本と奇妙な煙 このページをアンテナに追加 RSSフィード

1000 | 01 |
2003 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2004 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2005 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2006 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2007 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2008 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2009 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2010 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2011 | 01 | 02 | 03 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2012 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 10 | 11 | 12 |
2013 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2014 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2015 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2016 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2017 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2018 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 |

2005-12-21

[]SmackdabushMix公開 SmackdabushMix公開を含むブックマーク

ここで聴けます→→(音と奇妙な煙)

[Playlist]

Pankow / Art&Madness


Lukin Orgel / Wieff


Sudden Sway / Bejamboree Jam


Bob Sinclar / Eu So Quero Um Xodo


Global Communication /

The Groove (Modwheel Mix)


Eddie Fowlkes / Where will I be?

Eddie's Dub Mix

死ぬかと思ったというより 死ぬかと思ったというよりを含むブックマーク

明け方イヤな感じに襲われる。

全身生きる気力ゼロというか自己を維持することが不可能というか、ともかく、こんな状態は耐えられないので死んだ方がマシという状態で、ヤバイよ、ヤバイよ。

何しろたまに落ち込むこともあるけれど毎日いたって元気ですという性格なので、こーゆー精神状態は初体験。確かに現在軽いストレス状態なのだけれど、昨夜は上記DJMIXを公開したところでどちらかといえば一息ついて気分よく眠りについていたわけで、こんな状態になる見当がまったくないので、尚更コワイ。

よく自殺者の周囲が「そんな様子は全くなかった」なんて言ってるのを、そりゃ単に気付いてないだけだろうと思っていたけど、今なら言える。確かに突然自殺してもおかしくない。

とりあえずこのままだと自殺しそうだったので、楽しいことを考えて気分をそらしつつ、さっきの精神状態をふりかえろうとして、そうするとヤバイので、意識をそらしつつ、そんな精神状態になる心当たりはないし

[とここまで書いたところでめんどくさくなったので、続きは明日。それにしてもちょっと今日眠るのがコワイ]

2005-12-19 アメリカ古典/D.H.ローレンス このエントリーを含むブックマーク


アメリカ古典文学研究 (講談社文芸文庫)

作者: D.H.ローレンス,D.H. Lawrence,大西直樹

出版社/メーカー: 講談社

発売日: 1999/10

| 本 | Amazon.co.jp

D.H.ローレンス、アメリカを語る

でも、とにかく自由を求めていた。たしかに、自由の人々の国である。ここは自由の人々の国である。もし僕がなにか不穏当なことを発言すれば、自由な群衆は僕をリンチにあわせる。これが僕の自由である。これが自由だろうか。僕はかつて個々人が同胞の人々をこれほどまであからさまに恐れている国を訪れたことはない。なぜなら、繰り返しになるが、ある人が自分は他の人と同じではないと示した途端に、人々は自由にその男をリンチにかけるからである。

(略)

ここに到着して彼らが確立したものは何か。それを、自由と呼んでいいのだろうか。

彼らは自由のためにやってきたのではなかった。あるいは、もしそうだったとしても、彼らは残念ながら自らを欺いてしまったのだ。

そうなるといったい彼らは何をもとめてやってきたのだろうか。それには多くの理由があった。逃げるためだ。となるとそれは何から? 逃げられるものすべてから。それが理由で多くの人々がアメリカヘやってきたのだ。そして、今でもやってきている。自分の今とこれまでのすべてから逃れるため。

「これからは主人なしだ」。

それならそれですべて結構なことだ。しかし、これは自由ではない。むしろその反対である。強制の絶望的な形だといえる。自分が本当に積極的に欲する何かを見つけない限り、それを自由と呼ぶことはできない。アメリカの人々は自分が何者でないかをつねに叫び続けてきた。もちろん、そうでない人達もいる。すでに百万長者になった人々か、いまそう成りつつある人達である。

アメリカはかつてから気楽なところではなかった。また今だって容易なところではない。つねにアメリカ人はある種の緊張のなかにあった。彼らの自由とは、まったくの意思と、まったくの緊張の産物である。その「自由」とは、汝かくかくをすることなかれ、というもとでの自由である。その最初の戒律が「汝みずからを支配者と思い込むことなかれ」であった。それゆえに民主主義なのである。

ユーロッパ賛江

このようにアメリカ化や機械化がなされてきたのも、ただひとつ、過去を打ち倒すことが目的だった。ところが、アメリカの現状はどんなものだろうか。自分の鉄条網にからみつかれ、自分の機械に支配されている。「べからず」という自分の鉄条網にやっつけられ、たとえて言えば、無数の籠のなかで走りまわっている無数のリスのようだ。自分の「生産」機械のなかにがっちりと閉じこめられてしまっている。これではただの笑い草だ。

いまがチャンスだ、ヨーロッパよ。さあ、「地獄」の混乱を巻き起こして、君自身をとりもどしたまえ。自分でカヌーを漕いで新しい海に漕ぎ出したまえ。アメリカが肥やし同然の黄金の山にねそべって、自分が張りめぐらしたべからずだらけの理想、べからずだらけの道徳の鉄条網に首をしめられているあいだに。無数の籠に閉じこめられた無数のリスのように、アメリカが働きに出ているあいだに。生産にうつつを抜かしている間に。「地獄」の混乱を巻き起こして、君自身をとりもどすのだ、ヨーロッパよ。

ナサニエル・ホーソーン評

アメリカの芸術と芸術意識とのあいだには、いつもこのような分裂がある。表面はいかにもパイの形のように見栄えがよい。飾り立てて気取っていて、しかも、甘ったるい。

(略)

しかし実のところ、彼らは蛇のような存在であった。彼らの芸術の内面の意味を見ていただきたい。彼らがどれほど悪魔的存在であったかが分るはずだ。

諸君はアメリカの芸術の表面にだまされずに、アメリカ内部まで見透して、内面にひそむ象徴的な意味の魔性を見究めなければならない。そうでなければ、アメリカの芸術など単なる子供だましだ。

