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2016-08-29 Cut 90年11月号デヴィッド・リンチ コッポラ このエントリーを含むブックマーク

Cut 1990年11月 Vol.6

JACK NICHOLSON & HARVEY KEITEL ジャック・ニコルソン & ハーヴェイ・カイテル

ニコルソンが監督・主演の"TWO JAKES"で共演の二人の超実力俳優が語る。

ARNOLD SCHWARZENEGGER アーノルド・シュワルツェネッガー

超大作『トータル・リコール』の成功で、波に乗る彼の強かなサクセス・ストーリー

2 LIVE CREW 2 ライブ・クルー

歌詞の卑猥さで逮捕されたラッパーたちを巡る表現の自由論争。

SPIKE LEE & JIM JARMUSCH スパイク・リー & ジム・ジャームッシュ

アメリカ映画界の若き巨匠が語る、我がインディーズ・スピリット。

黒澤 明

『夢』の全米公開を前に、米ジャーナリストに日本、そして日本映画への苦言を語る。

  • デヴィッド・リンチ

いまやアメリカで最もポピュラーなカルト監督という彼が語る、芸術的変態性。

[至福に満ちていたが、同時に忘れがたい恐怖の連続だったという子供時代について]

「祖父母を訪ねて、しょっちゅうブルックリンに行っていたんだが、それも恐怖の一部だったな。巨大な街には、莫大な量の恐怖があることに気づいたんだ。(略)

地下鉄の駅を降りて行くたびに、地獄に落ちて行くような気分になった。階段をどんどん深いところへと下るにつれ、腫を返して地上に戻るのが、そのまま降りて行くのよりも困難に思えてきた。未知のものに対する圧倒的な恐怖があったんだ。列車が起こす風、音、匂い、普段と違う光とムードというのが、どこか特別に忘れがたかったんだろう

(略)

[至極ノーマルな両親を恥じていた]

50年代の雑誌広告によくあっただろう。オーブンからパイを出す小奇麗ななりの主婦。その顔には、いつもある種の笑みが浮かんでいる。(略)

――けれど、あなたには信じられなかった。

「奇妙な微笑みだった。この世界の理想形というか、実際にはありえない微笑みだったんだ。そのせいで、狂ったように夢を見たよ。今ではそれもすごく気に入っている。けれどもある種――破局とまではいかなくても、何か普通ではないことが起こるのを待っていた。みんなが同情してくれる何かを。そうすれば僕は犠牲者だ。たとえば、大事故で自分一人が取り残されたり。ある種、楽しい夢想だったけれど、日々はきわめてノーマルに過ぎていった」

――心の中では、そういった広告の“微笑み”に違和感を感じていたのですか?

「いや、僕自身、すごい微笑みの持ち主だった。クリスマス・ツリーの下に立っている写真があって、それを見ると、完璧に、紛れもなく幸せという笑顔を浮かべている。ある面では幸福だったんだ」

――けれど、どこか信じきれなかった。

「(略)隠蔽され、ひどく秘密めいて見えるものもある。本当に秘密なのか、それとも自分がパラノイアなのかも判然としない。科学を学ぶことによってのみ、少しずつ、世の中には隠蔽されているもの――目には見えないものもあることが理解できる。それに心配の種というのは考えれば考えるほど増えるものだ。そんな時、恐ろしい出来事に出会ってしまうと、実際には、ほんとうに数限りないものが間違っていることに――実に多くの人々が、まともじゃない恐ろしいことに加わっているのに気づかされて、平和で幸福な暮らしが脅かされたり、消滅するのではないかと心配するようになるんだ(略)

[妻が1歳の娘を乳母車に乗せ出かけようとした時]通り向かいの大家族は、洗礼に出かけようとしていた。その時、ギャングがその家族を急襲したんだ。一家には10代の息子がいて、全員を護ろうとした。ギャングは彼をたたきのめし、頭の後ろを撃った。そういった類のことがらが、雰囲気を台無しにしてしまう――永遠に」

――子供の頃、「あらゆるものに、ある種の荒々しい痛みに似た力、そして腐敗がつきまとっている」と感じていたそうですが(略)

「完成したものは、その場で腐敗し始める。ちょうど、ニューヨークのように。道路もビルも橋も、みんな崩壊しつつある。新しいものも建っているが、その建て方は前とは違う。この腐敗を思い、そして何物も永遠ではないことを考えると、また心配になってくる」

(略)

絵画や映画などの小さな世界なら、ある程度コントロールが利くという幻想にひたることができる。(略)

――で、あなたは世界を築き上げた。

「そう、築き上げた。僕は別世界に移り住むのが好きだ。そして映画は、その機会を与えてくれる。とりわけ、『イレイザーヘッド』の時は。と言うのも、実際、あの世界に住んでいたからだ」

――セットで暮らしていたのですね。

「セットで暮らし、心の中ではあの世界に暮らしていた。セットや照明やその場のムードが、そう思い込むのを簡単にしてくれた。時間もかなりかかったから、すっかり浸りきっていた」

(略)

――自分のやっていることを、両親には知られたくなかったのですか?

「僕がやっていたのは、両親が知っても喜ぶはずのないことばかりだった。だから自然と秘密めいた生活になってしまった」

――秘密を持つというのは、ある種、パワーの源泉ともなりますね。

「恐怖の側面もある」

――恐怖というと?

「秘密にしておくこと自体が恐怖だ」

(略)

――10代の頃、セックスをどんな風に考えていました?

