電氣アジール日録

自称売文プロ(レタリアート)葦原骸吉(佐藤賢二)のブログ。過去の仕事の一部は「B級保存版」に再録。

済んでしまった戦争の善用は可能か?

かつて村上一郎建国義勇軍の人ではない。戦前生まれの文芸批評家の人)は、戦後、「戦時中、戦争を革命に転化できなかったのが無念」という意味のことを言ってたそうだが、さて現在、実際に自衛隊イラクに行ってしまうと、じゃあせめてこれをアメリカ一国への追従でなく、本気で日本がアラブ諸国に感謝され国際平和に貢献できる契機に転化できないか、と考えている人間も案外といるのではないかと思える。
SAPIO』で小林よしのりと対談してた自衛官達も、結局、事後追認でそういう考えになってるかも知れない。朝日新聞の論調とは裏腹に、当の自衛隊員自身には、俄然イラクへ行く気まんまんの人間が少なくないと聞く。
そりゃ、飼い殺しで国民の税金で遊んでると思われてるのを挽回する絶好のチャンスなんだし、危険な任務でも、だからこそ誇りある職業人なら使命感と責任感に燃えるんだろうし、危険手当のボーナスが魅力の隊員もいるだろう……こういう個々の兵士の人間的感情をまで軍国主義復活の第一歩とか言うのは可哀相だと思う。

自信過剰な元海軍軍人と暴走しない元陸軍軍人

さて、この日記を始めて最初に書いたのが三島由紀夫と中曽根康弘の話だったが、先日、日本経済新聞に、その中曽根康弘元総理と、後藤田正晴元副総理が、自衛隊イラク派兵と、将来の改憲についてインタビューに答えていた(対談形式ではなく、別々のインタビュを並べた記事)。
で、小泉現総理にも好意的らしい中曽根元総理は、当然小泉首相イラク派兵を評価してるわけだが、意外にこの人も、別に米国一国への追従を無条件に良しとしてるわけでもなく、イラク派兵をとっかっかりに日本の国際地位の向上を、と、考えてるようにも読めた。
今後10年もしてイラクに民主政権が根付けば、イラク戦争への評価も変わるだろうし、国民世論も改憲に同意するだろうとか、もっともらしく前向きな口調で語っている。
(それにしても、1991年の湾岸戦争じゃ、世論に遠慮して兵は出さず金だけ出したら、国際的にはまったく尊敬も感謝もされなかったことに、随分と忸怩たる思いがあるようだ)
ところが、続けて隣の後藤田インタビューを読むと、これが元総理に比べ意外に慎重で、中東情勢にはアメリカよりヨーロッパ諸国の方が経験を多く持ってるんだから、イラク復興支援にはEU諸国と協調すべきとか、改憲論議にはもっと時間がかかるだろうとか、ハト派的なことを言っているのだ。で、その理由について後藤田は、中曽根も自分も旧内務省官僚だが、自分は陸軍で中曽根は海軍だった、その違いかな、と結んでいる。
――こう読むと変な感じがする。だって、戦時中は、暴走したのは陸軍、海軍側の人間は、山本五十六はもとより井上成美大将とか、当初は日米開戦にも反対してたというのが定説だからだ(もっとも、戦後の再軍備自衛隊の発足は、旧陸軍より旧海軍の人間がかつての敵アメリカ軍人と交流して(掃海とか、当初は戦犯摘発、次いで共産主義者の摘発とか)進み、それが戦後の日米安保の枠を作った、とかいう流れの図式もあるが)。

楯の会を封印した元防衛庁長官と、赤軍派と対峙した元警察庁長官

……しかし、その後三日ほどしてふと思った。中曽根と後藤田の思考や発想の違いは、ひょっとしたら、この二人の1970年前後の役職、経歴の違いなんじゃないかな? と。
前にも書いたが、中曽根は三島由紀夫楯の会メンバーと共に自衛隊市ヶ谷駐屯地に切り込んだ時の防衛庁長官で、市ヶ谷の自衛官が三島のアジテーションに乗らなかったお陰でなんとか事態を平穏に乗り切り、事件後、三島を激しく批判した。
楯の会事件で出た死人は、結局三島由紀夫と森田必勝だけだし、まさに三島が期待していた、学生運動に対する自衛隊の治安出動も現実には一度も起きなかった。
一方、後藤田は1969年8月から1972年6月まで、学生運動が最も盛んな時期に警察庁長官を務め、連合赤軍事件を初め、その指揮下で数多くの流血のど付き合いに関わった。
戦後のシビリアンコントロールの建前、防衛庁長官というのは、自衛隊の内部から昇進してなるのではなく、外から就任する。一方、警察庁長官なんてのは、まさに警察内部で昇進して成り上がるものである。
要するに、危機管理とゆーものについて、後藤田の方がよりミクロで現場的な見識を持ってる筈、ということではないのか?
後藤田は重信房子をはじめ、1970年前後に学生運動に関わった人間には相当憎まれているようだが、その後藤田が、だからこそ、ゲリラやテロリストを舐めるな、じっくり取り組まなければ痛い目に遭うぞ、という意味でではあるが、自衛隊イラク派兵や占領統治にも、それを突破口にした改憲自衛隊の正規軍化にも慎重である、というのは興味深い。
もっとも、一般にウケが良さそうなのは、パフォーマーの気質のある中曽根元総理タイプで(三島との対比では三島をロマン派保守、中曽根を現実保守と書いたけどね)、地味な官僚上がりのリアリズムに基づく後藤田のようなスタンスというのは、わかる人にはわかっても、一般には伝わり難いんじゃないか、という気もする……。