あの青い眼の可愛いこちゃんのようなナサニエルが、実は、自分の内なる魂の中にひそむ受け入れ難い要素を知っていたのだ。それを表に出すについて、彼は注意深く飾りたてたのだ。

いつもおなじことだ。意図的に作られたアメリカ人の意識は、きわめて美しくなめらかである。しかし意識下ではきわめて悪魔的である。「壊せ、壊せ、壊せ」と意識下では響き渡っている。「愛して、作り出せ」「愛して、作り出せ」と意識の上では甲高い声がする。そして、世界が耳にするのは「愛して、作り出せ」のほうだけで、意識下の破壊的な響には耳をかそうとしない。いずれ、どうしても聞かざるをえない時がくるまで。

全世界を愛するという、わざとらしい愛の「興奮」。

人間は長いあいだ、理性と精神をとおして完璧になり得ると信じてきた。そう熱心に信じてきた。純粋な意識そのものに夢中になってきた。純粋、貞潔、精神の翼を彼らは信じてきた。

その後すぐに、アメリカは精神の鳥の羽をむしり捨てた。アメリカは、すぐに精神に対する信仰を殺してしまった。ところが、実践の方は殺さなかった。実践の方は、辛辣にも、猛烈な勢いで続行したのである。アメリカは内心、精神や意識をまったく軽蔑していながら、外面では相変らず、人間の精神性や、普遍的な愛や、「知ること」を絶えまなく、麻薬常用者の慣習のように実践している。内心では、まったく気にもかけていない。欲しいのはもっぱら「興奮」。全世界を愛するという、わざとらしい愛の「興奮」。それから、何でも知って知って知ろうとする、飛び廻る飛行機のような素敵な「興奮」。そして、「理解する」というすべての興奮の中でも最も美しい興奮。ああ、いとしいアメリカ人たちよ、何と多くを彼らは理解しているのだろうか! それほど彼らはトリックがうまい。自己欺瞞のトリックなのだが。

この見せ物を明らかにしてくれるのが『緋文字』なのだ。

「パール」という名の女

罪を犯そうにも背くべき神がいないとしたら、彼女は何を為すのであろう。もちろん罪を犯しようがないのだ。彼女は陽気に自分の道をゆき、好きなように振舞うだろう。そしてもししくじったら、彼女は言うだろう。「たしかに、わたしはそれをしました。でもわたしは、それが一番よいと思ってしたのです。だからわたしに罪はありません。他の人のせいです。でなければ、『あれ』のせいかもしれません」。

彼女には罪はないのだろう。どんなことがおきようと、パールの罪ということはありえない。

そして今日の世界は、まさにこうした真珠(パール)の繋がりである。アメリカもまた、完全な無きずのパールだけで出来ている大きな真珠の首飾りのようなものだ。そもそも罪の対象になる神を持たないのだから、何をやったところで、罪になるはずがない。単なる人間ばかりだ。自分の霊を持っていない人間ばかりだ。

パールたちの集団!

ああ、パール(真珠)とは何という皮肉だろうか! 何とまあ辛辣な皮肉を孕んだ名前をつけたことだろう、ああ、ナサニエル、君は偉い奴だ! ああ、アメリカよ、アメリカこそはパール、まさに傷一つないのだ!

2005-12-18 アメリカニズム このエントリーを含むブックマーク


アメリカニズム―言葉と気質 (1979年)

(岩波新書): 坂下 昇

| 本 | Amazon.co.jp

草の根とは分捕り主義

「人民」の揺れ動く影はまだつづく。『草の葉』の詩人ホイットマンが『民主主義展望』(1871年)を書き、政治の腐敗を激しく弾劾してから間もなく、偶然か皮肉か、こんどは草の根民主主義 grassroots democracy なるものが叫ばれるようになった。この語自体が屈折した影をひいている。今日の意味、「大衆の間から盛り上がった」とは似て非なる、あちこちの草の根の下からいつ何どき金銀が転がり出るかもしれぬ時代に直面しての機会均等主義を求めたのが、この語の発端だったのである。機会均等主義とは、実は気の利いた者、コネのある者、早い者勝ちの分捕り主義にほかならない。それはまた不法占拠を正当化するsquatter sovereignty(居住者主権)の考えでもあり、牛を丸ごと焼いて好き勝手に喰い合うあの”バーベキュー″の巨大版だ。この主張で人気を取った”イリノイの小さな巨人″ダグラスに対して、リンカーンが必死の論戦を試みたことも歴史に名高い。しかし、西部発展の基礎づけが、このような機会均等主義にあったこともまた事実であった。この”草の根ボナンザ”(金鉱当て)の熱が冷めて、やがて人民側の主張は、「はじめに」に書いた populism へと移ってゆくのである。

米国憲法はその前文で、「われら合衆国の人民は」と声高らかに謳っているように見える。だが、人民の範囲の規定はどこにもない。

"let alone"が南北戦争の係争点

西欧伝統の通商の自由放任主義 Laissez-faire もアメリカにくると、独立と個人主義のニュアンスをもつ口語 let alone(放っておけ)に置き換えられた。こう訳したのはコモンセンス哲学のフランクリンで、いかにも彼らしい才覚である。(略)

英国側がホッブズの主権国家論を持ち出し、植民地支配の妥当性を主張したとき、フランクリンは「自由の子らよ、この腐敗を去り、運命の手に委ねよ」と、一見無責任のような応酬をしているけれども、宇宙秩序の自己発展を信ずる彼には、let aloneが自由と個人主義の標章に見えたのではなかったか? のちの歴史に照らしてみると、「連邦」の大義をかざす北部と州権主義に立てこもる南部が対立した南北戦争直前の情勢をまったく逆転させたものになっている。どちらも論争が体制の死活にかかかる深刻なものだっただけに、言葉というものの持つ端倪すべからざる様相を思わずににいられない。