「はっきり言って、セックスは夢のようなものだった。ものすごく神秘的な世界のもので、人生にそこまで素晴らしい側面があり、しかもいずれ自分でも体験するというのがとても信じられなかった。あまりにもファンタスティックで、それはもう新しい世界が開けたようだった。(略)

セックスの領域は果てしなく広大だ。ただの肉欲があり、恐怖に満ちた、暴力的なセックスがあり、そしてその向こう側には、真にスピリチュアルな体験がある。人生のファンタスティックな神秘を解く鍵なんだ」

(略)

――画家としてのバックグラウンドが、質感とひとつのイメージにこだわるあなたの映画作法を導いたと思うんです。コマごとに、目を凝らして見ずにはいられない。(略)

「いや。何と言うのかな――そうそう、構成美だ。この構成美というのは、ひどく抽象的なものなんだ。物の配置と関係に強く係わってくる。けれど、知性でどうこうできる問題じゃない。行動し、行動に反応するだけ。すべては直観だ。規則はある。どんな本にも載っていない規則が。構成の基本法則なんて、ただのジョークだ」

(略)

――(略)あなたは妄執[オブセッション]に妄執を抱いている。(略)

『ブルー・ベルベット』の撮影中、フランクがドロシーをいたぶりレイプするシーンでは、我を忘れるほど大笑いしてましたね。あれのどこがファニーなんです?

「(略)僕には分からない。とにかくヒステリカルにファニーだった。フランクは完全に取りつかれていた。チョコレート屋の犬みたいだった。自分でもどうしようもなかった。完全に入り込んでいた。(略)

きっとあまりに恐ろしく、強力で、暴力的なシーンだったことに関係があるんだろう。そのせいで、別種のユーモアが生じたんだ。自分でもどうにもならない妄執のせいでね」

――妄執を抱きやすい方ですか?

「どうしようもなく。習慣も妄執のひとつと言える。一定のやり方じゃないと気が済まない。一面、ユーモラスでもあるんだが」

――コントロールが利かないという感じがするからじゃないでしょうか?

「うん。ある種のコントロールが利いている状態なんて幻想に過ぎない場合が多い。ちょっとでもそういう気持ちになれたとしたら、それは天の恵みなんだ。あっという間に足元をすくうような事態が起こる」

(略)

――何年か前、あなたの映画は自分の恐怖感を隠すのと同時に明かすものでもあると言っていましたね。今でもそれは正しいと思いますか?

「間違いない。直観だか無意識だか知らないが、とにかくその類に手をつけるとなると、フィルターをかけるのは絶対によくない。一切手を入れず、起こるがままにしておくしかないんだ」

――となると、あなたの映画は、どのような形であなたの恐怖感を隠しているんでしょうか?

「ふと顔を出す程度。それ以外では、うまく隠されていると思う。それに、決してリアルな形では現れない。むしろ夢に近い。(略)だから、より象徴性が高くなり、解釈の自由も増える。腐った肉ひときれを例に取ってみよう。状況によっては、人々がその美しさに賛嘆する声すら聞こえてもおかしくはない。なのに、それが何だか分からなくなってしまうと、もはや誰も美しいとは思わなくなる。名前がついたその瞬間に」

(略)

――秘密の話に戻りましよう。さっきわたしは秘密にはある種のパワーがあると言い、あなたはある種の恐怖があると言いましたが、その二つの均衡について話してもらえますか?

「(略)僕は、秘密と神秘にすごく感謝している。秘密を突き止め、神秘を明かしたいという気持ちにさせてくれるし、その美しい小さな回廊では、たくさんの素晴らしい出来事が起こり、そこで漂っていることもできる。ある面で僕は、完璧な答えなど望んでいないんだろう。それが、圧倒的な至福を伴ってでもいない限り。神秘に入り込んでゆく過程が大好きなんだ」

(略)

――あなたが肉体のパーツに興味を持っているのは周知の事実です。聞いたところによると、子宮摘出手術を受けた某女性プロデューサーに、その器官を取っておくよう頼んだそうですが。

「それは全然違う!その女性本人が、医者に取っておくよう穎んだんだ。僕にくれるつもりで」

――ヴァレンタインのようなものなんですね。

「そう、贈り物だ。僕の家には色々なものがある。けれど中には――ログ・レディのように――ある種の人たちの興味をひどくそそるものがあるらしい。多分、そういった類のひとつなんだろう」


デヴィッド・リンチ展 〜暴力と静寂に棲むカオス

作者: デヴィッド・リンチ

メーカー/出版社: 赤々舎

発売日: 2012/11/09

|本| Amazon.co.jp

  • 『ゴッドファーザーPART3』泥沼の製作現場

[『ワン・フロム・ザ・ハート』の失敗による800万ドルの借金を、『ゴッドファーザーPART3』の演出、脚本、プロデューサー料の500万ドル、総利益のパーセンテージ数百万ドルでケリをつける算段]

 しかし、もし成功しなかったら?

「また、貧乏生活にもどるだけさ」とコッポラ

(略)

美術のダブラリスは、こう語る。

「彼はこの企画に命を賭けてます。いい作品にしなきゃいけないんです。駄作ということは許されないんですよ。いい作品にしなくちゃいけないんですけど、いい作品になるという保証はない。そこがストレスの原因なんです」

(略)

[マイケルの娘役に]ジュリア・ロバーツを考えたが、彼女の体はあいていなかった。マドンナはこの役に、いや、この映画のどの役でも興味があると売り込んできたから、コッポラはテストをするために彼女をナパに招いた。彼女と会いたくてしかたなかったジョージ・ルーカスは、うまく夕食に招待されてご機嫌だった。

「彼女はすぱらしかったね。みんな、恋しちまった」とコッポラは語っている。

(略)

[娘ソフィアの起用を考えだしたコッポラ]

ミスキャストといえばまだ聞こえのいいほうだった。

 コッポラのスタッフの一人は、こう言っている。「ほかの俳優たちは、クサっていました。そんな話聞いてないぞ、彼女と一緒に演じるのか、という感じでした」

 コッポラはこう語る。

「マイケルの娘はどういう風にしたいかというと、自分の娘みたいな感じだった。もし、ぼくがマイケルだったら、感じのいい娘がほしい、それがたまたまソフィアだったんだ。

(略)

