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テレマン

音楽

テレマン

てれまん

ゲオルク・フィリップ・テレマン Georg Philip Telemann(1685-1750)。

幼い頃から作曲の才を認められながら、法学を学ぶべく大学に進学。その後は、転々とドイツ内の都市に転居しながら、当時のヨーロッパ有数の商業都市ハンブルクを最終的に活動の拠点とする。多作家としても知られるテレマンは、複数の教会のための週二回のカンタータの作曲などの義務をやすやすとこなした上で、さらにハンブルクオペラの音楽監督をも勤めあげた。彼は「進歩的」作曲家と評され、当時、J・Sバッハヘンデルを凌ぐばかりの人気をヨーロッパ中で博すことになった。

法律家でもあったテレマンは、音楽雑誌の基礎を作りもしたし、まだ明確にされていなかった音楽家の法律上、経済上の権利を擁護した。