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2018-05-24 まわり舞台の上で 荒木一郎・その2 このエントリーを含むブックマーク

前回の続き。


まわり舞台の上で 荒木一郎

作者: 荒木一郎

メーカー/出版社: 文遊社

発売日: 2016/10/22

|本| Amazon.co.jp

東映ポルノ路線

[事件でメディアからシャットアウトされていた荒木に東映の天尾完次が接触、『殺し屋人別帳』でカムバック]

石井輝男さんがピンク映画やってて、東映ヤクザ路線の側から強力に排除されて、監督ボイコットみたいなのが始まるわけですよね。中島貞夫さんが、「監督を差別するのも、作品を差別するのもおかしい」ということで、わざとピンク映画っぽい『温泉こんにゃく芸者』を撮るって言ったわけ。中島さんと天尾さんとは仲がいいから、それが実現して、僕に出てくれって言ってきて(略)そこから東映ポルノ路線が始まるんだ。その時代はまだ「ポルノ」という名前はなかったんです。(略)二作目の池玲子主演の『温泉みみず芸者』(鈴木則文監督・71年)、これが日本で初めてのポルノ映画なんだよ。

(略)

[共演の小池朝雄、殿山泰司について]

うちのおふくろに連れられて子どものときから文学座に行ってたから、小池さんは、僕が小学校のときから、ずっとかわいがってくれてたのね。あの頃は小池さん、仲谷昇さんとか、その当時の若手の人たちが子どもである僕をかわいがってくれた。だから、すごく変な感じはします。幼いとき、そうやって面倒見てくれたお兄さんみたいな人だから。(略)よく知ってるだけに、芝居があるように見えちゃう。だから、例えば、『(現代やくざ)血桜三兄弟』でヤクザをやられても、人から見ると、小池さんは怖い人に見えるんだろうけと、全然俺には見えない。いい人だっていう感じしかなくて、「そんな怖い役できるのかな?」みたいな(笑)。一緒にやるのはすごく楽しいよ。『(現代やくざ)血桜三兄弟)』みたいな怖い役よりは、『温泉こんにゃく芸者』の方が、小池さんらしくていいよね(笑)。(略)

殿山さんは、まあ、普段でもあんな人だよ。なんか……、分からない人だよ。(略)

殿山さんに褒められたことが一つあって、それは、芹明香っていう役者を世に出したときですね。殿山さんが言ったのは、「芹明香っていう名前がすごい。あの芸名はすごいよ!」って言ったの。感心してたね、なんだか。


温泉みみず芸者

出演: 池玲子 杉本美樹 芦屋雁之助 山城新伍

監督: 鈴木則文

|DVD| Amazon.co.jp

ポルノの裏の帝王

――荒木さんはこの頃、池玲子、杉本美樹らポルノ女優が所属するプロダクションの経営者でもありました。(略)

役者は東映専属じゃないから、東映としては信用できるプロダクションにタレントを置いておきたい。スターを作ってくためのベースが欲しい、ということで、うちに来た。(略)東映ポルノに出てくる女の子たちの面倒を僕が一切見ていくという状況が、そこで作り出されたんです。(略)

鈴木則文と天尾完次と僕との三人で、ポルノ時代が築かれていって、そのあと、すぐに日活がまねして、「日活ロマンポルノ」っていうのを作ったけど、そこにもまた、芹明香とかを送り込む形になるわけだ。(略)

[池玲子、杉本美樹ら]がトップスターになって、テレビのレギュラーやったりっていうふうになっていって。日活でも東映でも、主演女優を出してたから、何かポルノの裏の帝王みたいになっちゃった。

(略)

女優になりたい女と片っ端から契約していくわけじゃない。ほとんど詐欺師みたいだよ。自分でやっててそう思うもん。

(略)

[池玲子が突然歌手転向し俳優を休業したので杉本美樹を看板女優にしたと鈴木則文]

まあ、確かに、杉本美樹よりも池玲子の方がわがままっていうか、自分が強い人だから、こうしたいああしたいってことは、結構言ったと思うんだよね。歌を出すってことに異常に興奮したんだと思う。それで、天尾さんも、杉本美樹に乗り換えようとしたんだろう。(略)

[所属女優は]うーんと、20人ぐらいいたかな。(略)

「東映の映画に新人として出るんだったら現代企画」みたいな、暗黙の了解みたいなのがあって。(略)

[『温泉こんにゃく芸者』で片山津のヤクザと仲良くなって]

温泉芸者がダメになってきた時代だったから、かわりにポルノ女優がそこで、トップレスでダンスを踊るように契約したことがあったんです。(略)女優さんを一ヵ月も送れないでしょう。だから、もう何でもいいからとりあえずポルノ女優に見えそうなやつをみんな契約しとくの(笑)。女の子の写真だけ撮って、何にも出てもいないやつを、何でもいいから「映画女優」と称して出したわけ。そうやってダンスを踊ったら、その当時で女の子は月30万ぐらいもらえるわけだよ。

(略)

で、その中から映画に使えそうなのを選び出す(略)なんか奴隷市場みたいな感じだね(笑)。

(略)

[池玲子と杉本美樹]

……性格は全然違うんだよな。美樹の方はすごく真面目で、最終的には映画をやめて、普通の主婦になっちゃうじゃないですか。で、玲子は、バーをやってく。水商売の方になるよね。美樹は下着のモデルだったのね、最初。言うことをキッチリカッチリ守ってく、みたいな子。池玲子の方は結構大ざっぱで、普通にざっくばらんで面白い子ですよね。どこかのロケから車で帰ってくるときに、助手席に玲子が乗ってて、前にパトカーがいるんだよ。そしたら、フロントのパネルに両足をあげて座って、脚をじょじょに広げて見せるの(笑)。そういうことをわざとやる子。

(略)

[杉本美樹は]バイクに乗ってる温泉芸者の役をやるために、バイクの免許をとにかく早く取らなきゃって言うんで、茨城県の教習所だったら一週間で取れるっていうから、毎朝六時に起きて茨城に行ったんだよ。(略)一週間、前日がどんなに遅くとも全然文句も言わずに早起きして通ってた。

(略)

 芹明香のときなんかは、男っていうよりも、麻薬絡み。東映京都は危ないんだよ、ほんとに。人が麻薬漬けになっていくんだよ。危なくてしょうがない。うちのポルノ女優を入れたら、いつのまにか麻薬をやってて、それが他の女優にもウツってたりするわけだよね。そういうものが京都にあるっていうのは分かってて、それをどうやって防ぐかっていうのもあったよ。いちばん、大きな犠牲になったのが芹明香で、そのまんまドップリ入っちゃった。でも、そこまで行かない子もいたし。京都は、そういう所が、ちょっと裏に入るとあるんだよ。


杉本美樹VS池玲子

女番長流れ者/ふうてんぐらし

アーティスト: オムニバス

メーカー/出版社: SOLID

発売日: 2006/11/18

|CD| Amazon.co.jp

頭脳警察

――頭脳警察とのつながりはどのようなものだったんですか?

