういう人物であるとまくしたてた。

 トミーは、マダムの展示会は実は作品でその人の性格を見て、それによって特別な絆を持つカップルに数年の猶予を与えるための判断材料にするものだったという噂があるとキャシーに伝える。それがよく言われるヘールシャム出身者への特別な計らいなんじゃないかと述べる。保護官たちから言葉を濁されていたマダムの展示会だが、そうした説明でそれまで保護官たちに言われていたことの説明がつけられる。

 そしてキャシーは介護人となり、一足早く提供者となっていたルースの介護人を務めていたときに、ヘールシャムが閉鎖したことを知らされる。

 そしてルースの介護人をしていたときに、トミーとも再開して久しぶりに三人で会う。そしてそのときにルースがキャシーとトミーが付き合うのにふさわしかったのに邪魔して自分がかつてトミーと付き合っていたことを謝し、奪ってしまったその関係を取り戻して二人が付き合って欲しいと述べる。そしてかつて調べたマダムの住所をキャシーに渡して、例の噂、特別な猶予期間をもらって幸せな時間を過ごして欲しいといわれる。

 それまで少しばかりぎくしゃくしていたルースとキャシーの関係だったが、ルースがそのことを話してから、二人とも互いが大切な存在であることを再認識して再び親友同士として善い関係でルースの最期の一時期を過ごせた。

 そしてルースが死亡した後。トミーの介護人となり、そしてマダムのことを挑戦することを決意する。

 そしてようやく恋人となった二人はマダムの家を訪れる。マダムは根も葉もない希望を抱いて、勇気を振り絞って自分を訪ねてきた二人を見て、自分たちの行動がそんな希望を抱かしてしまったことを思って泣く。そこで彼女と同居していた思いがけない人物、エミリ先生からヘールシャムについて、この臓器提供の歴史的な経緯についての話を聞く。

 そこで、かつてクローン人間に魂があるのかを疑問視されていたことが話され、ヘールシャムを運営していたグループは魂があることを示すためにあちこちで展覧会をして啓発していた。そのためにマダムが生徒たちの作品を蒐集していたことが明かされる。

 エミリ先生らヘールシャムに携わった人々はクローンにも魂があるのだから、せめてよい環境で育てよう。クローンたちが酷い環境で育てられていることを是正しようとする運動を展開していた。

 モーニングデールという科学者が超人的なクローン人間を作ろうとしていた事件が原因となって運動が終息してヘールシャム閉鎖とあいなった。世間は子供や孫世代には、優秀なクローンが世界を牛耳ることを怖れた。そのためクローンに対する援助者がいなくなり、臓器提供を運命付けられているクローンたちよい環境を与えることを目的とした運動は潰えた。そしてヘールシャムなどいくつかのそうした運動によって出来た施設が閉鎖した。そのため今後はまっとうな子供時代を送れる場の消滅し、キャシーらのような教育を受けることはなくなり、クローンに対する環境は悪くなることを知る。

 エミリ先生の話しぶりから、彼女は善意の人ではあったようだ。そしてヘールシャムのおかげで少しでも幸せな幼少期を過ごせた人々がおり、そして他の施設出身者からもヘールシャムは一種の希望というかクローンでもその施設ならば特別な計らいがある今よりもいい何かがあったかもしれないという心の拠り所ともなっていた。しかしやはりクローン人間を一段下の存在と見なしていることが透けて見える。彼ら彼女らを人間として見なしているのに、それでも臓器提供をよしとする姿勢には読者(現在・現実の世界の視座)から見ると非人間的な道徳の歪みを感じる。人生をかけた運動がなくなって、せめて世話をしたクローンたちから感謝して欲しいという気持ちもわからなくもないけど。最期にあけすけにマダムだけでなく、保護官の誰もがクローンのあなたたちに恐怖を感じていたと伝えているのもやはり同じ人間とは感じていないことの証だしね。

 でも、そんな人たちがクローンの彼ら彼女らが外部で得られる最良の擁護者であるという悲しみ。

 そうした話を二人は特別の猶予期間はないことを知り、そしてその話は嘘でも他の方法があるかもという可能性も潰される。そしてトミーが死亡するまでの、恋人たちの最期の日々と離別が描かれる。

2016-07-05 不当逮捕

不当逮捕

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不当逮捕 本田靖春全作品集

不当逮捕 本田靖春全作品集

不当逮捕 (講談社文庫)

不当逮捕 (講談社文庫)

