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ロベスピエール

一般

ロベスピエール

ろべすぴえーる

フランスの革命家。「清廉の人」(1758年〜1794年)

弁護士出身。1789年に三部会の議員になり革命にかかわることに。ジャコバン派山岳派)の頭目として、サン・ジュストらとともに1793年に公安委員会を掌握、恐怖政治を行い、さらに欧州君主制国家に対する革命戦争を遂行した。1794年3月にジャコバン派の内紛を静めた後はほぼ完全な独裁状態となる。

ロベスピエール弁護士時代は死刑廃止論者でルイ16世死刑廃止の嘆願書を出していた。一方で恐怖政治の中心人物として多数の者をギロチンへと送り込んだのも事実である。ロベスピエール本人はこの点について、「革命における政府の基礎は徳と恐怖である。徳なくしては恐怖は忌まわしく、恐怖なくしては徳は無力である」と述べている。これが私利私欲を隠すためのポーズなどであれば、まだ隙があったのだが、本人は徳による統治を本気で信じていた。この点で彼は紛れもない革命家であって政治家ではなかった。

1794年に反乱を企てたエベール派を粛正し、さらに寛容を説くダントン派も処刑、ロベスピエール派が完全に独裁の中心となる。だが、ジャコバン派自体が権力闘争の結果、弱体化していた。また、サン・キュロットたちとの距離も開いていた。

賄賂などに一切興味を持たず、正義(徳)のための政治を旨とするロベスピエールは、戦時下ゆえに必要とされた強力なリーダーシップを発揮できた。だが、戦局がフランス優位に転換したことで、緊張の緩和を望む勢力から煙たがられるようになった。

この時期にロベスピエールの動きは精彩を欠き、むしろ敵を作るような動きに終始した結果、テルミドールの反動によって逮捕・処刑された。