事実、このlet aloneこそ、奴隷制度と「自由な准州」(とくにキャンザス)をめぐる抗争に端を発した南北戦争の精神的な係争点だったのである。この時代のsine qua non(必須条件)はまるで「放っておけ」にあったような観を呈する。のちに南部同盟の大統領となったジェファスン・デーヴィスはその就任演説の結びに、All we want is to let alone.といった。

本来の「中道」は長州イズムど真ん中

裏切られた南部派ポピュリストはまったくの非妥協派と化し、両政党はおろか自党の東部派、西部派のいずれにも与しない、「道のまん中」政策を標榜したのだった。そして、最後のポピュリストたちが(かつての西部派は民主党に吸収、統合され、彼らだけが徹底的ポピュリストとなったわけで)、孤塁を守りつづけ、ようやく1912年にその運動は終息するのである。通算40年の歴史であった。

そこで、このパトワの意味を時代にもっとも密着して収録した1918年のセンチュリー辞典は、次のように説明する。


「Middle‐of‐the‐road ポピュリストのうち、とくに1896年の大統領選挙戦で自派から候補者を出すこと、および民主党の指名者を受け入れることを拒否することを主張するー派をいう。(略)西部の一部にあった習慣に由来するものといわれる。待ち伏せしている敵による襲撃から身の安全を守るために、道のまん中を歩くという習慣がそれである〔米、政治用スラング〕)


明らかに、裏切られた南部人の、右をも左をも依り頼まぬ、護身と非妥協の姿勢を示すとともに、第三党としてわが道を往かんの気概を示すものだ。当代の地方語辞典は、この語だけでan out-and-out Populist(徹底的ポピュリスト)を示すと書き、"狂信者″だとも書く。

2005-12-14 作家の誕生 このエントリーを含むブックマーク


作家の誕生

作者: アラン・ヴィアラ,塩川徹也,辻部大介

出版社/メーカー: 藤原書店

発売日: 2005/07

| 本 | Amazon.co.jp

二枚舌の誤魔化し方

また、政治的同盟関係の変化にともなって、作家の態度も豹変するということも起こりえた。叛乱を起こしたパトロンがそれを悔い改めるような態度を示せば、作家は叛乱の扇動者を演じた舌の根も乾かぬうちに和平を歌いあげなければならないし、その逆もまた然りである。

この時代、著者たちが結果的に二枚舌のような態度を示すというのはいささかも珍しい事象ではなかったといえる。臆面もなく意見を二転三転させながら続けざまに作品を繰り出す著者もいた。しかしながら、言葉の無意味な機械的反復に陥ることを是としない著者たちにとって、二枚舌は難しい駆け引きである。前言を翻すにしても、それは自己の言説の一貫性を損なうことなく行わねばならない。下手にやれば、立場が変わった時、新たに歓心を買わねばならない読者(パトロン)の目に、その新たな立場の価値やアピール力を失わせることになりかねない。いくつかのテクストが曖昧であったり、複雑きわまりないものであったりするのは、このような事情に起因する。

フロンドの乱の際、最初は反マザラン派だったシラノ・ド・ベルジュラックはマザリナード(反マザラン文書)を書きまくった後、親マザランに転じ

先にいくつも書いたマザリナードなどまるでなかったかのごとく、以前自分がマザランに向けて書いたもろもろの非難を論駁し、あるいはそれには触れずにすます。特に注目すべきは、マザランに対する侮辱的な文書を率先して書いたとして、スカロンを攻撃することである。ライバルである同業者の二枚舌を槍玉に挙げることで、シラノは自分自身の二枚舌から世人の注目をそらそうとするのだ……

テクストの尊重権。「オレの文章に手を出すな」という意識の前に、ヘタに歪曲されると生命の危機。

教会と国家が異端や不敬罪を理由に死刑を宣告することができた時代において、テクストの尊重権はきわめて重要な意味を持っていた。キリスト教自体が一つのテクスト群(聖書、教父、神学的著作)に立脚するものであるために、教会の権威筋はもとより一介の私人にも、教義に背く疑いのあるあらゆる文書を告発する権利と義務があったのである。

模倣は文学的美徳だが盗作は駄目

[17世紀]はアイデアを借用することは正当であるとみなされ、推奨すらされていた。もしそうでなかったとすれば、模倣の教義が価値として認められ、確立されることなどありえなかっただろう。これに対し、形態上の引き写しは禁じられていた。この時代におけるもろもろの文学活動からは、模倣、盗作、書き直しをはっきり区別するための模索の跡が窺える。しかもこの区分は、古典古代の文学に対する崇拝ゆえにそれをふんだんに書き直したり引用したりするという慣行があっただけに、ますます微妙な問題だった。死んでから長い時間が経過している著者からの借用が少しばかり多すぎたとしても、それはその著者に対する崇拝の念が行きすぎた結果であるとみなされ、せいぜい道徳上の権利しか侵害せず、実害をともなうことはない。しかし生存中の著者に対して同じことをすれば、それは著者の作者権と所有権を侵害することになるのだ。

盗作のススメ?と誤解され

文学活動が進展しつつある中で、ただちにこの動きに乗じたいと願う新人たちは、自分の作品をふくらませるために他人の作品から臆面もなく借用していた。こうした行為は模倣の理論から逸脱した考え方によって支えられていた。(略)リシュスルスのフランス語で書かれた『雄弁家の仮面』など、多くの理綸書が盗作は正当化し得るという考え方に根拠を与えたのである。