つい最近自動車事故で10代の娘を亡くした音響デザイナーのリチャード・ベッグスは、とくに悲痛な思いでコッポラに訴えた。

 コッポラは、こうふりかえっている。

「彼は入ってきて、目に涙をいっぱいためて、こう言ったんだ。『フランシス、彼女をはずしてくれ。彼女だってやりたくないんだよ。向こうで泣いてるぞ』って。で、ぼくは娘のところに行ったんだけど、ほんとに泣いてた。

(略)

[そこで]『(略)やりたいのなら、やれるんだぞ。10分休んだら、行って、最高のショットを撮ってきなさい』ってね……。すると、あの子は行って、ほんとうにやってきた。感動的だったな。その晩、あの子はぼくに『あいつら、アホかっての。わたしにだって立派にできるところ見せてやるわ』って言ってた。

(略)

 パラマウントの重役は役者たちのところへ行って、ソフィアを使うというコッポラの止め役になってくれないかとパチーノをかつぎだそうとした。コッポラはそれを知り、カンカンになって怒った。

(略)

[さらに長年のパートナーだったパチーノとキートンが大喧嘩]

どうやらパチーノがいつまでたっても決めることを決めないので彼女が業を煮やしての喧嘩だったらしい。(略)

[パチーノの祖母の葬儀に出た旅で仲直り]

まだぎくしゃくとしたところはありありとうかがえたが、撮影はそのまま続行された。

(略)

 コッポラの映画というのは、非常に個人的な色彩が強い。(略)『ゴッドファーザー』シリーズはとくに個人的だ。『ゴッドファーザーPART2』では、飛ぶ鳥を落とす勢いのマイケル・コルレオーネがマフィア王国を築きあげる姿を描いた。このとき、監督自身もみずからの王国を築いていた。彼はスタジオを作り、サンフランシスコにビルを買い、

(今は廃刊となった『シティ』という)雑誌社を手に入れようとしていた。「ある意味では、ぼくはマイケルになってしまった」と当の彼は言っていた。(略)

[パート3が「王国をみすみす手放した老人が荒地をさまよう」悲劇になったのも]

今のコッポラは悲劇的な人生を送るリア王と自分自身をオーバーラップさせているからだ。

(略)

[さらに仕事や借金とは別の悲劇が、4年前の23才の息子ジャン=カルロの死]

父親のようになりたいと願う、父親を尊敬する息子だったのだ。彼は父親の許しを得て父親の弟子になるために16才のときに学校をやめ、あこがれのコッポラの映画製作チームの仲間入りをはたした。(略)

将来は独立して映画をつくろうかという矢先、その映画に端役で出演していたグリフィン・オニールとメリーランドのロケ地近くでモーターボート事故を起こしたのだった。(略)

 「フランシスは息子さんを亡くしてから、がらっと人が変わりました。人格にぽっと抜けたところができたような感じです」

 今、シルバーフィッシュの中で腰かけながら、コッポラはジオについて、そして新しい才能を生かせなかった悲劇について熱っぽく語る。

「普通の悲しみと違って、ぼくがいちばん悲しかったのは、彼には才能があり、ここ数年でその片鱗をすごくうかがわせていたからなんだ……人の命はいつか終わりがやってくる。でも、彼にはもうちょっとチャンスを与えてくれてもよかったんじゃないか、って思うと悲しいんだ。すごくきれいなものをやろうとしてた……。

(略)

でも、これは人間の宿命なんだ。人間にはいつか悲劇がおとずれる。どんな人間でも二度や三度の悲劇はやってくる。悲劇のない人生なんてないからだ。悲劇のない人生が送りたいかね? 要するに悲劇ってのは人生の一要集なんだ。だからこそ、美しいんだよ。すばらしいお芝居なんかを見て、感情移入するのはそのせいだよ。だから、このけばけばしいマフィアの物語も同じようにしたいんだ。人生がにじみでているようなものにしたいんだよ、やっぱり」

(略)

マイケル・コルレオーネがその悲劇に耐えなければいけない理由は、コッボラがその苦しみに耐えたからなのである。

(略)

いつものようにコッポラ家の人々は一家総出で活躍している。(略)

[だが27年間連れ添ってきたエリノア・コッポラはマイケルの妻ケイのように、非イタリア系の現代的アメリカ女性で「ずっと仕事をしたいと思ってきた」「夫の仕事のあおりを食った」「わたしは家庭におさまるタイプじゃない」と語り、一方コッポラは「君には家庭を守ってほしい」と本音を吐く]

次回に続く。


ゴッドファーザー コッポラ・リストレーション ブルーレイBOX

出版社/メーカー: パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン

発売日: 2011/02/25

メディア: Blu-ray

Amazon.co.jp


フランシス・F・コッポラ ~Francis Ford Coppola & His World

作者: 小出幸子

メーカー/出版社: エスクアイア マガジン ジャパン

発売日: 2008/08/30

|本| Amazon.co.jp

2016-08-25 ブライアン・ウィルソン 消えた『スマイル』を探し求めた40年 このエントリーを含むブックマーク


ブライアン・ウィルソン&ザ・ビーチ・ボーイズ 消えた『スマイル』を探し求めた40年

作者: ポール・ウィリアムズ, 五十嵐正

メーカー/出版社: シンコーミュージック

発売日: 2016/04/11

|本| Amazon.co.jp

 マリリンがたぶん妹のダイアンと一緒だったと思うが、帰ってきて、犬に餌をやり、少し後に僕らにも食事をさせてくれた。(略)ブライアンはその数ヶ月の間に録音を続けていた音楽のアセテート盤の一部を聴かせてくれた。彼の寝室にあった蓄音機でだった。(略)僕が聴いたのは新しい音楽の僅かな部分だった。〈グッド・ヴァイブレーション〉以降の音楽だった。歌入りの曲ではなく、伴奏のトラック、器楽演奏のトラックで、ブライアンが丹精をこめて作り上げたものだった。そしてあまりに美しかったので(ただし、アセテート盤は既にすりきれていた)、僕はそれらを忘れられなくなってしまった。世の中に伝えなければならなかったのだ。僕らは皆がそうした。評判が広まった。僕らは歴史が作られる過程、伝説そのものを作ろうとした伝説的人物の無自覚の(そして喜んでの)宣伝媒体だった。誇大広告は一切無し。良質の麻薬だったさ、ああ。でも、本当に素晴らしい音楽なんだ。

