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花猫ぶろぐ(新館)

2017年03月23日 完全なる自己肯定

日本には自分を低く置いて謙遜する文化があって、そのためか自分に自信がない人が比較的多いと思う。私などは条件の悪い環境に生まれ育ったため未だに自己評価の低さに困ってるけど、そこまでひどくなくても、基本、出しゃばらずに遠慮がちなのが日本の人の一般的な態度だと思う。

韓国人を見てると、なんでこんなに自信満々なのだろうと思う。あの熾烈な競争社会で、外見による差別も激しいのに、社会の勝者でも何でもなくごく普通の人でも、容貌がいいとは決して言えないような人でも、みんな自信満々でいるように見える。「自分を卑下する」という概念が全くないかのよう。ていうかないと思う。
みんなが自分をすごいと思っている?そういう部分もあるかもしれないけど、彼らの序列意識はすさまじくはっきりしているので、多くの人の中で自分がどの位置につけているのかは正確に把握していて、実際の姿より自分を上だと思っているとかはあんまりないように思う。そんなことより、自分がどんな位置にいようとも揺るぎない自信、深い部分での完全な自己肯定があるように見えるのです。

もちろんいろんな人がいていつでも例外はあるわけだから、全員がそうだと言うわけではないけれど。と免責事項はつけておきたい。一個人のひとつの見方です。
それに、あの自殺率を見たら、自信が徹底的に崩れた時のしんどさはやはり相当なものだろうなとも思うものです。

しかしどこからこの「完全な自己肯定」がくるのか。国教である(あれは完全に宗教だと考えるのが正しいと思う)儒教と関連があるのだろうか。欧米人の精神構造はキリスト教と関係が深いと思われるけれど、同じように儒教韓国人の精神構造に深く影響しているのだろうか。

私の個人的な印象に過ぎないけれど、儒教よりもっと根源的というか、もっと昔からの国民性だという気がする。儒教儒教とすごいプライドを持っていらっしゃるけど、儒教(ていうか朱子学)は李氏朝鮮王朝以降でしかなく、しかも両班(貴族)文化であり、庶民にそれほど儒教的価値観が根付いていたのかは怪しい気がする。李氏朝鮮末期から誰もが両班を名乗りはじめ、見よう見まねで儒教儀式を庶民が真似しだしたんだから。

日本は姓(名字)が多い国だ。住んでいた家の地理状況や出身地、屋号、職業など様々な由来の姓があり、基本的にその地域の地主や統治者とは、おそれ多いのもあって、与えられたのでもない限りかぶらないのが普通だ。韓国の場合、なぜあんなに姓のバリエーションが少ないかというと、競って偉い人(両班)の名前をみんなが名乗りだしたからであって(^_^;)みんながみんな、自分も両班と主張したからなわけで。

偉い人と偉くない人がいるとすると、自分は偉い人の側!って無条件に決めちゃうような精神構造が、どうも韓国人にはあるらしい。そしてその精神構造が、あの天より高いプライドの源泉なのだろうと思う。

韓国人の親がどれだけ子に対する情が深いか、を象徴する話にこんなのがある(この「韓国人は情が深い」についても私は大いに疑問に思っているけど)。犯罪を犯してどこかに立てこもっている犯人を自首させるために、日本では母親を連れてきて息子を説得させるけれど、これは韓国ではあり得ないというのだ。なぜなら韓国では母親は無条件に息子の味方であり、警察の側について息子を逮捕させるようなことは絶対にしないからだと。