『雄弁家の仮面』は、模倣と盗作の間に境界線を画定することの曖昧さをよく示している。リシュスルスは自分の教説を盗作主義と名づけている。この名称自体は引き写しを正当化しているように見えるけれども、これは引き写しをする人の「盗み」を告発し、書き直しの理論を告げるものなのだ。彼の目指すところは、優れた作家の作品をどうやって「変装させ」、そこから「新たな傑作」を生み出すことができるか教えることである。こうした目標を掲げて、彼は増幅法、縮小法、置換法……、といった技法の一覧を提示する。少なくとも最初の二つの技法では、変形は表現上の形態(文章、文体)のみを対象とし、元となる作品の内容上の形態(構成、構造)はそのまま使われている。こうした曖昧さのために、リシュスルスは微妙なニュアンスに十分な注意を払わない読者の目には盗作の新たな信奉者と映った。

強大な力を持っていた印刷業者の凄い言い分。著者が自分で本売るな。

書籍印刷販売業組合は著者の自主配給に断固反対していた。そこで、同業組合は国務会議に『趣意書』を提出し(1652年)、次のように主張した。「われわれ書籍印刷販売業者の意図するところは、巷で流れている悪意ある噂のごとく、著者に対して圧政を敷くことでもなければ、本の印刷のためにかかった出費を取り返そうとすることでもありません。そうではなく、著者が自分で本を売ったり、宣伝のためのポスターを自分の名において掲示させたりするのは、理にかなっていないと主張しているのであります。なぜならそれは書籍印刷販売業者の役目であり、著者にはその権限も資格もないからであります。(略)

つまり書籍印刷販売業者は、著者が法的に彼らに従属し、著作権がその適用において事実上制限されることを要求していたのだ。

昔から「仲間褒め」の世界なわけです

学識と情報を握る彼らは、批評家の役割を果たすことで、ある著作の評判の大筋を決定し、世評をあやつっていた。こうして、出世の階梯を辿る作家であれ、やや専門的な書物の出版に及ぶ偶発的な著者の場合であれ、彼らにとって理想の読者となるだけでなく、本が売れるかどうかの鍵をにぎるのは、他ならぬ彼らの同輩であった。さらに、拡大した公衆の支持を当てにする者たちにしても、実際には、自分の競争相手や商売仇となりうる同業者こそ、作品の評価のみならずその売上げをも左右するものであったことは、想像にかたくない。

著者auteurは「創造者」を意味するギリシャ語(autos)からではなく

増やすという意味のaugeoから派生したauctorというラテン語から来ている。この時、著者とは何かを新たにつけ加える者ということになるだろう。(略)文芸の分野ではこの語はとりわけ、特に絶対用法では、古典古代の著作家に用いられた。このとき著者は権威(auctoritas)の概念と結びつけられることになる。

この二重の語源は、著者の権威が創造者としての資質に立脚するという意味の体系を形成する。こうして著者の生みおとした子供としての書物というイメージが、文学的創造のありふれた神話となる。厳密な意味での答者とは創造的な作品を作る人ということになるだろう。ソレルは、本を書くために何も「書き写したり盗んだり」していない人々こそが「本当の意味での著者である、われわれの最も偉大な作家たちについてそう言われたように、自分の作品の創造者なのだから」と名言している。

2005-12-13 マーシャル・プラン、フォレスタル このエントリーを含むブックマーク

穴埋めで「トイレで古い新書を猛烈に消化する」シリーズ。


マーシャル・プラン―自由世界の命綱 (中公新書)

作者: 永田実

出版社/メーカー: 中央公論社

発売日: 1990/05

| 本 | Amazon.co.jp

トルーマン・ドクトリン

英外務省も、たかだか「4億ドル」程度のギリシャ援助の肩代わりを発表するだけなのに、米国の大統領が行使した「大騒ぎ」に驚きの色を隠さなかったと伝えられ、「これではソ連に対する宣戦布告とみられかねない」という声すら出た。

[前年中間選挙での敗北からトルーマンは「打ち上げ花火」の必要に迫られていた]

単純なまでに明確化された原理の方が、訴える力を持つ。トルーマン・ドクトリンがその後長く米国の外交政策、とりわけ対ソ政策の基本原理として生き廷びたのはその深遠さの故にではなく、単純さの故にであろう。

ジョージ・ケナンの「封じ込め理論」(1946年に登場)は実際

ソ連の権力はその内部に自分を亡ぼす種を含んでおり、この種の発芽がかなり進行しているという可能性が残ることになる。

といった放置プレイの勧めであった。

封じ込めは、ナポレオンの大陸封鎖のような「ブロッケイド」ではないし、ましてダレス国務長官が宣言した「巻き返し」政策のように、相手に対する攻撃的で干渉主義的な政策とは違うのである。長期の持久戦がその本質である。その間にソ連はじわじわと内部に宿す崩壊の種を育て、自ら変化せざるを得ないだろう、というケナンの考えである。確かに、これは具体的な政策というよりは、歴史のものの見方に近い考えだろう。

ケナン自身の分析による誤解を招いた理由

‥豌しについての説明がなく、ソ連体制の脆弱性を周辺にまで及ぼす議論をしなかった、封じ込めは軍事的封じ込めでなく政治的脅威の政治的封じ込めであることを明確にせず、肝心の点で誤解を招いた、Iじ込めの地域区別を明らかにしなかった

米西戦争がもたらした海軍重視は日本にも

短期圧勝に終わった米西戦争は、アメリカにとって「すばらしい小さな戦争」(ジョン・ヘイ国務長官)であった。すでに国内でフロンティアを失っていたアメリカは、フィリピン、グアム、プエルトリコなどを領有、ハワイも併合して、〈世界帝国〉としての道を歩み始めた。〈明白な運命〉という言葉が、これを正当化する。米西戦争で、アメリカは世界第2位の海軍力を遺憾なく発揮した。この戦争に先立つこと8年、アルフレッド・マハン提督は有名な『海上権力史論』を著し、主として大英帝国の興隆の歴史をたどりながら、大海軍を中心としたシーパワーによって制海権と通商支配を確保する海外膨張論を説いていた。彼の思想は、次の大統領セオドア・ローズヴェルトや、ドイツ皇帝ウィルヘルム二世、さらには日本海軍にも大きな影響を与える。