頭脳警察は、しょっちゅうこっちがMCAにいて、いろんなことをやってるじゃないですか。たまたま、頭脳警察のディレクターか誰かが知り合いで、「頭脳警察やってもらえないか」っていう感じで話が来たんだよね。だから、ほんとのプロデューサーみたいに自分が発掘しに行くんじゃなくて、自分がレコード会社にいるから、ある種、便利使いっていう感じで、プロデュースをやったわけ。

 頭脳警察を『鉄砲玉の美学』のときに、音楽を俺との共同名にしたのは、こっちが頭脳警察を売ろうとしてたからです。『鉄砲玉の美学』の音楽を頼まれて台本読んだときに、「頭脳警察の感じだなあ」って思って。インストでやるよりは、頭脳警察の曲をバンと持ってきた方が、鉄砲玉の感覚を出すのに合ってるなと思った。シャウトしていく、何かにぶつけていくっていう部分をBGMとして考えたら、「あ、これ」っていうふうに結びついたわけですよ。

(略)

[ATGは予算がないので]予算をMCAからもらうためには、頭脳警察がいいかなっていう考えもあって

『鉄砲玉の美学』主演:渡瀬恒彦

あの台本を見たときに、渡瀬だとは思わなかったんだよね、俺は。渡瀬の芝居はよく分かってるから、ATGをやるのに、東映色を強くしない方がいいと思ったんだよね。(略)

今まで世に出てない、もうちょっと埋もれたところの人を使ってもいいんじゃないかって思ってた。そうじゃないとATGをやってる意味がない。中島さんって、東映っていうところの中で、ある意味でATG的な、ヤクザ否定をやろうとする人だから。今度はATGなんだから、キャスティングから何から違う形が取れるはずじゃないですか。だから、東映色は消した方がいいっていうふうに、僕は思ってたんだよね。

 だけど、渡瀬が日参してたんだよ。とにかくやりたくて、やりたくて。こんなにやりたがってるんだったらって、中島さんはやらせる形になるだろうなあと思った。でも、中島さんのためには、他の人がやった方がいいって思ったね。

(略)

渡瀬の場合、ホンの色が見えないから、自分がやることじゃないっていうのが分からなかったんだね。渡瀬はニュアンスは出せないから、一直線になっちゃう。役は一直線の役だけに、そこに、人間的なものを醸し出さなきゃならないんだ。渡瀬だと、単純なヤクザ映画みたいになっちゃう。これは一本線に見えて、一本線でやってはいけない映画だから、あれは、中島さんの邪魔をしない方が良かったよ、みんな。ちゃんとやらしてあげれば良かったんだよ。そうすれば、歴史に残る一本になったんだろうけど。


鉄砲玉の美学

出演: 渡瀬恒彦 杉本美樹 小池朝雄

監督: 中島貞夫

|DVD| Amazon.co.jp

伊佐山ひろ子

伊佐山ひろ子に会ったときにびっくりしたけどね。何でこんなブスが主役やるんだと思ってさ(笑)。(略)

 で、やりだしたら、面白いんだよ。芝居が独特だよね。例えば、鏡で自分を見てるんだけど、ああいう芝居、普通はやらない。普通、上にこうやって髪を持ち上げて鏡を見るっていうのは(髪を指でつまんで上にひっぱる仕草)、やらないだろうなあと思うんだよ、誰も。すごく自然なんだよね。そういった仕草に、今までにないものがあって、そこが面白かった。

 あいつは、私生活でも変わってるんだよ。(略)ずーっとうちの事務所に出入りしてて、何かにつけては相談に来たり、犬みたいになついてた。俺が麻雀やってるときに電話かかってきて、「もしもし……。マリリンやってるの」って、いきなり言うんだよ。(略)来ると、マリリン・モンローの格好してるんだよね。で、麻雀やってる俺の横にベタッて座って、うちの奥さんに「お借りします」ってまじめに言うんだよね(笑)。

(略)

 それが芝居にも自然に出てくるんだけど、どこまでほんとにやってるのか、全然分かんない。天然といえば天然だよね。で、桃井かおりが伊佐山ひろ子に対して、芝居に対して嫉妬するわけだよ。かおりは自分で言ってるから、「私はアレンジャーだ」って。自分は天性でそれをやるわけじゃないって。だけど、伊佐山ひろ子は天性でそれをやる。そういうことを言ってたよ。

曾根中生、内田裕也

曽根さんがね、僕のいる現場、現場に付きまとっていたことがあるんだよ。『不連続殺人事件』って映画を彼が撮ろうとしてたときね。曽根さんが主役をやってくれって言ってくるんだけど、「俺はとても地方には行けない。協力できないから」って言って。それでも、とにかくずーっと、どの現場にも来るから、それで考えたのが裕也のこと。「どうしても俺のイメージで撮りたいんなら、俺に似たような感じの雰囲気が出るやつがいるよ」って内田裕也の話をしたんだよ。裕也は、当時、映画に出たくてうずうずしてたしね。久世さんとこなんかに出入りして、でも出してもらえなかったから、多分、やるはずだし、やればそういった雰囲気が出る。ただし、裕也に俺が推薦したって絶対に言わないようにって。言うとこじれるから。なんか、変な虚栄の強い人だからね。いちど頭脳警察か何かのことで、なんか訳の分からない横車を入れてきたことがあるんですよ。ロックは自分だとか、変な虚栄が強いから、親分風を吹かしたかったんじゃないかな、ケンカ腰で言ってきたんですよ。で、自分たちが遊んでる場所でそれが起こって、そこのママが、「裕也、やめてよ」って間に入って収まったんだけと、要するに、そういう人。

 それでいて卑屈なコンプレックスみたいなのがあるから、僕が推薦したとなると、自制できなくなって、いろんな問題を起こしちゃうんじゃないかと思って。(略)だから、曽根さんには、「絶対、俺の名前は出すな」つって、推薦したんだよ。

役作り

 人間の生活っていうのは、客観的に見たとき、そこにある悲劇とか事件も、コメディとして見れば見れなくはないですよね。ある事件は、悲劇と喜劇、どっちとしても見れる。だから、現実の中の可笑しさ、それを演じるのが好きなんだよね、俺は。デフォルメしてコメディのタッチでやるんではなくて。で、いろんなところでそういうニュアンスを出そうとした。眼鏡をかけてて、ぶつかって割れちゃうっていう設定を作って哀愁を出していったり。自分が演技をするとき、いちばん大事なことは、映画が終わったあとにその人にまた会ってみたいとお客さんが思うかどうかなんだ。荒木一郎に会いたいって思うんじゃなく、その役の人、モグラならモグラに会いたいってね。

(略)