 そんなわけで、その夜の締め括りに僕らは犬が見守るプールに入った。僕はめがねを外さずにいた。というのは、そのプールの中に立つと眼下にロスアンジェルス(略)の灯りが自然の驚異のようにきらめくのを見ることができたからだ。水は温かかった。ブライアンはそれが体温と同じ(華氏)98・6度ぴったりに暖めてあると熱心に説明した。「だから、こんなふうに水の中に入って」(彼が実演した)「そして立つと、まるで生まれるときみたいなんだ。生まれたときの感覚みたいなんだよ」。僕は彼の不思議な感覚を察知した。銀河の星々が丘の上にある僕らの豪邸の下できらきら輝いているかのようだった。[1966年の]クリスマス前日の午前4時、僕は生まれて初めて麻薬で恍惚となっていた(そして、この男は僕を自分の家にいるように感じさせてくれた)。それはまた僕がカリフォルニアに行った最初の機会でもあった。

  • 67、68年のデイヴィッド・アンダールとポール・ウィリアムズの会話

いかにして『スマイル』は失われたか

デイヴィッド 或る意味では今行われている水準でのポップ音楽における音響効果の始まりだった。(略)彼は『ペット・サウンズ』にすごく満足していた。(略)[売上にがっかりしていたが]

 でも、彼は実験をして、成功した。だから、それゆえに、『スマイル』にとりかかったとき、『スマイル』に熱中し始めたとき、あの男についていくのはとにかく不可能だったんだ。(略)

あれは記念碑的作品になるものだった。(略)

 この頃にブライアンはヴァン・ダイク・パークスと親しくなった。(略)

ヴァンとブライアンの才能が混ざり合って、とても熱烈で刺激的だった。ヴァンはブライアンをすごく興奮させ、ブライアンはヴァンをすごく興奮させていた。僕はそういった情況の全部を見ながら、あの頃言っていたもんだ。「あれはうまくいきっこないよ。あの二人が一緒に仕事ができるなんて絶対にありえない」。

 そして彼らはやっぱりうまくいかなかった。実際うまくいかなかったんだ。創造力に溢れた偉大な瞬間はあったんだけど。ヴァン・ダイクはブライアンが真に自分と同等のレベルでつきあえるほんの僅かななかのひとりだと思う。ヴァン・ダイクはブライアンを興奮させたけど、そんなことができるやつは他に見たことなかった。

(略)

彼らの別れは悲劇みたいなものだったね。彼らは絶対に離れたくない2人なんだけれども、どちらも離れなくちゃならない、一緒にはやっていけないとわかっていたという事実においてね。というのは、彼らは強烈過ぎるんだ。それぞれ自分自身の領域においてね。(略)

彼の歌詞はあまりに洗練されすぎていた。ブライアンの音楽は幾つかの領域ではそれに充分なほど洗練されていなかった。それで彼らはぶつかり始めたんだ。(略)

突然おかしくなってしまった。彼らはお互いを避けるようになった。2人の道はもう決して出会うことはないだろう。

(略)

『スマイル』はブライアンの知的な関心事すべての頂点になるはずだった。彼は元素にすごく興味を持っていてね。彼は1週間ビッグ・サーに急ぎ旅をした。そのなかに入りこむためだけにね。山々へ行き、雪のなかに分け入り、浜辺まで下り、プールに入り、夜に出かけ、走り回り、泉の水を飲み、たっぷりの水と空に触れた。そういったすべてのことが彼を取り囲むものへの意識をすごく広げてくれた。(略)

 僕らは火がどうなるのか、水がどうなるのかを知った。彼が僕らにわからせてくれたんだ。空気についても幾らかのアイデアはあった。ところが、そこで止まってしまった。僕らの誰にもそれらを一緒に結びつけるアイデアが全くなかったんだ。(略)

ブライアンは火の部のためのトラックを作った。それは僕が今までに聴いたなかでも最も革命的なサウンドだったよ。彼は実際に火を創り出したんだ。林が燃えている火をね。楽器だけで、効果音無しで――たくさんのストリングスと調整卓の技術で――あれを聴いたら、本当に怖くなるよ。聴くのが怖くなる。すごく圧倒的で……。その頃に街で火事が多発したんだ。(略)

彼はこれに関して僕と何度も話し合ったあげく、消防署で調べてほしいと頼んできた。(略)LAでのその時期の火災が歴史上他の時期よりも多く発生しているかどうかを調べてほしいとね。というのは、彼は本当に感じていたんだ。ヴァイブレーションという言葉がふさわしいと思うけど、ブライアンはすごくヴァイブレーションに興味を持っていて、おかげで今では僕もヴァイブレーションを理解するようになったよ。とにかく、そういった情況で僕らが普通していたように、みんなが笑って彼の言うことを無視していたら、彼はテープを壊してしまったんだ。完全にね。消し去ってしまった。二度と聴くことができないようにね。基本的にはそのことが〈エレメンツ〉をだめにしてしまったんだ。

(略)

[それが最初のつまづきで]

すべてのことがとてもゆっくりと崩壊し始めた(略)ヴァン・ダイクとの一件。あれが決定的な時点だった。(略)

どうやったら、ヴァン・ダイクが既に書き始めていた歌詞に彼の歌詞を加えることができる?それで、彼はしばらくの間録音を中断した。音楽から完全に離れよう、映画に入れこむ時期だ、とか言ってね。僕らはみんな何が起こっているのかわかっていたよ。(略)

そこに、ビジネスがあった。ブラザー・レコードさ。彼はブラザー・レコードのビジネス面に関心を集中させた。そのことが彼を離れさせる……彼にとってのもうひとつの言い訳だったわけさ。

