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kojitakenの日記

2016-07-29 藤岡信勝や石原慎太郎はネトウヨ・植松聖と同罪

中村紘子死去

朝っぱらからこの日記のアクセス数がちょっとというか微妙に多めだったのであれっと思ってアクセス解析を見ると、検索語「庄司薫」によるヒットが若干数あったためだとわかった。庄司氏の代表作「薫くん4部作」を、歳をとってから遅ればせながら一昨年秋から昨年初めにかけて読み、その読書メモをこの日記に記録したのだった*1。なぜ「庄司薫」を検索語にしたアクセスかといえば、庄司氏の妻・中村紘子氏が死去したためだった。

カレーCM・文筆活動…多才な音楽家、中村紘子さん死去:朝日新聞デジタル

カレーCM・文筆活動…多才な音楽家、中村紘子さん死去

2016年7月29日05時11分


 72歳で亡くなったピアニスト中村紘子さんは、広く親しまれた大輪の花のような存在だった。華やかな笑顔でテレビにもしばしば登場し、文才も発揮。その多才ぶりでクラシックを身近に感じさせた。

 私生活では1974年、作家の庄司薫さんと結婚して話題に。きっかけは、芥川賞を受けた庄司さんの小説「赤頭巾ちゃん気をつけて」に自分の名前が登場するのに気づいた中村さんが、庄司さんに電話したことだった。

 ハウス食品カレーのCMではショパンの「華麗なる大円舞曲」を弾き、国際コンクールの審査員を務めれば、その内幕を書いた「チャイコフスキー・コンクール」で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。その後もエッセーピアニストという蛮族がいる」などで文筆家としても活躍した。

 得意としたのはショパン。「これほどピアノの魅力を尽きせぬ美しさで伝えてくれる音楽はない」と語っていた。若い音楽家には「この音楽で何を伝えたいの?」と問いかけ、時間をかけて若い才能を育む大切さを訴えていた。

朝日新聞デジタルより)

あいにく私はその「得意とした」という中村氏の弾くショパンに感心したことは一度もなかった。「文才も発揮」の件については、「中村紘子のヒモ」との陰口も叩かれた夫君がゴーストライターではないかとの風評があるが、中村氏の「著書」そのものを読んだことがない私としては、ありうる話だよなあとは思うものの、風評の真偽は判断できない。

あとこの人の印象を悪くしたこととして、1982年プロ野球の××対阪神の「伝統の一戦」が1000試合目を迎えたことを記念して放送されたNHKスペシャルに、中村氏が「××ファン代表」として出演していた動画を、数年前にネットで見てしまったからだ。燕党である私にとって、(燕党のみんながみんなそうでもあるまいが)「伝統の一戦」ほど気分の悪いものはない。昨夜まで甲子園スワローズ3タテを食わせた阪神(おかげでスワローズはまた最下位に落ちた)もたいがいだが、××は論外なのだ*2。その番組で××をほめたたえて阪神をこき下ろす中村氏がまた憎たらしかった*3

でもまあ、そういったことどもはもう水に流そう。心より故人のご冥福をお祈りします。

藤岡信勝や石原慎太郎はネトウヨ・植松聖と同罪

ネトウヨ・植松聖の犯罪は、自民党系2候補のしょうもない内戦と化した感のある東京都知事選に絡んで「文春砲」のライバル(だいぶ劣勢のようだが)である『週刊新潮』が放った鳥越俊太郎のスキャンダル記事を、少なくともネットにおいては完全にかすませた感がある。

この期に及んで呆れるのは、昨日も取り上げたオールド極右藤岡信勝外道っぷりだ。

藤岡信勝のような輩の言動が植松聖にあのような犯罪に走らせたと言っても過言ではない。もちろん藤岡単独ならその影響力はたかがしれているが、藤岡と同類の人間が多数いることが問題だ。

藤岡と同罪というべき大物の一人は石原慎太郎だ。以下、手抜きで恐縮だがリテラより。

障がい者抹殺思想は相模原事件の容疑者だけじゃない! 石原慎太郎も「安楽死」発言、ネットでは「障がい者不要論」が跋扈|LITERA/リテラ

障がい者抹殺思想は相模原事件の容疑者だけじゃない! 石原慎太郎も「安楽死」発言、ネットでは「障がい者不要論」が跋扈

2016.07.27


 19人もの犠牲者を出し戦後最悪レベルの事態となった、相模原障がい者施設での大量殺人事件。

 植松聖容疑者は「障害者なんていなくなればいい」「障害者はすべてを不幸にする」「障害者には税金がかかる」などと、障がい者を排除するべきという主張を繰り返していたことがわかっている。

 戦後最悪レベルのとんでもない凶悪な事件だけに、容疑者の異常性に注目が集まるが、残念ながら容疑者の“弱者を排除すべし”という主張は現在の日本社会において決して特殊なものではない。