 後年、ハリウッドの映画を見たときに、「ああ、ハリウッドの役者さんっていうのはみんなその形を取ってんだな」っていうのが分かってく。でも、日本の役者さんでそういう人はほとんどいなくて、ただ役をやってるだけだね。でも、役を作るってことは、人間の心の中に、「ああいうやつがいたんだな」って、ほんとに人間がそこにいたみたいに作り上げることじゃないかと思うね。だから、そういう意味では、人を作っていくわけですよね。着るものはもちろん、仕草から何から、「こういうモノを持ってるだろう」って考えたり。

神経症

その頃、神経症になってたんだよ。シャットアウトされると、普通の人だと、精神的に結構キツいもんがあると思うんだよね。けど自分は、そのときはあまり感じないっていうか、面白がってるところがあったの。でも(略)

シャットアウトから一年経って、物事を順調に動かせるようになってきたときに閉所恐怖症になっちゃった。そのあおりをくうわけですよね。そっから、ほんとに十年近く、何の活動もしたくなくなった。(略)

飛行機に乗れないとか、新幹線に乗れないとか、高速道路がダメとかが、始まるわけですよ。家から半径500メートルの範囲を出られない。(略)

池玲子やって杉本美樹やって、自分の音楽やって、京都行ったり来たりしてた。けど、とても健康体ではないわけですよ。(略)仕方なく車で五、六時間かけて[混雑をさけて真夜中]京都まで行くわけ。

(略)

[「広島ロケはなし」という条件で受けたのに「第一日目 広島ロケ」ときたので『仁義なき戦い』降板]

 なんでも平気だったものが、あるときからまったく逆になって(略)人っていうものを理解する力が強くなったよね。人はみんなどこかで神経を病んでるな、っていう。(略)だから、人に対するいたわりみたいなものはすごく強くなったよね

若山富三郎

勝さんに「祇園行こう」って言われて、行ったら、勝さん、「空に星があるように」を歌ったんだよ。ちゃんと歌えんの。びっくりした。僕の音楽っていうか、そういう傾向のものを好きなんだなと思って。

(略)

京都東映を牛耳ってんのは俊藤一派。石井輝男のボイコット事件があって、今度はポルノが始まるもんだから、向こうは気に入らないわけだよね。

(略)

[それ以前にも軽く挨拶はしてたが]

何かのとき、勝さんに紹介されたんだと思う。若山さんが安田道代と付き合ってたから、そういう線でも、なんとなく知ってたんだよ。(略)

[ある日撮影所に行ったら]

「お前、ポルノやめろ」って突然言ってくるの。「俺の映画に出ろ。俺と一緒にやろう」って。「そんなこと言ったって、今まで呼んでくれてないじゃないですか」って言ったら、「いや、分かった、俺がちょっと考えるから。次、お前とやるから、出ろよ」って言って(略)

[一ヶ月後また呼ばれて]

「大映では勝がいて、東映では俺がいるんだ。だからポルノなんかやらなくていいんだよ」って、また言うんだよね。「そう言うけど、若山さん、この間も何かやらせるって言って、何も言ってこないじゃないですか」って言ったらさ、「すいません」って(笑)。頭下げるんだよ。怖そうな人だけど、実際は、そういうひょうきんなとこがある人なんだよ。

 そのあと、テレビドラマの『悪魔のようなあいつ』でずーっと一緒になるんだけどね。そんなんで、仲はすごくいいです。芝居の勘もすごくいいから、一緒にやってると面白いですよね。

(略)

ちゃんとしたものをやらすと、すごくうまい芝居をする人だと思うよ。(略)怖いところはみんな知ってると思うけど、ひょうきんで優しいところは、あまり知られていないかも。俺はすごい若山さん好きだけどね。

『悪魔のようなあいつ』沢田研二

沢田っていうのは、ナベプロによって作られたスターであり、要するにイエスマンだから、基本的には「はい、分かりました」っていうところでしか動かない人じゃない? 沢田とは、もちろんドラマ作る中でもずっと一緒だったから、話はするけれども、常にお利口さん。全然、自分の意見を述べない。(略)

ショーケンとか松田優作でも何でもいいけど、そういう主張のある人間を撮ってるんだと、なんでもないシーンでも面白くなると思うんだよ。だから、久世さんがあれをやってるのはどうなのか、現場では、不思議な感じがしたよね。

(略)

 で、結局これがきっかけで、久世さんに頼まれて、沢田のアルバムに「片腕の賭博師」っていう詞を書くわけ。曲を沢田が書いてて(略)ネバダかなんかの賭博師の話を書くわけですよ。自分のイメージとしては、沢田はちょっとバタ臭いにおいを出した方が面白いっていうふうに思ったから、そうしたのね。ところが、ナベプロのプロデューサーから電話かかってきて、いきなりもう却下。(略)「もっと、日本の歌謡曲的な感じでやりたいから、ネバダを五反田に変えろ」って。

(略)

[ケンカになって降りたら、久世がとりなしてきて]

沢田も気に入ってるから、それでやらせてくれ」って言うんで、「分かった」ってスタジオ行くんだけと、沢田はそういうことに関しては一切ノータッチなの。何にも言わない。だから、そういうところであの人はスターになれたんだよ。俺とはまったく真逆の人。だから、俺と話してても、普通に友達としては話せるんだけと、なんていうか、面白味のない人。実際、あの歌詞を僕が作ったあと、次からは、バタ臭い路線になってくんだよ。俺があれだけケンカして、向こうはあれだけ日本だ日本だって言ったくせに、次からは臆面もなく、そうなっていっちゃうわけ。(略)

あれによって路線を変えたのに、プロデューサーからは、何も挨拶はなかったけどね。

桃井かおりをプロデュース

あるとき、お母さんとかおりと三人で話してたときに「かおりちゃんは、なんで秋吉久美子ちゃんや中野良子ちゃんみたいに主役ができないのか」って、お母さんが俺に聞いたんだよ。だから、かおりに「主役やりたいの?」って聞いたの。それまでは、「私は樹木希林になりたいから」って話してたから。(略)

絶対に主役をやりたいなんてことは間違っても言わない子なんだけど、そのとき、「うん」って返事したんだよ。びっくりした。そんな素直な返事されたら受けるしかないじゃないか。だから、「分かった、じゃあ俺がやるよ」って。

(略)

 まずは、本人にはっきり主役をやれる自信とかね、表側で付けてほしかったんだ。もともとシャイな性格だし、脚が太いとかコンプレックスがあったりで(略)『夕暮まで』撮影のときに、走ってるのを横から見ると脚が綺麗に見えるから、それを言ったり。かおりの脚は、普通の人と違って、膝から下が長いんだよ。だから、横から走ってる姿とか見ると、綺麗に見える。エメロンシャンプーのCMを撮るときに、そのへんがはっきりしてくるんだよね。