日本では「世間様」がどーんと存在していて、世間に対して恥ずかしくないようにだとか迷惑にならないように、と考えて行動するわけだけど、韓国では内と外があるとすると、外の優先度は極めて低いようだ。自分の家族である「内」を何が何でも守る。外の優先度が低くて外にどう思われても平気だとしたら、外に対してへこへこする必要など全くなくなるのです。
これは儒教と結びつくかな?私はこれも儒教以前の国民性な気がしている。今の韓国人儒教にがんじがらめだけど、本来はもっと「自由」な人たちなんじゃないかな、という気が個人的にはしている(韓国人は絶対に否定するだろうけど)。「自由」だからこそ上にたてつかないように儒教で押さえつける必要があったのかもしれない。
いずれにしろその「外」の優先度の低さも、理屈ではない自己肯定につながっているのかもしれない。自己否定感の強い人はわかると思うけど、自己肯定って理屈で言い含めてできるものではない。肯定できる人は言われなくても勝手に肯定していて、意識したり疑問に思ったりしないものだ。

私はこの「根拠なき自己肯定」については素晴らしいなと思ってはいるし、自分も少しはこうだったらよかったのにとも思ってはいる。ただこの美点は、他のいろいろな困ったこととやっぱり抱き合わせで裏表なのでしょう。批判を許さないとか、悪いと言われても認めないとか、嘘に対する罪悪感が薄い人が多いようだとか、社会の公平・公正さが少なくなりがちとか。いい悪いではなく、こうなんだなあと把握しておくのみ。

2017年03月21日 「日本には抵抗の文化がない」

ベラルーシノーベル賞作家スベトラーナ・アレクシエービッチという人が福島で多くの人にインタビューしたあと、東京外大での講演でこんなことを言っていたのをテレビで見た。
「私たちの国と同じく、日本には抵抗の文化がないと感じました」
日本は最もよくできた社会主義国とは昔からよく言われてきたことなので、とても印象深かった。ソ連は革命があったのに「抵抗の文化がない」というのにも。確かに、番組で見たチェルノブイリ周辺の人たちの「あきらめ感」「受け入れ感」はすごかった。

ほんの隣なのに、韓国には抵抗の文化があるようだ。日帝に抵抗してきた歴史もあるし、今現在もデモの文化がしっかりとあることは、この度の大統領弾劾を求めるデモを見ても明らかだ。日本人はいわゆる「バランス感覚」に長けているので、あのデモに対して「極端だ」「ちょっと気持ち悪い」「意味がわからん」と違和感を感じる向きもあったように思う。日本のメディアに関してはほぼ「親パク派」で、弾劾が決まった時の残念そうな報道は面白いくらいだった。

スベトラーナさんの講演では、「自分の中に燃えるろうそくを消さないように」とも言っていたそうだ。韓国でのデモが「ろうそく集会」と呼ばれていたことを知ってか知らずか。

2017年03月16日 久々の更新

4年間放置してたのにブログまだ残っていて、ログインもできてちょっと驚き。はてなブログに移行したほうがいいのかもしれんけど、面倒くさいのでこのままで。はてなダイアリーありがとう。

韓国に対して思うところ(まあ悪口)がたまってきたので、ロバの耳の穴として使おうかと。

もちろん私は韓国には友好的だし親しみも感じているし、いい人悪い人がいるのは日本もどこの国でも同じと思ってるし、尊重するつもりもある。しかしそんな私が見ても、この人たちなあ…と思うところはある。いい悪いではなく韓国人ってこうなんだなあとつくづく思うところもある。

認めて、認めて、認めて、と自分に言い聞かせるのにも疲れてきた。だってあの人たち、相手を認める気全然ないんだもん。

2013年08月29日

사의 찬미「死の賛美」パダが歌ってた

 KBS「不朽の名曲」にてパダがこの曲を歌っていた。物忘れがひどいので、昔調べたはずなのにこの曲のいわれをすっかり忘れてしまっていた。そもそも사의 찬미を「死のバラ」と思ってしまい(バラは장미)「死のバラ」で検索しても何も出てこなかった笑。「死の讃美」でぐぐり直したら、あっさり自分のブログが出てきたので都合よく思い出せた。昔のブログも置いておくもんですね。しかし相変わらずこの曲に関する情報が少ない。

 最初に聞いたのは確か「砂漠の泉」というドラマの挿入歌で、そのバージョンはかなり良かったのだけど、誰が歌ってたのか未だにわからない。

 前に「不朽の名曲」の公開録画に行った人のブログを読んだことがあり、それによるとあれは夜中の12時くらいまで録画しているのだそうだ。お客さんはけっこうな年の人も多いのだけど、最後まで盛り上がりまくってるのを見るにつけ、ああ韓国人だなあ…と感慨深い。

2013年04月03日

デフレって本当?