(略)

 ブライアンはボーイズをどのように扱えばいいかわからなかった。回りにいる僕らも新顔だったしね。ビーチ・ボーイズがイギリスから帰ってきたら、この連中がいて、突然いろんなことを言っているんだ(略)

見知らぬ連中が彼らの活動歴、彼らの未来に重要なことをやっていたんだから。そして、ブライアンが、まったく新しいサウンドを創り出していた。もし彼らがリラックスして『スマイル』に取り組めれば、『スマイル』は生まれたかもしれないと思う。だって、忘れちゃいけないのは、『スマイル』は今もトラックだけのアルバムとしてどこかに保管されているんだ。あまりヴォーカルは録音されていないけれど、それでもアルバム全部がね――信じられないようなトラックがアルバム3枚分は優にあるんだよ。

 〈英雄と悪漢〉はあのアルバムの決定的に垂要なトラックだった。元の形のままだったら、『スマイル』の決定的な部分になったかもしれないんだ。発表された形ではなくね。

家族兄弟

[父との関係が語られてから]

デイヴィッド ……デニス、デニスがどんな人かといえば、彼が君を買い物に誘うと、自分のために買うものは何でも君にも買ってくれる。それがデニスさ。彼がモーターサイクルを買いに出かけるとき、もし君がつきあえば、彼は君にもモーターサイクルを買ってくれる……いつもいらいらしている。まったくいらいらしている。どの瞬間に彼が感情を爆発させるのかしないのかまったくわからないんだ。楽しいか悲しいかにかかわらずにね。彼はまったく自由で、動物だよ。ほとんどいつも感情に動かされ、めったに理性に抑えられることのない自由な動物なんだ。素晴らしい弟で、ブライアンが心を通わせられる男だ――ブライアンが心を通わせる気楽な兄弟関係であり、それに信じられないような楽しみの源でもある。ブライアンはデニスについてすごい時間をかけて話したものだ。しまいにはデニスについての長い文句になるけど、明らかにブライアンにとって全員のなかで最も理解しやすい男のようだね。彼はブライアンが共感できる肉体的なことを今も持っている。力や運動能力とかそれらすべてのことね。

ポール サーフィンはデニスからやってきたんですよね。

デイヴィッド そう。ホット・ロッドもね。

ポール 熱中する男なんですね。

デイヴィッド デニスだ。常にデニスだよ。屋外での遊びへの愛情もね。でも、面白いことがある。ブライアンが考えるファンタジーのすべてを、デニスがずっと先まで進めるんだ。言葉を変えると、ブライアンがアイデアを思いつく。でも、それをデニスの頭に吹き込むと、それはたちまち現実になってしまう。つまり、デニスがそれを極端なところまで飛ばすんだ。ブライアンがみんなで海に出れればいいよなと言う。デニスは船を買ってしまう。ブライアンはまだ海について話しているか、出かけるにしても船を借りるだけなのにね。もしブライアンがこう言う。「モーターサイクルがあると最高だよなあ」。デニスはモーターサイクル用の服とモーターサイクルを買い、僕らが見たこともないような山登りをこなしているだろう。それがデニスなんだ。

 そして、カールは精神なんだ。ブライアンは精神的なものを求めてカールのところへ行く。ブライアンはカールが自分の個人的に知る最も精神的な人間だと感じている。(略)或る何かが……ヴァィブレーションのことはカールだよ。ブライアンは深く、感情的にカールとつながっている。すごく、すごく深いところでね。(略)

君はビーチ・ボーイズの連中の人生だけを題材に三部作を書けるよ。すごくたくさんの感情、ドラマがあの家族にはある。(略)ブライアンは常にあのボーイズたちを意識しているよ。絶えまなく彼らを兄弟として人間として意識している。仕事仲間としては本当にめったに意識していないよ。

 これもまた、何故『スマイル』が完成しなかったか、ブライアンが望んだように完成しなかったかの重大な理由だよ。何故なら、彼らがスタジオ内で抵抗したからだ。

ポール そして、完成させる方法のひとつはグループを解散させたかもしれない。でも、彼はそうしなかった。

デイヴィッド それが彼の言っていたことさ。多くの機会にね。でも、僕が思うに実の兄弟たちと別れるよりも、僕のような部外者を排除するほうが簡単だったわけさ。

 ……マイク・ラヴ? 商売人だよ。ブライアンはいつも彼を欲得ずくで、魂のない男だと責めていた――それは全然真実じゃないね、マイクはとてもソウルフルな男だよ。彼はグループのなかで唯一ビジネスのことを知っている男なんだ。同時に、彼は他の誰よりも強く実験に反対した。(略)

ブライアンが最も扱い難い男なんだ。ブライアンが最も対処しにくい男なんだ。

(略)

僕が思うに、ブライアンはたぶん自分自身に言っている。「僕は別のコースをとるべきだった。自分の進もうとした道を前に進み、ビーチ・ボーイズを捨て去るべきだった」と。(略)なぜなら、ある時点で彼は頂点にいたのに、それから下り出したんだから。

『ワイルド・ハニー』

デイヴィッド 『ワイルド・ハニー』アルバムの本当の素晴らしさがわかり始めたのは、『ジョン・ウェズリー・ハーディング』が発表されて、みんながこう言い始めてからなんだ。「ディランが何をすべきか語っている。再び彼が道を先導している。素朴さに戻ろう、制作に手をかけた騒々しいアルバムなんて忘れて、ただ肝心なこと、それだけを表現するんだとみんなに語っている」と。そこで突然僕はまたもやブライアンが真先にやっていたと理解したんだ。