[CMでまず主役のイメージを作った](略)

全部。プロデュースというか、マネージメントのあらゆる部分を自分がやったんだよ。

(略)

[パルコで緒形拳の相手役、ところが緒形が降板]

「主役はかおりでいいから、他の主役を探すなよ」って言ったんだけど、そしたら「桃井かおり主役では人は呼べない」って言われて

[それでも押し切って一人舞台にしたら超満員]

NHKで、かおりがディスクジョッキーをやってたんですよね、僕が構成して。そのときの手紙の量がすごくて、90%以上、女の子なんだよ。だから、かおりっていうのは、ほんとに女にモテる女だ。つまり、女にモテるような言葉を吐いてるわけだよ。これがそうだってことを知ってて、女の人が憧れるようなことを、すごくうまく口にする。本当は本人とは違うものでも、そういうものを作っていく。それはすごい才能だよね。まあ、それで、女の子のファンがいるってことは分かってたから(略)そのまんまやれば、絶対に満席にできるっていう確信はあった。で、その通りになった。

(略)

パルコの台本は僕じゃないです。(略)NHKのディスクジョッキーの方は全部僕が書いてたけどね。かおりは、一字一句、僕の書いた台本をそのまま読んでるんだけど、誰が聞いても桃井かおりがアドリブで言ってるようにしか見えない。「こうしゃべりたいだろうな」というものを分かってるからやれるわけ(略)語尾はこうしゃべるだろうっていうのまで、全部。

(略)

人は「桃井さんは荒木さんの言うことしか聞かない」って言うんだよ。全然そんなことない。誰の言うことも聞かないんだよ。俺の言うことなんて聞くわけない。要するに、かおりがどうするかを知ってるだけ。何がが気に入らなくて、どうしたいのかを知ってるっていうだけなの。

 ちなみに、この頃もNHKでは「荒木一郎」っていう名前を出すわけにはいかなかったの。

(略)

自分は桃井かおりの曲書いてるわけだし、桃井かおりをテレビに出すときに、どうしても制作の中に僕がいないとできない、だから、クレジットに「荒木一郎」って入るんですよ、シャットアウトしてるのに。他のテレビ局も、みんなシャットアウトしてるんだけと、すごいのは、シャットアウトしてる理由が、それぞれ、みんな違う理由なんだ(笑)。

(略)

一言で言えば、かおりは女性そのものなんだよね。どんな女性の中にもあるものを彼女は、はっきりと出してくる。女性の代表的なものだから、女の人は共感してファンになっていく。

桃井かおりの作り話

[桃井から荒木の悪口を聞かされて]研ナオコもかおりがかわいそうだっていう形を取るんだよ。

 かおりは自分自身のドラマを作るんだ。だから、面白いんだよ。かおりの話の中にも、なるほどと感心するような作り話が出てくる。(略)[多忙で]彼氏に何もしてあげられない。だから、うちにいるときには、……何だっけな、トーストをハートに焼くって言ってたかな、そんなこと。シチュエーションとしては面白いわけだよ。でもそういう子じゃ全然ない。そんなの見たことも聞いたこともない。料理しない子だから。(略)

その場その場でアレンジしてくの、自分っていうのを。自分はこんなに悲劇の女だっていうのを出したりね。かおりの仕事をやらなくなったときに(略)見城徹から呼ばれて、「桃井かおりの話を書いてくれ」って言われるわけ。「桃井かおりに話を聞いて、荒木さん、かっこいいなあと思った」って言うから何を話したのか聞いたら、「最後は、あの人がすべて持ってったよ、って。『お金も何も、おまえはスターにしてやったんだから、あとはいくらでも手に入るだろう』って、そう言った」って言うんだ。それで見城がさ、「かっこいい男だなと思った」って言うから、返答に困ったよね。せっかく、かっこいいと思ってくれてるんだから、本当は、とは言いにくいけど、でも、本当はまったく逆だ……かおりからは一文ももらったこともないし、一切のピンハネもしてない。どんな場合も、何かあれば俺がおごってるし。でも見城が、作り話の方を「かっこいいよね」って言うから、困るんだよね(笑)。(略)

桃井かおりって実名で書かなくていいから、女優っていう形で書いてくれればいい。そしたら直木賞を必ず取らせるから」って言われてさ。でも、書けば、ばれるからね、かおりに。かおりは嫌だろうと思うから[断る意味で]「かおりに聞いて、かおりが書いていいっつったら書くよ」って言ったんだ。絶対、OKするわけないんだけと、わざとそう言ったの。本は売れるだろうけどね。(略)

かおりと一緒にいて、誰かと話してるときに、突然、「イッチャンはこうこうこうこうなんだよ。ねっ」って俺に言うんだけど、本人の前で、本人を違う人間に作って、本人に確認させようとするんだよ。「そうじゃねえよ」って言うわけにも行かず、あいまい。気分で、面白い話を作っちゃうからね

色々難しい桃井

[桃井に憧れてた岸本加世子と]会うたんびに「今日はかおりさんは一緒だったんですか?わー、うらやましい」「うらやましくねえよ!大変なんだから」とかやってたわけだよ(笑)。そしたら、『ちょっとマイウェイ』で、加世子がかおりと一緒になったわけじゃない。一ヵ月もしないうちに気持ちが壊れて、もう二度とやりたくないって言ってた。八千草薫も「二度とやりたくない」ってなったでしょ。黒柳徹子さんなんかも、もう冗談じゃないってなって、……これは『徹子の部屋』のときだけど。

(略)

例えば、テレビドラマのリハをやってて、いきなり不機嫌になって「ちがう、おかしい」とか言い出してリハがストップしちゃう。ディレクターとか、かおりが何を要求してるのか分からないから、みんな黙ったまま困るわけじゃない。そうすると僕が出ていくしかないから出てって、「カメラはこっちから撮ったらいいんじゃないの?」って、かおりが気に入らないところが分かるからね。とりあえず演出家も無視して、カット割りとか作っちゃう。そうすると、かおりが不機嫌を取り下げて「うん」ってなるから、人は俺の言うこと聞いたように見える。でも、そうじゃないの。桃井かおりのやりたいことを知ってるだけなんだよ。レコーディングスタジオでも[同様]

(略)

[桃井を]プロデュースしてマネージメントやったことは、すっごく勉強になったよ。(略)修行させてもらってるみたいなもんで。そういう意味ではすごく感謝してる。

次回に続く。

2018-05-22 まわり舞台の上で 荒木一郎 自身を語る このエントリーを含むブックマーク

このタイトルと表紙だと、たぶん荒木一郎に興味がある人しか読まなそうなとこが勿体無い。接点のあった人達のエピソードも、荒木の語り口というか思考も面白いので、荒木一郎に興味がなくても読んで悔いのない内容。読んでいるうちに、荒木一郎の音楽を聴きたくなり、小説を読みたくなり、映画やドラマを観たくなること、間違いなし。