大恐慌の際に自分だけはうまく株を売り抜け他人に大損害を与え罪悪感にかられた<ウォール街の鬼才>フォレスタルはニューディール政策に積極的に参加

一方、ウォール街の仲間たちは、彼らを〈ホプキンス子飼いの大金持たち〉と皮肉った。彼らより一世代上のバルークなどは、「国民にはよくわかっていないだろうが、われわれはフランス革命よりももっと過激な革命の中にいるのだ」と、ニューディール政策を非難していた。大企業よりのビジネス雑誌『フォーチュン』も、ローズヴェルトが相次いで設立する行政委員会を皮肉って、「委員会の委員会による委員会のための政府」と呼んだ。

まず海軍ありきの戦略&仮想敵国

「もっとも重要なことは、戦後海軍が空母海軍であったということである。そのため海軍関係者には、空母がもっとも効果的に作戦行動をとりうる地域と、合衆国の国益とを同一視する傾向が生まれてきた」と、アメリカ外交史の碩学アーネスト・メイは述べている。もとより、ソ連は巨大な陸軍国だが、このビヒモス(旧約聖書ヨブ記に登場する陸の怪獣)を海洋から封じ込めるという使命抜きには、戦後のアメリカがリヴァイアサン(同じく海の怪獣)として存立することは不可能であった。

この点で、陸軍は対ソ封じ込めの主力ではなかった。スティムソンやマーシャル、アイゼンハワーら陸軍首脳が、フォレスタルほど反共イデオロギーの虜ではなかったことは、決して単なる偶然ではあるまい。むしろ、陸軍はドイツ占領でまだまだソ連との協力を必要としていた。

空母無用論

他方、独立を悲願とする陸軍航空部隊は、戦略爆撃機を武器にして海軍無用論に類する”空爆”を重ねていた。東京大空襲の指揮官として知られるジェームズ・ドーリットル将軍は、「空母には二つの特徴がある。一つは動き回れることであり、いま一つは沈められることである」、「十分な航続距離をもつ航空機が開発されれば、空母など無用の長物になる」などと公言して憚らなかった。

狂った長官。マジで自殺する五秒前。

このころには、フォレスタルの心を病魔が蝕んでいることが、明らかになってきた。1948年暮れの閣議のことである。クリフォード大統領特別顧問は、国防長官のうしろに着席した。会議中にフォレスタルがしきりに頭のうしろを爪で引っ掻いているのに、クリフォードは気づいた。やがて皮膚はー面真っ赤になり出血しだした。それでもフォレスタルは止めない。クリフォードは得体の知れない恐怖に包まれながら、ただそれを見守るしかなかったという。

コードネーム「ナイチンゲール」

ウクライナ民族主義者組織(OUN)という集団があった。OUNはウクライナの独立を求めて、戦前にソ連国内で過激な地下活動を展開していた。やがて、ナチス・ドイツがソ連に侵攻すると、OUNは彼らと手を組み、何千人というユダヤ人に共産主義者のレッテルを貼って虐殺した。戦後になると、当然OUNは追われる身となった。しかし、CIAが彼らに目をつけた。CIAはOUNに資金・武器を提供し、さらにはアメリカ国内で軍事訓練を施して、反政府活動のためにソ連に送り返していたのである。この秘密計画のコード・ネームが「ナイチンゲール」であった。

2005-12-10 財界とは何か このエントリーを含むブックマーク


財界とは何か

作者: 菊池信輝

出版社/メーカー: 平凡社

発売日: 2005/10/25

| 本 | Amazon.co.jp

1948年日経連結成宣言における「経営権の確立」とは

だが、この「宣言」で言われている「経営権の確立」は、別に企業の株式を乗っ取り屋から守るということではない。ここで行われているのは、なんと、労働組合から企業の支配力を取り返そう、ということなのである。

当時は、なにしろ同友会が今後の企業経営を経営者と資本家と労働者の三者協議にしようなどと言い出すぐらい、個別企業では労働組合の圧力の前に経営者が縮み上がる、という状況にあった。

ひどいところでは経営者が赤字操業を嫌って生産放棄した工場が労働組合によって勝手に稼働した、などということもあった。これは「生産管理」あるいは「人民管理」と呼ばれ、経営者たちはそれを畏怖した。

労使秩序崩壊がもたらしたもの

同友会や経団連は生活の安定感や出世期持の消滅にともなう労働者意識の変質をほとんど軽視していたが、日経連だけは唯一この日本的労使関係解体の反面、企業と協調してくれる労働組合はそのまま存続してくれ、と虫のいい話をしている。ここには日経連がいかに既存の労使秩序が崩れることへ不安を持っていたかが示されていた。

この不安は、バブル崩壊後の不況がさらに深刻化した1990年代後半以降、まさに的中した。従来では考えられなかったような工場火災や不祥事が多発した。それはリストラが進み成果主義が導入された結果、「現場」で労働者のモチベーションが低下、責任感が欠如するようになったからであった。

このため、日本経団連になった2002年以降、「現場力の復活」と称して、中高年労働者の役割を見直すことなどを提言するようになったのである

過去の失敗から「財界」だけでなく官僚も統制経済には辟易

戦時統制がうまくいかなかったことは、日本のみじめな敗戦が明確に物語っている。実際、統制にたずさわった人物のほとんどが、統制経済は失敗だったと振り返っている。(略)

鮎川義介

私は、戦時に際しての統制経済は非常にいいと思った。戦争中自由主義では一刀両断の大きな政策は誰がやっても出来ないから・・・。ところが、実際はどうやったかというと、統制会をつくった。あれは本当の統制ではない。統制のイカ物だ。(略)官僚は頭はいいし数字を並べたり図面を描くことはうまいが、自ら仕事をしたことがないから、本当に中の方まで神経が通っていないのだ。