 それこそがまさに『ワイルド・ハニー』なんだもの。それがあのアルバムの内容だ。素朴さに立ち返り、音楽そのものに立ち返っている。1枚のアルバムでどれだけ風変わりなものを作り出せるかなんて忘れてしまおう。僕には、とにかく……それがまさにあのアルバムが僕に語りかけてくることだ。しかも、実のところそれはブライアンがいつもやりたがっていたことをやっているわけさ。彼が最初に〈サーフズ・アップ〉を書いたとき、ピアノの弾き語りだけでみんながすごく興奮したのを思い出すよ。あのとき……あのときにもし君がその近くにいたら、ブライアンがどんな方向に音楽を進めていこうと考えていたかをよく理解できただろうね。あれと同じ種類の欠乏感、嘆願、彼の信じ難いほどの孤独感が『ワイルド・ハニー』のなかにすべて表現されていたんだ。彼のやっているのはある種のソウル歌唱だ。いやあ、『ワイルド・ハニー』はすごくいかしているね。


ワイルド・ハニー +1

アーティスト: ザ・ビーチ・ボーイズ, ビーチ・ボーイズ

メーカー/出版社: ユニバーサル ミュージック

発売日: 2016/04/06

|CD| Amazon.co.jp


ジョン・ウェズリー・ハーディング(紙ジャケット仕様)

アーティスト: ボブ・ディラン

メーカー/出版社: SMJ

発売日: 2014/03/26

|CD| Amazon.co.jp

  • 95年、ブライアン・ウィルソンとの会話

ポール (略)『アイ・ジャスト・ワズント・メイド・フォー・ディーズ・タイムズ』は奥さんとお母さんだけではなく、フィル・スペクターにも捧げられていますね。なぜこれをスペクターに棒げたんですか?

ブライアン ああ、その理由は……何よりも、彼が僕にどうやってそのようなものすべてをやるかを教えてくれたんだから。彼が現われるまで、僕はどうやればいいのかまったくわからなかった。でも、今ではスタジオのなかで何をすべきか知っている。彼が本当に僕をたくさん助けてくれたんだ。

ポール 彼が教えたというのは……彼のレコードを聴いて学んだという意味ですか?

ブライアン その通りさ。よく聴いてはこう言ってたもんさ。「あれはギターなのかピアノなのか、あれはホーンかヴァイオリンかヴォーカルか何だろう?」とか「ああ、すべてがひとつの大きなサウンドに聞こえる!」とかね。それはエキサイティングなものだったよ――最初にそれを聴いたときはね。最初にあのウォール・オブ・サウンド・タイプのレコードを聴いたときには、本当に遠くの方へ連れていかれたんだ。現実の世界から他のところへね。

(略)

僕は常に自分のことをフィル・スペクターの弟子だと考えてきた。それは確かだね。僕はずっとそうだった。それが僕の当然の居場所なんだ。この音楽業界のなかでの。いわば、彼の影にいるようなものさ(笑)。


駄目な僕〜I JUST WASN’T MADE FOR THESE TIMES

アーティスト: ブライアン・ウィルソン, カーニー&ウェンディ・ウィルソン

メーカー/出版社: MCAビクター

発売日: 1995/08/30

|CD| Amazon.co.jp

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2016-08-22 〈インターネット〉の次に来るもの―未来を決める12の法則 このエントリーを含むブックマーク

チラ読み。


〈インターネット〉の次に来るもの―未来を決める12の法則

作者: ケヴィン・ケリー, 服部桂

メーカー/出版社: NHK出版

発売日: 2016/07/23

|本| Amazon.co.jp

ハイパーテキスト

 コンピューターのパイオニアであるバネバー・ブッシュが、ウェブの中核的な考えとなるハイパーリンクのアイデアを構想したのは1945年に遡るが、この概念を最初に補強しようと考えたのはテッド・ネルソンという自由思想家で、1965年に独自の方式を構想した。(略)

 私は1984年に、コンピューターに詳しい友人の紹介でネルソンに会ったが、それは最初のウェブサイトが出現する10年前のことだった。われわれはカリフォルニア州サウサリートの波止場にある暗いバーで会った。彼は近所のボートハウスを借りていて、まるで自由人の風情だった。彼のポケットからは畳まれたメモがはみ出しており、いろいろ挟み込んだノートからは、長い紙の切れ端が垂れ下がっていた。首に紐を付けたボールペンをかけた彼は、人間のすべての知識を整理するという構想について、午後4時のバーには似つかわしくないほどの真剣さで語り始めた。その教義は3×5インチの何枚ものカードに書かれていた。

 ネルソンは親切で魅力的で話も上手だったが、私は彼の話についていくのがやっとだった。だが彼のすばらしいハイパーテキストという考えにはピンときた。彼が主張するには、どんな文書にも、その文書に関連する他の文書を参照する脚注が付されるべきであり、そうすればコンピューターは両者のリンクを見える形にして恒久的に張ってくれるというのだ。それは当時、新しい考え方だった。しかも、ただの始まりに過ぎなかった。彼はおおもとのクリエーターにまで戻って著作者を特定し、かつ読者が文章のネットワークを行き来する過程での支払いをどうトラッキングしていくかという難解な機構をインデックスカードに殴り書きでスケッチし始め、それをドキュバース(docuverse)と呼んだ。彼はトランスクルージョン(transclusion)とかインタートゥインギュラリティー(intertwingularity)という言葉を使いながら、そうした構造を組み込むことで大いなるユートピア的な利益があることを説いた。ばかげたことから世界を救えるというわけだ。

「僕らが本当に作っているのは、AIなんだよ」

 2002年頃に私はグーグルの社内パーティーに出席していた。同社は新規株式公開をする前で、当時は検索だけに特化した小さな会社だった。そこでグーグルの聡明な創案者ラリー・ペイジと話した。「ラリー、いまだによく分からないんだ。検索サービスの会社は山ほどあるよね。無料のウェブ検索サービスだって? どうしてそんな気になったんだい?」。私のこの想像力が欠如した質問こそが、予測すること――特に未来に対して――がいかに難しいかを物語る確固たる証拠だ。だが弁解させてもらえるなら、当時のグーグルはまだ広告オークションで実収入を生み出してもおらず、ユーチューブなど多くの企業買収を行なうはるか前の話だった。私もその検索サービスの熱心なユーザーだったが、いずれは消えていくのではと考えていた大多数の一人だった。ペイジの返事はいまでも忘れられない。「僕らが本当に作っているのは、AIなんだよ」と彼は笞えたのだ。