 日本はデフレだと当たり前のようにいわれてきて、なぜだかわからないが、インフレになったら景気がよくなる、ってことにいつの間にかされてしまっている。インフレというのはモノの値段が上がることで、デフレというのはその反対でモノの値段が下がることですよね? でも、モノの値段って本当に下がっていたのかな? モノの値段が日々安くなっているなあ、と実感していた人って果たしているんだろうか? 「長引くデフレ」とか言われる度に「ほんまかいな?」と思えて仕方なかった。

 ユニクロの服は確かに安い。それは中国で作っているから。牛丼が安い。原料が輸入品だから。買い物に行って「おっ、安い」と感じるものは、ほぼ中国製。庶民が安くなったと感じるのはデフレだからというより、円高とグローバリゼーションのせいじゃないのか。それに、もしデフレだったとして、モノの値段が安いことは庶民にとっては有難いことのはずで、デフレ=悪というのは何だか変だ。誰かにそう思わされてる、という感じがどうしてもしてしまう。デフレ=不景気、インフレ=好景気、みたいなイメージ誘導がされているような。確かに何らかの指標的には日本はデフレなんだろうけれど、実際にモノの値段が下がっているのかという点においては、日常感覚としては疑問だ。

 デフレでは給料が下がるのが問題? モノの値段が安いのなら均衡がとれているといえなくもないのでは? どうしてわざわざインフレにする必要があるのか、いまいちよくわからない。インフレになったら給料もふえて雇用もふえる? ほんとかなあ? ある程度本当だとしても、給料ふえるよりモノの値段上がるほうが先に来るはずだし(ましてや円安)、率も高いと思うのだけど。韓国ではウォン安誘導のもと、ほとんどサムソンを生かすために庶民の生活は犠牲にするような政策をしてきた(実は日本も小泉政権時に似たようなことしてたのだけど)。韓国に旅行に行くたび、どんどん物価が上がっていくのがわかるし、人々は物凄い安い給料で働いている。え、それで生きていけるの?っていうくらい。自殺率は急上昇して世界一だとか。こわいのは、実は国はそんな風に国民が犠牲になっても構わないと思ってるのじゃないかと思えることで、密かに超インフレによる財政赤字解消を目論んでるんじゃないかと…。

 例えばインフレになったとして、何の値段が上がるのが目につくだろう。食料品や日用品、外食費、地下鉄や電車やバスの料金、郵便料金や宅配料金、電気やガス、水道料金、あと家賃。例えばそういうものが上がるとして、で、デフレってインフレの反対でモノの値段が下がるんですよね? だとしたら同様にそれらの値段が下がってないとおかしいのでは? 食料品や日用品は円高と中国製のおかげで物によっては安くなったかもしれない。公共交通料金、下がりましたか? ハシモトが下げる!と言っていたけどあれは実現したのかな? したとしてもデフレとは関係なさそう。郵便料金は? 封書もハガキも変わらず。電気代ガス代、安くなったという感覚、全くないんですけど。家賃は全体的には下がっているかもしれないが、それはバブル以降マンションが増えすぎてだぶついているから需要と供給の問題でそうなってるのでは? 条件がそこそこいい場所は下がってないでしょう。公務員給与はどうなんですかね。もし何らかの数値で「日本はデフレだ」といえるのだとしたら(もちろんそうなのでしょうが)、その数値の取り方が現実とあってないのではないんだろうか。「日本はデフレ」という言葉にも「インフレにしたら解決」という言葉にも違和感を感じて仕方がない。

庶民と黒田総裁の認識ギャップが大きいことを示す日銀のアンケート

やっぱそうですよねえ…。

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