ただ後半出てくるフェイク論などもあって、この面白い話が果たして“すべて真実”なのかという懸念もなくはない。なぜならこれが真実なら、桃井かおりとか大変困った人だということになってくるわけで……、うーん。


まわり舞台の上で 荒木一郎

作者: 荒木一郎

メーカー/出版社: 文遊社

発売日: 2016/10/22

|本| Amazon.co.jp

女はみんなストリッパー

[両親が離婚、女優の母は仕事、一人っ子で寂しい荒木は友達に家に居てほしくて]

中学のときに、自宅でストリップ劇場作ったの。近所の女の子たちがみんなストリッパーになるわけ。このときに知ったことは、「女はみんなストリッパーの要素があるんだ」ってことだよ。見られることに、子どもながら、一つの快感を持ってる。だから、「ストリップやらない?」って相手を誘ったときに、それを断られるってことはほとんどなかったのね。ただ、断らない環境をうまく作ってあげることが大事。

(略)

 自分のそばに女の子がいることによって、男の子もそばにいるようになった。(略)そのうち、男がついてくるようになった、うちに女の子がいるかいないかは関係なく。スターになっていく頃には、男が常に周りに何人もいるわけ。(略)

ある女の子に、「イッチャンの夢を見るときに、一人で出てきてくれたことはないの」って言われたことがある。そのぐらい、いつも男に囲まれてるの。

洋画が人生の基盤

高校二年生のときに、一年間のあいだに二六五本、映画館で洋画を見たの。(略)それがやっぱり、基盤を作ってるよね。今の。映画でいろんな人生観みたいなものを勉強した。六、七割はアメリカ映画だったから、そうすると、やっぱり、「夢に向かってのアメリカンドリーム」だから、基本的には。人間っていうのはそう生きるんだってことをずっと教えられるわけだから、これは大きいよね。(略)

 ほんとにアメリカはすごいと思う。だから、昔の映画を、今、DVDでちゃんと見れば見るほど、細部にわたってキチッと作られてるんだよ。ブルーレイになる時代を予告してるかのごとく。あれはすごいなあと思う。(略)

 日本では、人間っていう部分を、どこか疎かにしちゃってるんだよ。特に、どんどんどんどん、そうなっていっちゃってるだろ。そうじゃなくて、一本の映画で、人に生きてることの楽しさとか価値観とか、そういうものを感じさせる。それが映画じゃないかなっていうふうに思うよね。

「モダン・ジャズ」

[趣味はと訊かれたら、旬の「モダン・ジャズ」と答えたいが]

モダン・ジャズ、好きじゃなかったのね。さっぱり分からなかった。中学からやってるドラムは、どっちかって言ったらスイング・ジャズなわけだよね。スイングはもちろん好きでやってるんだけと、「スイング・ジャズ」って答えるのはイモっぽいんじゃん。(略)

 それでね、毎日とにかくラジオでモダン・ジャズを聴くの。気持ち悪くなっちゃうの、ほんとに。もう、今でも覚えてる、ミルト・ジャクソンのヴァイブの音が気持ち悪くて、窓開けてハーハーってやったこともある。そのぐらい、嫌で。それでも聴いてた。とにかく聴こうと思ったの、もう好きになるまで聴くしかない、と。(略)

[あるとき、『サキソフォン・コロッサス』収録]「セント・トーマス」を聴いてると、「これ、前にも聴いたな」と思って、そこから、「こういう感覚が好きなんだ」ってなっていって、好きなやつを見つけていく――っていうのが始まりだよ。

六本木野獣会

渋谷っていうのは(略)十時ぐらいに全部終わって、真っ暗になっちゃうの。だからみんな六本木とか新宿に流れる。新宿はもういっぱい開いてて、朝までいられた。それこそ青線からあるわけだし。

 ところが六本木は何にもないから、自分たちで遊びを作っていかないと、無理なんだけど。(略)駐留相手の店が開いてるだけなの。(略)

 大原麗子なんかがいたっていう「野獣会」みたいなのは、実態が何なのか、こっちも知らなかった。そんなの見たこともなかったし。そんなのどこにあるのかな。マスコミが作ったもんじゃないかなと思うよ、いまだに……。僕らは遊んでたからよく知ってだけど、そんなのに誰も会ったことがない。とにかく、六本木は八時九時過ぎちゃったら、もう、何にもない。

カメラ

 生放送も、ビデオの場合でも、とにかく全部通しでいくしかないんだよ。ビデオでもカットしてつなぐだけですごい金がかかるって時代だから。(略)

『バス通り裏』のときは、四台のカメラが動いてるわけだよ。そのために訓練されました。(略)

自分が写らないと芝居はしないときもある。自分で勝手にカット割りしてるみたいなもんだよね。ここでカメラが来るからここで芝居をする、みたいに。(略)

ランスルーで、本番の前に一回やるじゃないですか。それでもう明確に分かる。さらにほとんど、カメラマンの台本を見に行っちゃうの。カット割りが全部書いてあるから、どこで自分が写るか、とりあえず、そこで見ておくんだよ。で、大体の自分の芝居を、カメラのカット割りに合わせて考えておく。そうすると、芝居しながら、カメラの位置が、自然に自分の身体、体内に、刻まれていく。

 あの体験っていうのは、カメラっていうものに対する、意識というよりも、一体感を感じたよね。つまり、自分がいくら芝居してもカメラによって変わるんだということが、刻まれていった。だから、カメラの動きにすごく敏感になって、「今、芝居しても、カメラがこう撮ってくれないと、この芝居は生きないな」と。

(略)

 後年、自分が俳優として映画に出るとき、「カメラの位置が」っていうことをよく言うから、それでケンカになったり、いろんなことがあるわけ。でも、こっちは何年もそれをやってきていたわけだから、カメラはどう撮るべきか、つまり「ここでもうちょっと寄ってほしい」とか、「ここは引いててほしい」、そういうことが自分で分かるようになってた。だから、後年、『悪魔のようなあいつ』で、やっぱりカメラに注文をつけて、チーフキャメラマンに、「役者でカメラを理解して何かを言ったのは日本に二人しかいない。荒木さんとショーケンだ」って言われたことがあるよ。

十朱幸代

十朱幸代っていうのは、ある種のステータスなんだよね、自分にとって。十六のときに初めてスタジオで見たとき、もうほんとにさ、こんなに綺麗な人が世の中にいるのかと思ったんだよ。(略)

[高級車、高級時計などを]いつか手に入れたい、いつか自分もこれに似合う人間になる」。そういうステータスを自分はいつも持ってて、そこへ向かってるんだよ、自分の人生って。

 十朱幸代は一つのステータス。冒さざるべきものというか。一緒に出てたから仲良くて、映画見に行ったりなんかするんだけとも、「自分がこの人に見合う人間になれるかどうか」っていうことがずーっとあるんだよ。(略)