 私はここ数年、グーグルがディープマインド以外にもAIやロボット企業を13社も買っているのを見て、このやり取りのことを考えてきた。一見すると、グーグルはその収入の80%を検索サービスから得ているので、検索機能の充実のためにAI企業の買収を強化しているように思われるかもしれない。しかし私は逆だと思う。AIを使って検索機能を改良しているのではなく、検索機能を使ってAIを改良しているのだ。あなたが毎回、検索語を入力し、その結果出てきたリンクをクリックしたり、リンクをウェブ上で新たに作ったりするのは、グーグルのAIのトレーニングをしていることになる。あなたが「イースターのうさぎ」の画像検索をして、結果一覧の中から最もそれらしい画像をクリックすると、あなたはAIにイースターのうさぎとはどういう姿なのかを教えていることになる。グーグルが毎日受けている30億回の検索要求の一つひとつがディープラーニングの先生役となってAIに繰り返し教えているのだ。今後10年、このままAIのプログラムが改良され続け、データが何千倍にも増えてコンピューターで利用できるリソースが100倍になれば、グーグルは誰にも負けないAIを持つことになる。(略)

私の予想では、2026年までにグーグルの主力プロダクトは検索ではなくAIになるはずだ。

コピーできないモノとは

この新しいオンラインの世界では、コピー可能なものはすべて無料でコピーされる。

 経済の普遍的な法則では、何かが無料でどこにでもあるようになると、その経済等式における位置が逆転する。かつて夜間の電気照明が新しく希少だった時代、貧乏人はロウソクを融通し合って使っていた。その後に電気が簡単に使えてタダ同然になると、人々の好みは逆転して、夕食のテーブルにロウソクを灯すのが豪華だと思われるようになった。工業化時代には、手製の一品物よりも、正確なコピーの方に価値があった。発明家が作った不恰好な冷蔵庫のオリジナルな試作品をほしがる人などいなかった。誰もが完璧に動くクローンの方をほしがったのだ。(略)

 現在、価値の軸は再び反転している。無料コピーの奔流が、既存の秩序を脅かしているのだ。膨大な無料のデジタル複製物で溢れかえるこの過飽和状態のデジタル宇宙では、コピーはあまりにありふれていて、あまりに安い――実際はタダ同然――ので、本当に価値があるのはコピーできないものだけとなった。(略)その代わり、コピーできないモノは、希少化して価値を持つ。(略)

では、コピーできないモノとは何なのか?

 例えば信用がそうだ。信用は大量に再生産はできない。信用を卸しで買うこともできない。(略)

誰か他人の信用を複製することなどできない。信用は時間をかけて得るものなのだ。(略)

ブランドカのある会社は、そうでない会社と同じような製品やサービスにより高い値段を付けることができるが、それは彼らが約束するものが信用されているからだ。信用が手に触れられないものである限り、コピーで飽和したこの世界では価値を増すのだ。

 他にもコピーできない信用のような資質はたくさんあり、それらが現在のクラウド型経済では価値を特ってくる。(略)

以下には、「無料より良い」八つの生成的なものを列挙する。

即時性(略)

多くの人は映画作品の公開初日の夜にかなりの金額を払って映画館に観に行くが、その作品はいずれ無料になったり、レンタルやダウンロードでほぼタダになったりするものだ。つまり本質的には、彼らは映画にお金を払っているのではなく(無料でも観られる)、即時性に対して払っているのだ。(略)

パーソナライズ

 コンサートを録音した一般的な盤は無料になるだろうが、あなたの部屋の音響環境にぴったりに調整されて、まるで家のリビングルームで演奏されているような音が出るなら、かなりお金を払ってもいいと思えるだろう。(略)

本の無料コピーがあったとしても、出版社があなたのこれまでの読書歴に合わせて編集してくれればパーソナライズできる。(略)

こうしたパーソナライズのためにはクリエーターと消費者、アーティストとファン、プロデューサーとユーザーの間でやり取りを続けなくてはならない。相互に時間をかけて行なわなくてはならないために、それは非常に生成的なものとなる。マーケターはこれを「粘着性」と呼んでいるが、それは相互にこの生成的な価値にはまり、さらに投資することで、その関係性を止めてやり直そうとはしなくなるからだ。この手の深い関係は、カット&ペーストすることはできない。

解釈

 「ソフトは無料ですが、マニュアルは1万ドルです」という古いジョークがある。しかしもはや冗談ではない。レッドハットやアパッチといった高収益を叩き出す企業は、フリーソフトの使い方を指導したりサポートしたりしてビジネスをしている。ただのビットに過ぎないコードのコピーは無料だ。その無料のコードにサポートやガイドが付くことで、価値のあるモノになる。

(略)

信頼性

 流行のアプリを裏ネットで無料で手に入れることはできるかもしれないが、仮にマニュアルは要らなくても、そのアプリにバグがないことや、マルウェアやスパムでないことは保証してほしくなるかもしれない。その場合、信頼のおけるコピーには喜んでお金を払うだろう。同じ無料ソフトでも、目に見えない安心がほしくなる。あなたはコピー自体ではなく、その信頼性にお金を払うのだ。グレイトフルデッドの演奏の録音は雑多なものがいくらでもあるが、バンド自体から信頼できるものを買えば、自分がほしいものが確実に手に入るし、それは正真正銘このバンドが演奏したものだ。

(略)

アクセス可能性

 所有することは得てして面倒なことだ。いつも整理し、最新のものにし、デジタル素材だったらバックアップを取っておかなくてはならない。いまやモバイルが普及し、いつもそれを持ち歩かないといけない。私も含め多くの人々が、自分の持ち物の面倒を誰かに見てもらって、あとは会員登録してクラウドから気ままに使いたい。(略)

