ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

誤解された知識人?(2)

昨日の追加事項です。
例えば、バーナード・ルイス教授が「ユダヤ人だから(イスラーム解釈を)間違ったのだ」と、あるアラブ系ムスリム学者から名指しで非難されていたことについて(http://d.hatena.ne.jp/itunalily2/20120510)、我々日本人としては、その問題をどのように考えるべきか、昨日ご紹介した文献(“Islam in History: Ideas, People, and Events in the Middle East”New Edition, Revised and Expanded,1993)から一部引用し、意訳することで、ヒントを提示したいと思います。

1. ユダヤ系学者は、アラビア語イスラーム研究の発展に主要な貢献をしたこと(p.12)


2.キリスト教学者の同僚のように、ユダヤ系学者の多くは、ラビの学校や神学校から伝わる神学的背景を有している。ヘブライ語やタルムードの研究の素養がある上で、アラビア語イスラーム研究へと向かう。(p.12)


3. その一方で、キリスト教学者達とは異なり、ユダヤ系学者達は宣教の熱心さを持っていない。十字軍のノスタルジアもないし、東洋事情に関する疑問も関係が無い。キリスト教の学問で受け継がれた恐怖心、偏見のようなものからは解放されている。(p.12)


4. ヘブライ語アラビア語は同族言語で、ユダヤ教イスラームは姉妹宗教なので、多くの重要な類似がある。特に、学識のあるユダヤ人は、キリスト教徒の同業者よりも、イスラーム研究において、一歩先んじたスタートを切っていた。その理解度の即時性には、キリスト教徒が容易に到達できないものがあった。(p.12)


5. イスラームに対するユダヤ人の共感には、さらなる理由がある。(p.12)

実は、表現は異なるものの、似たような記述を、ダニエル・パイプス先生も1983年の著作でなさっています。
In the path of God: Islamic and political power”(pp.29-47)

この著作については、まだ読み終わっていませんが(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120114)、先生ご自身が「自分の仕事の中で最も重要なものだと思う」と私に書き送られたように(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120115)、本当に優れた力作です。それに、ユダヤ教イスラームの類似からくる洞察についても、人々を支え続けてきたイスラームを尊重しているという、ご自身の発言があります(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120524)。それ故に、現在のように、インターネットを駆使してこまめに文章を書き綴り、頻繁に世界各国のマスコミに顔を出すやり方が、果たして、パイピシュ先生の気質や実力を真に反映するのにふさわしいかどうか、私にはやや疑問ですが、反面、アメリカ方式とでもいうのか、生活の糧を得る一つの手段というのか、うまく時流に乗っていることは確かです。
私が邦訳させていただいたパイプス先生の最近の論説(http://www.danielpipes.org/11302/)に出てくるIgnaz Goldziher氏については、ルイス教授の著書でも数度、言及されています(pp.144,146-47,151, 288)。つまり、このユダヤ系学者のイスラーム研究の著作が、トルコやアラブなどで翻訳されて出回っていたこと、氏がムスリム社会の益になるようにと願いつつ、イスラームを研究していた、という事例です。
パイプス先生の論文や著作も、トルコ語ペルシャ語ウルドゥー語アラビア語インドネシア語など、いわゆる「ムスリム諸言語」に翻訳されていますが、それは、パイプス先生が知り合いの非ムスリムに訳させたのではなく、ムスリムも含めて、米国内外の関係者から「訳させてほしい」と申し出があってのことのようです。これは、私が直接、パイプス先生にお尋ねしていただいた回答によるものです(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120607)。
「反セム主義」とは近代の現象を指す用語だと理解したので、論説文の文脈全体を考慮の上、そのように訳出いたしましたが(http://www.danielpipes.org/11417/)、振り返ってみれば、歴史上、「反ユダヤ主義」の繰り返される出現は枚挙に暇がなく、知れば知るほど不可解で恐ろしいと思います(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120313)。現に、上記のユダヤ系学者お二人についても、日本の大学でさえ、あんな調子だったのです。必ずしも無知が偏見を招くのではなく、知識階層に属すると自負している側こそが、問題を巻き散らしているという点で(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120608)、根は深く、実に暗澹とさせられます。