自分が十朱幸代と歩いてる姿がガラスに映りますよね。「どう見ても付き人にしか見えねえなあ」とか、思うわけだよ

吉永小百合

目がとにかく綺麗でね。すごい印象に残りましたね(略)カブトムシの目にみたい。瞳が光ってて、綺麗な目をしてる。(略)すぐ仲良くしてくれて、大スターなのに、気さくでね。

『893愚連隊』

ほんとのヤクザも出てきて、変なおじさんですごい長い紫の背広着てて、一緒にロケバス乗ってたりして、面白かった。バキュームカーの運転手の役をやってる人で、すごい雰囲気出てるでしょ。そのヤクザが原作者なんだよ、『893愚連隊』の。とにかくすごい変わった人で、自分の家の玄関を冷蔵庫の扉で作ったって言ってた。だから、この映画がアイデア満載なのは、あの人のアイデアなの。たこ焼きをどう盗ってくか、バキュームカーの運転手に一万円を半分切ってやる、みたいなことは全部、彼のアイデア。彼が体験してきたものの中から話をまとめ上げていって、「ヤクザ対愚連隊」っていう形を作ってったのは、中島さん。

(略)

小道具の持ち方、いじり方で、全然芝居が違ってくる。(略)セリフをしゃべりながら[そろばんを]くるくる回して、それを胸ポケットにポンと入れるところでセリフを終わらせようと思ったわけ。(略)

 これ、失敗すると、当時、フィルムがすごく高いから、うるさいんだよね。失敗すると、こっちの責任になっちゃう。(略)

[本番で]そろばんは胸のポケットに入ったんだけと、セリフが余っちゃったんだよ。「ヤバいなあ」と……。(略)

それでどうしたかって言うと、とっさに着てた上着を脱ぎ始めるんだよ。で、上着を脱ぎ終わって畳の上にポンと置いたところでセリフを終わらせてる。だから、実際は誤算なんだよ。


893愚連隊

(出演)松方弘樹、ケン・サンダース

(監督, 脚本)中島貞夫

|DVD| Amazon.co.jp

今井正の初テレビ映画降板理由

「今井正さんのテレビ映画」って言ったら、みんな、もみ手すり手で行くと思うから、それを蹴ったっていうことをプロの役者さんたちが結構知ってて、小気味がいいと思ったんじゃないの。そういうことは応援するもんなんだよね。それで俺がダメになろうと、何だろうといいわけだからさ(笑)。(略)

助監督が言ってきたわけ、「今井さんは、セリフが全部キチッと入ってないとできないんで、みなさん、セリフをしっかり覚えてください」って。それで降りちゃった。覚えられないから。っていうか、例えば、ここでそのシーンを撮るのか、違うところで撮るのか、それによってセリフも違うっていうのが自分の中にある。だから、その現場の中でセリフが動くっていうふうに見てるわけですよ。倉本聰みたいな、よっぽどキッチリカッチリ書かれて「なるほどな」っていう台本だと納得できるけど、今井正の、そのときの台本はそういう台本じゃなかったんだよ。自分は台本書いたりするから分かるじゃないですか。「この程度の台本だと、場によって変わる」っていうふうに読むわけですね。だから、覚えてもしょうがない。そんなにしっかり覚えたら、かえって悪くなっちゃう、みたいな考えがあってさ。

作曲

歌手になる、という感覚はゼロだったけど、バンドをやっていて、ドラムもギターも弾いてたんだけと、とにかく、人の曲をあんまり覚えてられないんですよ、僕は。「いい歌だなあ」と思っても覚えられないから、「自分で作っちゃった方が早い」って思って、曲を作るようになったわけ。曲はパッと浮かびます。そうじゃなきゃダメだよね。浮かぶからいいものになるんだよ。(略)

[曲と歌詞は]初期の頃は、ほとんど一体になってできてました。だけと、あとになるに従って、曲が先行してくるようになって、「フンフンフンフン♪」っていう自分の歌が、「なんか、こう言ってるような気がする」って感じたものを歌詞にするようになった。そういうふうに最初のセンテンスが出ると、そのままずーっとセンテンスが自然につながっていく。

 だから、ほとんど、曲作りで悩むことはないてすね。生理作用みたいなものだから。トイレに行くみたいな感じだね。出さないと気持ち悪い、みたいな。作曲するのはギターがメインですね。でも、ギターがよそに置いてあって、曲がフッと順に浮かぶじゃないですか。ギター取りに行くのがめんどくさいから、その場で、パッパッパッと書いちゃって、あとからギター、っていうふうになる場合が多いね。

 曲を作るときは、人が常にいるんです。例えば、そこにいるある人に子どもが生まれて、子守唄みたいなの作ってほしいって言われて、パパッって四、五分で作ってしまう。

個人プロダクション

どこのプロダクションにも所属しないままやるわけだ。ただ『星に唄おう』があれだけヒットしちゃったので(略)まず、ファンクラブを作ったんです。(略)[それ]を「現代企画」っていうプロダクションにして、自分が社長になるわけ。その当時、全然、そういう個人のプロダクションはなかったんですよ。(略)大手のレコード会社、あるいは大手のプロダクション以外で歌手が売れるっていうことはなかったんです。

 作曲も作詞もやるし、歌うわけだし、自分のプロダクションを持ってるわけだから。そういう歌手は他にいないし、相手側もどう扱っていいか分からない。

(略)

[ビクターは]次の年から「作詞作曲部門」みたいなのを一個作ってました。でも、他に誰もいなかったから、自分だけだったんですけとね、結局は。

 作曲家は、吉田門下とか古賀門下じゃないとダメだっていう感じでした。なかにし礼さんなんかもまだ売れてなくて、レコード会社に一生懸命、日参してる時代だった。(略)

「現代企画音楽出版」ってのを作って、これが五十番目だったみたいで(略)

それまではレコード会社が全部、曲を持っていたけど、今度は出版会社が曲を持つから、そのうち出版会社に力が出てきて、その分だけレコード会社が弱くなって、徐々に崩れていくわけだよね。その崩れていくいちばんのきっかけのところに自分がいるわけですよ。それと時代を同じくして、シンガーソングライターっていうのが完全に一つのジャンルとして成り立っていく。

自分の曲は必ず「人」が対象

[「ひどい振り方」をした長く付き合った相手の気持ちになって作った『空に星があるように』]

あの曲は、歌手になるとかいうこととは、なんの関係もなく作ってた曲なんだよ。どこかに発表したいっていう気持ちは全然なかった。ただ、振り方が「ちょっとひど過ぎるんじゃないかなあ」と思って作ったんです。人の気持ちっていうものを、自分は結構、普通の人よりも感じ取る性格みたいだね。すぐに人の気持ちが分かっちゃうことがあるんです。だから、自分が振ったくせに、振った相手の気持ちになっちゃうわけだ。自分の気持ちとは反対の方向に行く場合が多いんだよね、自分の曲って。だから、失恋すると明るい曲を作るっていうこともあるし、それから、周りにいてくれる人の歌を、その人側で書いちゃう場合が結構ある。