内容紹介

読売新聞検察担当記者が逮捕された。スクープを連発していた立松和博が汚職事件を追っているなかで、記事が誤報だとされ捕まったのだ。しかし、これにはウラがあった。検察内部で熾烈な権力闘争が繰り広げられており、検察は情報源をあぶり出そうと、立松に罠を仕掛けたのである。逮捕された立松は情報源を決して明かすことはなかった。しかし読売新聞社検察に妥協してしまう。新聞記者とはどうあるべきかを問う著者の代表作。 【解説:後藤正治】


 kindleで読了。

 著者の先輩である立松和博が逮捕された事件を通して、その先輩についてと彼が活躍した戦後直ぐの新聞界の様子、そして検察内部の派閥抗争について描かれたノンフィクション

 公娼制度廃止をめぐる論議のなかで、赤線業者の組合が贈賄をして廃止を食い止めようとしていた。そのことから造船疑獄事件以降、政界の暗部に切り込む調査に及び腰だった検察が、本格的な捜査体制を発足させた。

 そのようにその事件が世間の大きな関心ごとになっていた。長く入院していたエース記者立松はその事件にまわされた。

 立松は読売新聞社会面の記者として多くのスクープをものにしてきた記者で、独自のコネクションを持つ男である。彼は良家の出で、給料やそれ以上のものを取材のためにつぎ込む半ば趣味や道楽として記者をやっている男。また、性質の悪い悪戯を仕掛けるが嫌われない人間で、そして人心収攬術に長けていた。

 そして彼は祖父と父が司法官だったこともあって、検察に豊かな人脈があった。それに人に好かれるキャラクターと、ニュースソースの秘匿を徹底している姿勢から信頼を勝ち得ていたこともあって、多くのスクープを抜いた。

 立松はその事件に取り掛かって早々に、捜査の進展具合の情報を得て、その事件についていた後輩記者を驚かせる。そして国会議員が近く収賄容疑で召喚されるとの情報を手に入れて、そのことについて記事を書いた。そのことで立松は逮捕されることになる。

 この逮捕は検察の一派が、名誉毀損で彼を捉えてニュース・ソースを明かさせることで、立松とつながりの強い他方の派閥の人間を処罰しようという敵対派閥に対する検察内部の政治的闘争から起きた。

 当時の検察には二つの大きな派閥があり、一つは塩野季彦→岸本義広という戦前の思想弾圧を行った思想検事たちの一派でかつての主流派。もう一つは小原直→木内曽益→馬場という非主流派の連合。

 敗戦後38人の思想検事たちが公職追放されて、かろうじて追放を逃れた岸本の存在感も薄まる。そして中央に返り咲いた木内が勢力を伸ばすものちに失脚。そして岸本が復活して東京最高検事長になって、一方で馬場は人事を左右する法務次官の椅子にある。互いに検察最高ポストである検事総長の座を相手に渡すまいと角をつき合わせている。そういうのが不当逮捕が起きたときの状態。

 今のままだと検事総長につけない岸本による起死回生の策が立松逮捕だった。それでニュース・ソースを吐かせて馬場の派閥の中から、機密情報漏洩で捕まる者を出させて、それを足掛かりに馬場派の潰そうという魂胆。また岸本の与党への点数稼ぎと、検察内部の引き締めのための見せしめという意味も。

 会見で岸本が取材源を明かせばすぐに帰すと放言し、取材源の秘匿は記者にとって基本的なルールであるため内外の新聞各社が強く反発。そして新聞界が一致して立松・読売を支援する立場を取った。そして各紙、立松逮捕を不当と報道。岸本は自身の失言によって、他紙は同情しないだろうという甘い予想は裏切られ、予想外に新聞各紙が一致して立松逮捕を非難した。

 そうしたこともあって裁判所は検察の拘置請求を却下して、立松は解放される。そして岸本検事長らは世論から大いに非難を受ける結果となる。また、この逮捕一件について検察内部でも岸本の強引な捜査指揮に首をかしげるむきが少なくなかった。

 立松和博はこの事件で、自分が療養している間に全体の状況が変わってしまったことを感じ、以後失意の中で過ごすことになる。彼は戦後直ぐの新聞界にその気質がマッチして

目覚しい活躍をした時代の寵児であり、戦後の一時期(波乱に満ち、無秩序だが自由闊達な時代)の新聞記者という職業は彼にとってまさに唯一無二の天職であったが、時代の変化で活躍の場を失った。そして彼は生活者の感覚が欠落していて、もとから心身のバランスが危ういところのある人物だったが、活躍の場・唯一の実世界とのつながりといえる場所をなくったことでそのバランスを崩し、若くして亡くなった。

 そもそもの発端となった贈賄事件は結局立松逮捕のあと有耶無耶になって終わってしまった。また、検察内部の抗争は岸本敗北で終わり結局検察トップにはなれずに終わり、選挙出馬をして一度当選するも、その後選挙時の買収で起訴され、執行猶予中の静養中に死亡した。そして馬場が検事総長に就任した。