 たとえば、昨年11月に茨城県教育総合会議の席上で教育委員のひとりが「妊娠初期にもっと(障がいの有無が)わかるようにできないんでしょうか。4カ月以降になると堕ろせないですから」「(特別支援学級は)ものすごい人数の方が従事している。県としてもあれは大変な予算だろうと思った」「意識改革しないと。生まれてきてからでは本当に大変です」などと発言し、さらに橋本昌茨城県知事までもが「産むかどうかを判断する機会を得られるのは悪いことではない」と擁護・同調するような発言をするという騒動があった。

 教育行政にかかわる人物が公然と「金のかかる障がい児は産むべきではない」という見解を開陳するなどおぞましいが、それを容認してしまう空気がいまの日本社会にはある。

 石原慎太郎は、都知事就任したばかりの1999年9月に障がい者施設を訪れ、こんな発言をした。

「ああいう人ってのは人格があるのかね」

「絶対よくならない、自分がだれだか分からない、人間として生まれてきたけれどああいう障害で、ああいう状況になって……」

「おそらく西洋人なんか切り捨てちゃうんじゃないかと思う」

「ああいう問題って安楽死なんかにつながるんじゃないかという気がする」

 ほとんど植松容疑者の言っていることと大差ない。舛添のセコい問題などより、こういった石原の差別発言のほうがよほど都知事としての資質を疑いたくなる。しかし、当時この発言を問題視する報道は多少あったものの、そこまで重大視されることはなく、その後、4期13年にわたって都民は石原を都知事に選び続けた。

障がい者は生きていても意味がない」「障がい者は迷惑だ」「障がい者税金がかかる」

 これらは基本的にナチスの重度障害者を本当に抹殺していったナチスドイツ政策のベースになった優生学的思想と同じものだ。

 ところが、恐ろしいことに、こうした差別的発想を、あたかもひとつの正論、合理性のある考えであるかのように容認してしまう、さらに言えば勇気ある正直な意見と喝采すら浴びせてしまう“排除の空気”が、明らかにいまの日本社会にはある。

 実際ネット上では、植松容疑者の主張に対しては「やったことは悪いけど、言ってることはわかる」「一理ある」「普段同じこと思ってる」「筋は通ってる」などという意見は決して少なくない。

 絶望的な気持ちにさせられる事態だが、こうした弱者排除の空気に重要な視点を与えてくれる小説がある。それは、山崎ナオコーラ氏の『ネンレイズム/開かれた食器棚』(河出書房新社)所収の「開かれた食器棚」だ。

 山崎は『人のセックスを笑うな』(同)で文藝賞を受賞し、同作や『ニキの屈辱』(同)、『手』(文藝春秋)、『美しい距離』(文藝春秋)で4回にわたって芥川賞候補に挙がったことのある実力派作家だが、同作は、障がい者子どももつ親の苦悩や出生前診断に踏み込んだ作品だ。

 舞台は、〈関東地方最果て〉の場所で営業する小さなカフェ。幼なじみだった園子と鮎美というふたりの女性が38歳のときに開店し、すでに15年が経つ。その店で、鮎美の娘・菫が働くことになるのだが、菫は、染色体が一本多いという〈個性を持って〉いた。小説は母親・鮎美の目線で娘・菫を取り巻くさまざまなことが語られていく。

〈生まれてから生後六ヶ月までは、とにかく菫を生き続けさせることに必死だった。菫はおっぱいを吸う力が弱いらしく、鮎美は一日中、少しずつ何度も飲ませ続けた。家の中だけで過ごした。外出は怖かった。人目につくことを恐れた。友人にさえ娘を見せるのをためらった。今から思えばそれは、かわいそうに思われるのではないか、下に見られるのではないか、というくだらない恐怖だった。〉

〈他の子たちよりも菫は多めの税金を使ってもらいながら大きくなり、自分が死んだあとは他人にお世話になるだろうことを思うと、社会に対する申し訳なさでいっぱいになった。〉

 そうやって社会から閉じこもっていく母子に、風を通したのは、友人の園子だった。園子は菫を〈ちっとも下に見なかった〉。そればかりか、一緒にカフェをやらないか、と鮎美にもちかけた。そして、「菫のことに集中しなくちゃ……」と鮎美が言いかけると、園子は3歳の菫にこう話しかけた。

「ねえ、菫ちゃんだって、カフェで働いてみたいよねえ? コーヒーっていう、大人専用のおいしい琥珀色の飲み物を提供するお店だよ。菫ちゃん、コーヒーカップを、取ってきてくれる?」