 自分の曲は必ず「人」が対象になってるんです。例えばあるとき、二十歳ぐらいの女の子が子どもを連れてきて、僕らのサークルの中で遊んでたんだけど、いつも泣いてるんだよね。旦那に別れられて、子どもを抱えて、青春がなくて。そのときその子のために、「レモンのしずく」と「笑ってごらん」っていう曲を作ってあげたの、いつも泣いてるから。誰かの為に作った曲を歌うと、他の人が泣くっていう現象は、その頃から常に起きてたから、自分の曲は、「売れない」とか思ったことがない。自分の曲には人がそういうふうに反応するのだし、そうじゃなければ作ってもしょうがない。我欲のために作りたいと思ったことは一回もないわけですよ。「今夜は踊ろう」にしても何にしても。

 コンサートのときによくしてる話だけど、「あなたといるだけで」は車に乗っているときに作りました。大原麗子とは十六ぐらいのときに知り合ってて、何回もいろんなドラマや映画で一緒になって。ずっと仲は良くて、あるとき「付き合いたい」って言ったら、「いいわよ」って言われて(略)「でも、一郎ちゃんは十番目よ」って言われたわけ。別に、変な気持ちはなく、そう言うのが似合ってる、面白い子なんだよ。「十番目なんだ、何人も上にいるんだな」と思って、それから、自分の順位をどう上げていくか(笑)。で、あるとき「今二番目」って言われるんだよ。「一番は誰だろうなぁ」と思ってたら、しばらくして、「今日、京都から帰ってくるときに新幹線で隣で、一緒だったでしょ、あれが一番」って言われて、「あいつか……。あんなのが一番か」。自分の想像では違うやつだったんだよ。「あれが一番だったら、あれは抜けるな」と思ってさ(笑)。

 最後、品川にあった黒船ホテルで(略)テーブルに二人で座ったときに、「あれ、これって、自分が一位になってるんじゃないかな」と思ったんだよね。「一番になった」って麗子に言われそうだと思ったから、なるべく言わせないように、その日を過ごすんだよ。それで、帰るときに「別れる」って俺が言うんだよ。なんか、変な性格してるんだ。「一位と言わせちゃいけない、そこが男のロマン」。引くのがかっこいいんだよ、そっとね。

 翌日、すっごくいい天気で、起きて「なんて俺はひどいことをしたんだ、もったいないことを」って思ったわけ。あんなにいい女なのに、何も別れなくてもいいだろう(笑)。麗子は原宿に住んでたから、急いで原宿まで行って、家の近くから電話を入れるわけ。「昨日、ちょっと変なことを俺は言ったけども、あれ、取りやめにしない?」って言ったら「ダメよ!」って言われて。「一郎ちゃんはね、追ってるときがすごいのよ、手に入れたら終わりなの、あなたは。だから、もう、そこで終わるのがいいのよ」って言われて、今度は逆に失恋した感じになって(笑)。すごいいい天気で、車に乗って、「あなたといるだけで」っていう曲が浮かんだんだよ、車の中で。それで、「あなたといるだけで」を作りながら帰った。

 うちへ帰って、書き留められないような曲だったら、それは捨てていい。何も、「書かなきゃ」とか、そういう、欲張った感覚は全然ないの。これはある意味で大原麗子に贈ってる歌なんだよ。日記みたいなもの。フラれたんだけど楽しい気持ち、その気持を書き留める。

(略)

 ともかく、音楽っていうのは、聴く人の人生のBGMみたいに考えているんだよ。だから、映画の音楽を作ってるのと同じ。「自分は音楽を作るから、あなたの人生の中でうまいところに使ってくれ」っていうふうな感覚だよ。

ビクター

レコード会社のスタジオの中でもビクターだけは、アンプからスピーカーまで、全部ビクター。これはほんとすごいと思う。他のソニーとかヤマハは、自分たちのアンプやスピーカーは使わない、すべてJBLみたいな海外製品だけど、ビクターだけは違う。自分たちの誇りみたいなものを持っていて、主張がすごくあった会社ですよね。

もたり

音楽の中にドラムのリズムが入ってくるから。例えば「いとしのマックス」だと、♪チャツツターン、ンチャカ、タツツターンっていうメロディーの譜割りは、ドラムのソロみたいなものだね。いわゆるシンコペーション。完全にドラムを叩いてる形だよね。

 ギターを弾くリズムも基本的には倍にとってる。歌は結局、ジャズの歌い方になるんですけれども、やっぱり、4拍子は8拍子、8拍子は16っていうふうになる。基本的には16の感覚。(略)

レコードなんかの場合には32ぐらいまでいくときがあっても、基本は16ぐらいで抑えるという感じだけと、ステージだと、もっともたらせちゃう場合がある。そうすると、普通の人は分からなくなる。それは、モダン・ジャズやってたのが、大きいね。ドラムのリズムが常にこう、身体の中にあるから。

(略)

平尾昌晃さんが、「荒木に曲を渡すと、全然違う曲になって戻ってくる」。要するに、歌詞によって曲のシンコペーションが変わるんですよ。例えば、「もしもしかめよ」っていう曲はそのままの歌詞だと、♪モーシモーシカーメヨ、じゃないですか。モとシにアクセントがある。だけど、例えば僕が詞を振ると、同じ音符の中に振るんだけど、「もしも、貴方が」って振るんですよ。そうすると、♪モーシモ、アナータガ、っていうふうになるんですよ。♪モーシ・モーシ・カーメ・ヨー、が、♪モシモ・アナタガ、っていうふうに、詞の振り方で曲が変わって聞こえる。これは、前乗りと後乗りの違いなんだけど、結局、日本の人の歌詞は全部、前乗りなのね。自分はドラムをやってたりジャズが好きだったりするから、基本的に裏乗りになる。ンタ・ンタ・ンタ・ンタって。だから、日本語の歌詞を裏乗りで使うんですよね。

 日本の言葉っていうのは、どうしても前乗りの言葉なんて、そのまま使うと曲がイモっぽくなるわけ。いまだに、みんなそれをやるわけですよね。例えば、どうしても日本語の発音ってで頭に強さが乗るでしょ。「アラキ」って。ところが、外人だと「アラーキさん」って、ラに強が来るんだよ、アクセントが後ろに来る。で、日本人は前にしか乗れないから、いろんな人たちがロックをやっても、どうしても前乗りのリズム。だから僕なんかが聴くと、気持ちが悪いわけだね。

