二種類の未亡人

 「未亡人」という言葉は差別語だといわれる。確かに字面はその通りである。ただ、語源探索をしていくと、「男」という字は田圃で働く姿であるから、男だけが働くのか、「差別字」だとかいうことになりかねないし、未亡人という語は便利なのである。「久生十蘭未亡人幸子」と書けばすぐ分かるが、「久生十蘭夫人」と書いたら久生がまだ生きているようだし、「夫人だった」と書くと離婚でもしたようだからである。「久生十蘭夫人だったが久生は死んでしまった幸子」では、おかしい。何が何でも避けねばならない語とは、思わない。
 さて、作家や学者、文化人の未亡人には、二種類ある。いい未亡人と、悪い未亡人である。いい未亡人は、夫の死後、その原稿を整理したりもするが、夫の実情を書いたりもする。時には自ら自立して文筆家になったりする。そしてその文筆は、時には夫の名を離れて、武田百合子のように、もはや「未亡人」の呼称も必要ないほどのものになる。娘でも、萩原葉子幸田文のように、そういう人がいる。
 悪い未亡人は、言うまでもないが、著作権を振り回したり、夫を悪く書こうとする人をあれこれ弾圧したり、あるいは夫の名声に寄りかかって文筆活動をしたりする。谷崎松子には、幾分、悪い未亡人なところがあった。
 森嶋瑤子という人は、経済学者の森嶋通夫の未亡人である。これまではまったく興味がなかったが、朝日新聞出版の『一冊の本』にエッセイを連載していて、7月号で、新幹線のぞみに乗ったら何か微かに臭いがして、ほどなくそれがタバコの臭いだと気づき、そんなことがある日本に驚いた、と書いている。それで、ああこれは典型的な悪い未亡人だなと思ったのである。この人は、別に大した文業があるわけではない。著書も一冊あるだけだ。
(付記・実は当初これを書いた時、森嶋は禁煙車に乗ったのだと思っていた。それで、例の嫌煙家がよく言うように、それが喫煙車の隣の車両のドアのそばだったから、微かに臭いがした、というのだと思い、後になって友達から「そんなところに乗るからよ」と言われたというのも、そう解釈していた。ところがよく考えたら、これは喫煙車両に乗ったのだとしか思えないのだ。そして、日本にはまだ喫煙車両などというものがあるのか、と言っているのだ。しかし、喫煙車に乗ったなどと書けば、何を手前勝手なことを、と言われるだろうと思ったから、そこを曖昧にしているのだ。だとするとこれは確信犯的禁煙ファシストだ。よって下に書いておいた「1990年に書かれたものならよろしい」は削除した)
 嫌煙家が嫌煙家であることは何ら問題ない。だが、森嶋瑤子は、その嫌煙という自分の趣味が、権力によって強制されつつあることに対して、何の疑問も抱いていないらしい。東北新幹線が全部禁煙になって、喫煙者が苦しんでいることへの想像力、すなわち自分と異質の者への想像力が欠けている。現に喫煙者から多くの不満の声が挙がっているのに、結論は、タバコを千円にせよ、である。
 マークス寿子と似たような英国礼賛者で、ヨーロッパ先進国が「禁煙化」が進んでいるからそれが正しいと信じて疑わない。19世紀に率先して「帝国主義」をやった国にいて、よくそういう風に考えられるものだ。かつ自身の中産階級的な道徳を相対化する視点もない。ただフェミニストっぽいことは言う。明治大正期の矯風会あたりと同じである。
 もっとも、森嶋通夫にも、自分がいかに恵まれているか分かっていないところがあった。京大で喧嘩して阪大へ移り、阪大でももめてロンドン大へ移るという、もめても移り先がある、ということに。通夫は、文系の研究所は必要ない、と言っており、文系の場合、後進の育成という仕事が大事だからだと言うのだが、京大、阪大にしかいたことのない人の言である。二流、三流大学で、後進の育成というのがどの程度のものか、知らなかったのだろう。
 坂東真理子への批判論文がどこかの雑誌に載っていたが、まあ坂東は、そりゃひどいだろう。テレビ番組で一緒になった時も、「共働きの多い国は出生率も高いんです」などと言っていたが、赤川君に論破されてなお言うか。それと、これはカメラが回る前だが、安倍総理はどうだったかと問われて「まあ、育ちもいいし」いいんじゃないですかなどと言っていた。こういう、身分差別を平然とするのである。

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以下、ちょっと冗談を書く。
 ネット上に犯行予告を書いて捕まっている連中は、恐らく非喫煙者である。なぜなら、逮捕・留置されてしまえば、喫煙もままならないから、喫煙者はそういう行為を控えるだろうからだ。犯行予告でなくとも、喫煙者は微罪で留置されたりするのを嫌がるだろうから、喫煙は犯罪の抑止力になる。
 なお『週刊新潮』の最後のページに、黒鉄ヒロシの風刺漫画があって、大きな灰皿の上に作られた喫煙者の天国の町があり、路上喫煙を警官が注意すると、ここはそういう町なんだよ、と言い、警官が、赴任早々で気づきませんでした、と言う。読者が誤解するといけないので言っておくと、路上喫煙は刑法犯ではないから、確かに警官が注意することはあるが、逮捕されることなど絶対にない。カネをとられるのも「課金」であって「罰金」ではない。