河合良成

わが国の戦時統制は全然失敗だったと思う。私は物動計画に関係したとき、一緒にやっている委員連中に向かって「君たちは米、木炭などに足があるのが見えないのか。統制すればするほど品物は値段の高いところへ逃げてしまう」と統制経済に対する皮肉をいったことがある。統制の失敗は満州でも経験した。

「造船疑獄」をきっかけに献金システム

前述した1953年9月の経団連座談会に見られたように、「財界」として過剰投資問題、政府と経済界のあり方について真剣な検討がなされているなか、造船・海運業界は勝手に政界に人を送り込み、利益誘導を行なっていたのだからたまったものではない。

しかも、保守政治が自由党と民主党に別れて対立している間に、社会党が勢力を拡大している。財界の危機感は頂点に達した。

アウトサイダーが個別に政治家と手を結ぶのをなんとかして禁止しないと、全「財界」に悪影響が及ぶと認識されたのである。いったん経団連が各企業の献金を預かり、利益誘導を期待しない無色の金として献金するという政治献金プール機構「経済再建懇談会」は、このような状況下、1955年1月27日に作られた。(略)

この政治献金プール機構の形成は、保守政治に対する相当なインパクトがあったらしく、自由党と民主党は「保守合同」によって一つになることを決意する。(略)

以後、疑獄事件は「財界」の網がかかっていなかった新興産業や外資系企業を中心にしかみられなくなる。[例:ロッキード、リクルート事件]

中小企業を共産党系から奪還した永野重雄

1973年には田中角栄首相、中曾根康弘通産相とともに、「マル経資金」(小企業等経営改善資金貸付制度)という無担保融資制度を作り、共産党系の経済団体に支持を集めていた中小自営業層を保守側に持ってくることに尽力したことがある。

また、永野は1992年、公益法人で表立った政治活動ができない日商の限界を超えるために、別団体の政治連盟として「日本商工連盟」を発足させてもいる。

これらの運動は一定の成果を収め、自民党が都市部で勢力を取り戻すことにつながったものの、いかんせん鮎川や永野の個人的影響力に頼ったシステムであっただけに、脆弱なことこの上なかった。「中小企業団体組織法」も成立は見たものの、経団連の干渉で骨技きにされてしまった経緯がある。また、永野が1984年に逝去した後、「日本商工連盟」は有名無実化してしまった。

行革のもうひとつの柱、大国化

「国でできることを国に」ということで、外交と安全保障を拡充するための行政改革というのがある。(略)

他の省庁が統合や分割、職務変更の憂き目に遭うなか、外務省と防衛庁はほとんど影響を受けなかった。これもはっきりとした意図、つまり日本の大国化のための行政改革であった。

行革のために不況を受け入れた財界

稲山嘉寛は土光敏夫を第二臨調会長にするべく口説く際、全「財界」でバックアップすることを約束した。(略)

「行革推進五人委員会」は、財政再建を政府に押しつけるため、景気対策を自粛するなどの申し合わせを行なっていた。

振り返れば、不況を甘んじて受け入れるという路線を徹底させることができた稲山の影響力はものすごいものであった。もっとも、不況で低配当でも当時の株主が怒らないような経済構造だったからこそ[持ち合い株]、そんなことも可能だったのだろう。

中曾根ブレインと財界内の国際派がつくった「前川レポート

中曾根ブレイン・グループは日本の輸出主導型経済成長路線、ようするに稲川経団連路線を「一国主義的である」と考えていたし、「国際派」の財界人たちは、輸出に有利な円安よりも、いっそのこと円高にした方がいいと考えていた。(略)

さらに、稲山経団連の「我慢の経済」では、国民一般も貯蓄するだけで、株や債券などの「リスク・マネー」に金を投じてくれないではないか、ということを考えていたのである。もっとも、時代を反映して、この研究会の人たちは日本企業が外資に乗っ取られるとか、日本人の貯蓄が外資系金融機関にとられてしまうといったことに関する危機感はほとんどなかったようである

125円台という急激な円高に慌てた中曾根

本来、「国際派」はこれぐらい予想していたと思うのだが、なぜか中曾根とそのブレイン・グループは大あわてした。急激に景気が落ち込んだので、その第二臨調以来の引き締め路線からの脱却、景気対策路線への転換をしないといけないと言いはじめたのである(略)。

さて、官民ともに乾いたぞうきんを絞るようにして切りつめているとき、ある日突然、放漫経済への転換がなされた。乾いたぞうきんは少量の水で旧に復することができたのに、必要以上に大量の水が注がれた。ぞうきんは水を吸いきれず、あたりは水浸しになった(略)

内需拡大は、いわば「我慢の経済」と「国際化」を両方満足させようという、最初から破綻することがわかりきっていた政策として採用されたのであった。

[そしてバブルへ]

なぜ米英の「構造改革」を真似て失敗したか

[「中曾根改革」を境に卸売物価が下落していた日本]

レーガノミックスの米国とサッチャリズムの英国の卸売物価は、結局横ばいないし上昇で、日本ほど低下していないことがわかる。

次に消費者物価を見てみると、英、米はずっと上がってきているのに対し、日本の消費者物価は、ついにマイナスになるに至る。これが一般的にいわれるデフレである。

つまり、「構造改革」というのはインフレのときに行なわれたものを指すということができる。デフレのときにやるとどうなるか……。おそらくそういう発想は「財界」にも、「構造改革」を推進すべきとする学者や官僚たちにもなかったのだろう。

内部告発

日本経団連の「新ビジョン」が指摘したとおり、労働者が「自立」した結果、それまでの企業協調的な労働運動のなかでは考えられないほど内部告発がなされていると見るのが妥当だろう。「日本的労使関係」を破棄し、労働市場の流動化を実現させた「構造改革」の皮肉な結果であった。