有料のサービスに加入していれば、無料の素材にすぐアクセスできて、自分の使っているさまざまな端末で使え、しかもユーザーインターフェースがすばらしい。これは一部、アイチューンズがクラウド上で実現している。どこかで無料でダウンロードできる楽曲でも、使い勝手よくそれにアクセスするためならあなたはお金を払う。そのときの対価はその素材自体ではなく、いちいち保管する手間をかけず簡単にアクセスできることなのだ。

(略)

支援者

 熱心な視聴者やファンは心の中ではクリエーターにお金を払いたいと思っている。ファンはアーティストやミュージシャン、作家、役者などに、感謝の印をもって報いたいと思っている。そうすることで、自分が高く評価する人々とつながることができるからだ。しかし彼らがお金を出すには、かなり厳しい四つの条件がある。1.支払いが非常に簡単であること、2.額が妥当なこと、3.払ったメリットが明快なこと、4.自分の払ったお金が確実に直接クリエーターのためになっていることだ。バンドやアーティストがファンに無料のコピーの対価として好きな金額を払ってもらう投げ銭制の実験が、そこかしこで始まっている。

(略)

発見可能性

 (略)見つからない傑作には価値がない。(略)毎日のように爆発的な数のものが作られる中で、見つけてもらうことはどんどん難しくなっていく。ファンは数えきれないほどのプロダクトの中から、価値あるものを発見するために多くの方法を駆使する。(略)お勧めの番組を教えてもらおうとTVガイド誌を買う読者が100万人もいたのはそれほど昔のことではない。ここで強調しておきたいのは、そうした番組が無料なことだ。TVガイド誌は、ガイドしている3大ネットワークのテレビ局を合わせた以上の収入を得ていたと言われる。アマゾン最大の資産はプライム配達サービスではなく、この20年にわたって集めた何百万もの読者レビューだ。アマゾンの読者は、たとえ無料で読めるサービスが他にあったとしても、「キンドル読み放題」のような何でも読めるサービスにお金を払う。なぜならアマゾンにあるレビューのおかげで、自分の読みたい本が見つかるからだ。(略)

こうした事例では、あなたは作品のコピーではなく、発見可能性にお金を払っている。

 以上の八つの性質はクリエーターにも新しい手法を求めてくる。流通を制したからといって、もはや成功は約束されないのだ。流通はほとんど自動化され、すべてが流れとなる。天にまします偉大なるコピーマシンが、すべてやってくれるのだ。コピー防止の手法も、コピーというものが止められない以上もはや有効ではない。コピーを禁じようと法的な脅しや技術的な策を練っても効果はない。一時的に囲い込んで欠乏状態を作っても役に立たない。それよりも、こうした八つの新しく生成するものが教えてくれるのは、マウスのクリック一つでは簡単にコピーできないような性質を育てようということだ。この新しい世界で成功するには、新しい流動性をマスターすることが求められるのだ。

(略)

 流動性によって新しい力が生まれた。もうラジオDJによる専制ではない。流動化した音楽なら、アルバム内やアルバム間で曲の順番も変えることができる。ある曲を縮めたり、引き伸ばして倍の長さにしたりして聴くこともできる。他人の曲の一部をサンプリングして、自分の曲に使うこともできる。曲の歌詞だけを替えることもできる。(略)

 重要なのはコピーの数自体ではなく、一つのコピーが他のメディアによってリンクされ、操作され、注釈を付され、タグ付けされ、ハイライトにされ、ブックマークされ、翻訳され、活性化されたその数だ。(略)

重要なのは、その作品がどれだけうまく〈流れていく〉かなのだ。(略)

サブスクリプション方式

 アマゾンの創業者ジェフ・ベゾス2007年に初めてキンドルの端末を紹介したとき、それはプロダクトではないと主張した。そうではなく、読むものへのアクセスを売るサービスだと言うのだ。その話はその7年後にアマゾンが、約100万冊の電子本を読み放題にするサービスを開始したときに、よりはっきりしたものになった。読書好きの人はもう個々の本を買う必要はなく、キンドルを1台購入することで、現在刊行されているほとんどの本へのアクセスを買うことになるのだ

(略)

 「所有権の購入」から「アクセス権の定額利用」への転換は、これまでのやり方をひっくり返す。所有することは手軽で気紛れだ。もし何かもっと良いものが出てきたら買い換えればいい。一方でサブスクリプションでは、アップデートや問題解決やバージョン管理といった終わりのない流れに沿って、作り手と消費者の間で常にインタラクションし続けなければならなくなる。それは1回限りの出来事ではなく、継続的な関係になる。あるサービスにアクセスすることは、その顧客にとって物を買ったとき以上に深く関わりを持つことになる。乗り換えをするのが難しく(携帯電話のキャリアやケーブルサービスを考えてみよう)、往々にしてそのサービスからそのまま離れられなくなる。長く加入すればするほど、そのサービスがあなたのことをよく知るようになり、そうなるとまた最初からやり直すのがさらに億劫になり、ますます離れ難くなるのだ。それはまるで結婚するようなものだ。

(略)

 アクセス方式のおかげで消費者が製作者により近づき、あるいは消費者がますます製作者のように行動するようになって、1980年に未来学者のアルビン・トフラーが命名した「プロシューマー」になっていく。ソフトウェアを所有する代わりにアクセスすれば、そのソフトが改良されたときにそれを共有できる。それはまた、あなたが雇われたことも意味する。あなたは新たなプロシューマーになり、バグを見つけて報告するよう促され(会社のQ&A部門の人件費を抑え)、フォーラムで他のユーザーからの助言をもらい(会社のヘルプデスクの人件費を抑え)、自分用にアドオンや改良版を開発する(高コストの開発部門を代替する)ことになる。アクセスによってそのサービスのありとあらゆる部分とのインタラクションが増えていくのだ。

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