水の江滝子

「会いたい」って言われて、自分は歌手として出ることよりも、プロデューサーとしての水の江さん自身にすごい興味があったわけ。石原裕次郎を作った人でもあるし、どんな人なのかなあって。水の江さんがやってる原宿の中華のお店があって、そこに招待されて話をしたときに、すごく腰も低いし、優しい人で、「『君は恋人』っていうのを自分がやるから、そこに出てもらえないか」っていう話なんだよ。すごくいい感じのおばさんでさ。『君は恋人』に出るか出ないかっていうよりも、この人の仕事をしたいっていうのがあった。

(略)

女性でこれだけのことをやれる人はすごいと思ったよね。尊敬に値する。自分もプロデュースを手がけてる(略)からこそ、ああいう人はすごいっていうふうに思います。会社として、みたいな感じじゃなくて、自分のエネルギーで持っていってるっていうのがすごくよく分かるんだよね。サラリーマンプロデューサーみたいなのは(略)いっぱいいるじゃない。でも、水の江さん的な人が、昔はいたってことだね。

別名義

[事件後、「水木京子」名義で舟木一夫「北国にひとり」]

「荒木一郎自体は出せないけども、曲は使える」っていうことだね。(略)「ナポレオン」「水木京子」「枯木華」、いろんな名前使ってるんだよ。別に、僕がやりたくてやったわけじゃなくて、「やってほしい」って言われたの。やっぱり、人が僕をつぶさないということだ。(略)

(略)[水木京子が]ぼくの作品だとわかったとたんに、なんとなく電波に乗らなくなってしまった」[と70年の週刊明星で荒木は語っている]

次回に続く。「ポルノの裏の帝王」になったりするよ!

2018-05-20 漫画ノート いしかわじゅん このエントリーを含むブックマーク

様々な理由で下書きにしまいこんでいたのを、お蔵出し。


漫画ノート

作者: いしかわじゅん

出版社/メーカー: バジリコ

発売日: 2008/01/25

|本| Amazon.co.jp

青春時代に熱中した漫画を語るときの、初々しさにビックリ。

 初めて読んだ樹村みのりの作品は、『おとうと−弟−』だ。

 1969年のことだ。(略)

 いったい、樹村みのりの前に、樹村みのりみたいな漫画家はいたろうか。あんな、誰にでもある日常生活の中に、魔法のように輝くものを見つけられる漫画家なんて、ほかにいたろうか。あんな普遍的な風景の中に、いつまでも胸に焼きついて忘れられないシーンを見つけられる漫画家なんて、いったいほかにいたろうか。

ガロのいた風景

 あのころ、『ガロ』は身近に存在していた。

 ぼくが吉祥寺に住み始めたのは、1972年だった。(略)

 吉祥寺には、翁二がいた。(略)

 ぼくはろくに大学の授業にも出ず、仲間と麻雀をやったり街をうろついたりして、夜になると、ぐゎらん堂に戻り、朝まで時間を浪費していた。

 そこには、翁二がいた。(略)

 翁二は、ぼくの憧れだった。年齢は、ぼくと違わないはずなのに、ぼくの知らない世界を生きているように思えた。翁二の住む街には、スクーターに乗った人さらいが夜空を飛んでいたのだ。

 そうだ、あのころのガロは、素敵な雑誌だった。

じゅんが、お宅訪問!

 大島弓子には、借りがある。

 大きな借りがあるのだ。

 恥ずかしいことに、そして申し訳ないことに、ぼくは、彼女を訪ねたことがある。

 一回だけだ。それも、三十年以上前、学生時代、ほんとに、一回だけ。(略)

 ほんのちょっとした、心の迷いなのだ。

 あまりに悲しいことがあり気持ちが長い間ダウンしている時に、たまたますぐ近所に大島弓子が住んでいると知ってしまったばっかりに、ふと訪ねてしまったのだ。

じゅんの心の叫び

[『約束の地』系統の注文はマイナー雑誌からしか来なかったので結局描かなくなった]

ぼくは、読者が欲しかった。あのタイプのものを描くには、ものすごくエネルギーが要る。非常な集中力と、時間が必要だ。一生懸命描いたものなら、ぼくはできるだけ多くの読者に読んで欲しかった。数千部から一万部台の発行部数の本では、読んでくれる読者の数も知れている。それはあまりに残念だ。

「吾妻ひでおの希望」と題されたインタビューは「いしかわじゅんの希望」でもあるのだ

「俺も吾妻さんほどじゃないけどな、ずっと昔、十年やって、おかしくなった」(略)

[仕事ができなくなり、香港、英国を彷徨。]

「ここでやっぱり、おかしくなった時に、躊躇わず入間に向かうかロンドンにいくかって違いがね」

 「ちくしょー、悔しい……」

 吾妻はそれほど悔しそうでもなく笑った。

(略)

 「そのホームレス時代に、ほかのホームレスと交流はなかったの」

 「なかったね。ホームレスとは性格が合わない。俺は自分をホームレスとは思ってなかったし。ただ一時的にそういうことやってるだけだ」

 吾妻は一度言葉を切って、それから声を少し大きくした。

 「俺は、ああいう連中とは違う」

(略)

[ガス配管工ガテン生活に満足していながら、親会社東京ガス社内報に漫画を投稿して、身元がバレるようなことをしたのかといしかわが問うと]

 吾妻はしばらくアイスコーヒーのグラスを見つめた。それはたぶん、考えているのではなかった。答は最初からわかっているのだ。

 「こんなことはやってても俺は違う、と思ってたからかな……。俺はそういう人間じゃないってプライドがあったから……」

「俺はそういう人間じゃない」という吾妻の叫びの向こうに、いしかわじゅんの「俺はクラタマやヤクとはちがう」という叫びを見てしまうYO。そして別れ際、吾妻を励ます熱い言葉は自分自身にも向けられているに違いない。

[注:9年くらい前の文章なので憶えてないが、多分、この頃、コメンテイターをやっていたいしかわじゅんにちょっとアレな気持ちがあったんだろうなあ]

 「これからは、どうするの」

 「最近……、やっとギャグをやめるって決心ができたんだ。今から作風変えるってのも遅いけど」

 「いや、それはさあ、作風を変えるんじゃなくて、題材を変えるだけだよ。ギャグを描いても日記を描いても、作風は吾妻さんだ。俺たちは吾妻ひでおのギャグ漫画を読みたいと思ってるんじゃなくて、吾妻ひでおの漫画を読みたいんだ。なんでも好きなもの描けよ。俺たちは読むよ。

以下余談。

インドで漫画出版という無謀な行為に見事失敗し、ガンで入院している山松ゆうきちへのインタビューが不思議な味わいで、この路線アリだと思うけどなあ。

『フロムK』でエリカと京子の似顔絵描いて顰蹙買った話だけど、これは少女漫画家二人と同化してすっかり同類気分で内輪ネタを披露したら、男がブスを笑ったという風にとられた、乙女男子の悲哀ということじゃないだろうか。

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