2005-12-08 世界を覆う白い幻影 このエントリーを含むブックマーク


世界を覆う白い幻影―メルヴィルとアメリカ・アイディオロジー

作者: 牧野有通

出版社/メーカー: 南雲堂

発売日: 1996/06

| 本 | Amazon.co.jp

相変わらず集中できず、パラッと。

『白鯨』「法的」所有権に関わる不条理性。収奪所有した者勝ち。

だれでも口にする諺に、「持つことは法律の半分にはなる」というが、それは、どうして手に入ったかは問題にしないわけであろう。だが、それどころか、しばしば、持つことは法律のすべてになるのだ。ロシアの農奴や共和国の奴隷たちの肉体と魂とは、仕止め鯨であって、そこでは所有は法のすべてをなすのではなかろうか。

南北戦争前夜

1850年代という南北戦争前夜の状況は、メルヴィル後期の詩集にも散見されるように、既成の政党すら分裂を繰り返し、経済人は流動する政情の中で自らの利害のみに関心を寄せ、また言論人は状況の過激な展開に極端から極端へと動揺する、といった激動期であり、しかも大衆すべてが、財産のみならず、生命の危険を直接的に感じ取る時期であったのであるから、そのような危機に投げ込まれた人々がいかに「信念」をもたず、ひたすら利己主義者へと純化するものであるか

シャーマン将軍の「海への進撃」に代表される、非戦闘員の生命や財産への無差別攻撃をもたらした最初の近代戦争である南北戦争で、科学技術を駆使した大量殺戮兵器が使用されていることに深い懸念を寄せている。

『クラレル』(1876)での民主主義観

そうさ民主主義なんてやつは人をバサバサ切り落とすだけ。

でもそいつの温床がどこにあるっていうんだ。未来にあるってのか?

自分は何物も継承しない、なんて自慢するそんなものに

未来なんて何の意味があるっていうんだ?

大体口先ばかりで、心には未来など何も無いんだ。

民主々義は「過去」に背を向ける、それでいてそいつの救いの場ってのは

過去の他には何もないんだ。

あの「善」と称する部分がやつの悪を生き長らえさせてやっているってわけだ。

見ろよ、女衒たちが民主々義に王冠をかぶらせ歓呼するさまを、

まるで馬上の売女がエペソ人の群衆の中に馬を乗り入れて

踏みにじっているみたいだ。しかもそのエペソ人自身が、

この希代の汚辱の女神を褒め讃えているときている。

まったく民主主義なんてのは下賎の農奴からのし上がった

無神の時代のとっておきの売春婦ってわけだ

2005-12-05 ホッブズ政治と宗教 このエントリーを含むブックマーク


ホッブズ政治と宗教―『リヴァイアサン』再考

作者: 梅田百合香

出版社/メーカー: 名古屋大学出版会

発売日: 2005/10

| 本 | Amazon.co.jp

ぼんやりと飛ばし読み、特に後半の宗教の部分はぶっ飛ばし。

罪を犯すように人間を造っておきながら、罪を犯さない「自由意志」を与えないのなら、全ての罪は神が負うことになるというブラムホール

これに対してホッブズは、「神があらゆる行為と運動の原因だと言っているのであって、それらの責任主体だと言っているのではない」と反論する。ホッブズにとって、神はあらゆるものごとの原因であり、人間の罪の原因でもあるが、厳密に言えば、神は「罪の原因をお」いたのであって、神が罪を犯したわけではなく、「罪の責任主体」ではない。(略)

罪を犯すのはあくまで人間であって神ではない。全能なる神は、たとえ何をしようと罪とはならない。

不条理がある、ただそれだけ。神と人間の善悪は共通ではない。神の命令を執行するサタンは人間には悪でも、神には善である

ホッブズの場合、ブラムホールとは対照的に、「神の正義」を人間中心に捉える見方を否定する。彼にとって現実とは、「抵抗しえない力」をもつ全能なる神が存在し、かつ世界には不条理が存在する、ただそれだけである。彼はこの人間の善悪と神の善悪との厳然たる断絶を受けとめ、全能なる神とこの世の不条理の存在とを意味的に間連づけることを拒否するのである。救済は神の「選び」にあり、人間の「意志」は人間の力のなかにはない。神は不条理な苦難を与えもするし、神のその行為は神の力によって正当化される。したがって、罪がすべての苦しみの原因ではなく、不条理な苦難に意味はない。この神と人間との善悪の断絶こそが、ホッブズの「自然状態」の姿である。

国家が成立する以前の状態である「自然状態」においては、人間関係を律する国法が存在しないのだから、人間を律するのは神のみである。だが、神にとっての善は人間にとっての善とは限らない。「サタンは我々にとって悪である。というのは、彼は我々の破滅を求めているからである。しかし、彼は神にとっては善である。なぜなら、彼は神の命令を執行するからである」。このように、神と人間との間に善悪についての共通の基準は存在しない。

[したがって自然状態に道徳は存在しない]

行為という自由を認めることで、逆に政治が介入できない内面という領域をつくる

「意志」は「自由」ではない。しかし、「熟慮」の過程を経て、心のなかに生起した「最後の欲求あるいは嫌悪」である「意志」が、行為となって現れようとしているときに、それを妨げる障害物がなければ、人間はその行為を行う「自由」をもっているのである。(略)

ホッブズは、人間の「自由」を内面的過程から切り離し、外面的な行為の領域に限定する。この意味は、内面的思考を必然性に従う領域、言い換えれば、神の予知と命令に服従する領域とすることによって、人間の心は神の働きに服する領域であるから、他の人間および国家は介入することができない、ということを明確化することである。また、それの裏返しとして、「自由」が与えられている外面的行為の領域においては、厳格に行動の「責任」ないし「義務」を問うということ、すなわち、国家が介入する政治的領域であるということを明言しているのである。

社会のなかにおいてのみ、罪=悪は発生する

「人間の欲望やその他の情念は、それ自体としては罪ではない。それらの情念から生じる諸々の行為も、それらを禁止する法を彼らが知るまでは同様に罪ではない。法がつくられるまでは、人々は法を知ることができないし、人々が法をつくる人格に同意するまでは、いかなる法もつくられえないのである」。罪とは、「法の侵犯」ないし「法を侵犯しようと意図あるいは決意すること」である。そして、「共通の権力がないところに法はなく、法がないところに不正はない」から、法がなければ、罪も「正と不正の観念」も存在しないのである。(略)

このように、ホッブズにおいては、正や不正は、国家(人民各人の人格を担う主権者)の設立と国法の制定をもってはじめて人々に知られるものであり、自由意志論的発想に見られるように、人間に内在的な能力ではない。

呉越同舟を可能にする外面的国家

ホッブズの外面的国家は、「信仰や内面の思考」には一切介入せず、ただ行為のみを規制するものである。このような国家においては、外面的な行為において法を遵守するならば、思想の「自由」が保たれうる。つまり、互いに対立し争っていたカトリック、アングリカン、ピューリタンその他様々なセクトを、その固有の内面的信仰には手を触れないままで、一つの国家のなかに包摂することが可能となるのである。ホッブズは、あらゆる党派的な対立を超えて、すべての人民を一つの国家に統合しようとするのである。

ピューリタンの根拠

国王に対して武器をとり、「受動的服従」の義務を犯したことに動揺する軍人に対し、クロムウェルは、「神の摂理」に訴えて、政治権力への抵抗を正当化する。彼からすれば、叛逆ないし革命は、「神の計画」の一部であって、「キリストの王国」にふさわしい環境にするための現世改革は、むしろ神の意志であり、それを「神の道具」として履行することが聖徒の義務ということになる。しかし、まさに、こうした独立派の「神の摂理」信仰は、「受動的服従」思想を破壊するものである。

レヴェラーズは自由意志論的な「良心」や「理性」に基づき[暴君へと堕落した王権を倒し]、独立派は予定説を強調する「神の摂理」に依拠して、「受動的服従」の思想を解体する。

本文をちゃんと読まずに「あとがき」引用でスマソ。

「神の王国」の変換

『リヴァイアサン』において提示された国家像は、新しい世界観をもとに導出されており、それが当時の人々の異端ないし無神論批判を引き起こしたのであるが、しかし、この新しい世界観---ローマ・カトリックに代表されるような、現在の自分たちの教会を空間的に存在する霊的な「神の王国」と捉える「神の王国」論から、現在に空間的に存在するのではなく、過去と未来においてのみ、現実に地上に存在する歴史的もしくは時間的な存在としての「神の王国」論への変換---こそが政治と宗教との関係についての近代的転換を果たしたと言えるであろう。

2005-12-04

[]「PlackDogMIX」公開 「PlackDogMIX」公開を含むブックマーク

ココで聴けます。「音と奇妙な煙」

[Playlist]

Plaid /Yak


Clatter Beat


Supabeatpusher / Rollercoaster 80


KenIshii /

Misprogrammed Day(Dave Angel Mix)


EddieFowlkes / MrFowlkes


Cliffhanger / Who'sWho


Black Note Allstars /

An International Fear Of Bongos [Mix 1]


JeffMills / TheSun


Joe Roberts / Lover

K-klass Klub Mix


Scott Grooves ft.Roy Ayers /

Expansions (The Simplamental Mix)

Remix - Joe Claussell

2005-12-01 隠居の日向ぼっこ このエントリーを含むブックマーク


隠居の日向ぼっこ

作者: 杉浦日向子

出版社/メーカー: 新潮社

発売日: 2005/09/15

| 本 | Amazon.co.jp

検査機関より役に立つ「踏み台」

踏み台は、若い弟子へ、親方から課せられた腕試しの仕事でもあった。親方はその出来栄えを入念にチェックし、合格すれば、建主に竣工の記念として献上する。そしてそれは、ひとりの職人の輝かしいデビューを証明した。

徒弟制度は前時代的として退けられ、マニュアルをそつなくこなせる能力だけが優先されるようになった。

浮世絵

いまでは立派な美術品あつかいだが、そもそも浮世絵は、複製を多部数刷ることを前提にして、成り立つ情報媒体であり、ウケることならなんでもやる、テレビのバラエティー番組ばりのノリが、身上なのだ。

色彩、構図、描線等の、芸術的評価は、後世の人間のお節介というもの。当時は、世間の評判を得て、一気にたくさん売って、勝ち逃げするのが、最高の栄誉だった。

屏風。

[関連]2005-06-24 「明治の音」

音の持つ浸透性と視覚の遮断性。

六曲屏風を二双、立て回すと、部屋の中に別の個室が生まれた。病人には、隙間風を防ぎ昼間の明るすぎる光線を和らげた。そして、開放的な構造の日本家屋にとって、プライバシーをそっと隠してもくれた。しょせん紙と木の、障子や襖と屏風である。遮るのは視線だけで、密室にはならない。それでもそこは、厳かに守られるべき、異空間だった。

厚い壁が個室を区切る住まいからは、屏風というやさしい道具は生まれないだろう。

軽石。

呉智英さんならこのネタでバカフェミをおちょくる陰毛ネタを書いてくれるはず

「男を磨く」にも、入浴時の軽石は欠かせなかった。男湯には、軽めと重めの石が常備されていた。それと、蛤の殼。除毛の道具だ。あまり毛深いのは好かれなかったらしい。ことに揮はTバックだから、ビキニラインから、はみ出てしまう分を、蛤の殼をあわせて引き技いた。長い分は石を打ち合わせてカットした。刃物でカットすると、毛の断面が鋭角になり、チクチクして都合が悪いのだが、石だと毛先がソフトなシャギー仕上げになるそうだ。この軽石と蛤による除毛の音が、ケロケロと蛙の鳴き声よろしく、男湯からこだましたそうな。これで、勇の尻っぱしょりが、ぐっとキマルね。