 何かを取ってくることなんて娘にはできない。鮎美はそう決め付けていたが、そのとき、菫は食器棚に向かって歩き出し、棚のなかのカップを指さす。菫は、理解していたのだ。園子は言う。「ゆっくり、ゆっくりやればいいのよ。成功や達成を求めるより、過程で幸せにならなくっちゃ」。

 社会は、障がいがあるという一点だけで「その人生は不幸だ」と思い込む。母親はそれを背負い込み、かつての鮎美のように身体を丸めてうつむき、子どもの可能性を小さく捉えることもある。だが、生まれてくる命、育つ命が幸せか不幸かは、社会が決めることなどではけっしてない。そして、社会が開かれていれば、その人の幸福の可能性はぐんと広がる。──そんなことを、この小説は教えてくれる。

 しかし、今の社会が進んでいる方向は逆だ。たとえば、出生前診断出生前診断によって障がいがあることが判明すると、中絶選択する人が圧倒的だという現実。こうした結果が突きつけている問題は、この小説が言及しているように、多くの人びとが「障がいをもった子を産んでも育てる自信がない」「障がいがある人生は不幸せなのでは」「育てるにはお金がかかる」「社会に迷惑をかけてしまう」などと考えてしまう社会にわたしたちは生きている、ということだ。

 この現実を目の前にして、鮎美はこう考える。

〈もし、自分も「菫に税金を使うべきではない」と考えるようになったら、それはやがて、「社会にとっては菫のような子はいない方が良い」という考えに繋がっていくのではないだろうか。菫だけではなく、他の菫のような子たちに対しても、自分がそう考えている、ということになってしまうのではないか。〉

〈「強い国になって周りを見下す」というようなことを目標にする社会が持続するとは思えない。「多様性を認めて弱い存在も生き易くする」という社会の方が長く続いていくのではないか。「国益のために軍事費に金を充てて、福祉をないがしろにした方がいい」なんて、鮎美には到底思えない。この国を「弱い子は産まなくて良い、強い子だけをどんどん産め」という社会にするわけにはいかない。〉

 しかし、現実には、前述したように、今回のような事件が起きても、容疑者と同じ「障がい者は生きていても意味がない」「障がい者は迷惑だ」「障がい者税金がかかる」といった意見が平気で語られている。この国はすでに「弱い子は産まなくて良い、強い子だけをどんどん産め」という価値観に支配されているのかもしれない。

(編集部)

リテラより)

ヒトラーと瓜二つの思想を公言し続けた石原慎太郎を4期13年も支持し続けた東京都民、というのも心胆を寒からしめるものがある。

その東京都民の今回の選択は、藤岡信勝応援される小池百合子と、石原慎太郎応援される増田寛也との争いだというのだから、何をか況んや。

私が仮に「鳥越俊太郎や『市民連合』はどうしても許せない」と思う人間であれば、今回の都知事選には棄権するか白票を投じるか泡沫候補に投票するかの行動をとるね。小池百合子増田寛也への投票はあり得ない。

*1そのうち、http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20141019/1413694415中村紘子に言及している。これまで、この日記で中村氏に言及した記事はこの1件しかなかった。

*2今晩からの東京ドームスワローズは今年まだ1試合も勝ってないので、最低でも1勝はしてもらいたいものだ。もちろん勝ち越ししてほしいし、運良く3タテできればこの日記に祝賀記事を書く。

*3なお、プロ野球で一番最初に通算1000試合に到達したのは、××対阪神ではなく中日対阪神であり、その試合で中日は大勝したが、当時のスポーツジャーナリズムはたいした扱いでは取り上げなかった。中日対阪神や中日対××の1000試合を事実上無視したスポーツジャーナリズムに対して、当然ながら名古屋のプロ野球ファンは怒ったが、そのことを私が知ったのは、当時週刊サンケイが連載していた阿部牧郎氏のコラム「偏見球談」にそのことが書かれていたのを立ち読みした時のことだった。

2016-07-28 大量虐殺犯・植松聖が衆院議長・大島理森に送った手紙の全文(共同)

藤岡信勝氏・池田信夫氏が「誤り」認め謝罪文 慰安婦訴訟の弁護士批判記事(ハフィントンポストより)

ハフィントンポストからもう一本。

藤岡信勝氏・池田信夫氏が「誤り」認め謝罪文 慰安婦訴訟の弁護士批判記事

藤岡信勝氏・池田信夫氏が「誤り」認め謝罪文 慰安婦訴訟弁護士批判記事

The Huffington Post | 執筆者: ハフポスト日本版編集部

投稿日: 2016年07月27日 11時53分 JST 更新: 2016年07月27日 11時53分 JST


慰安婦らによる戦後補償の訴訟を多く手がけた高木健一弁護士批判する記事を雑誌やブログに書いた藤岡信勝拓殖大客員教授と、アゴラ研究所所長の池田信夫氏が、それぞれ記述の誤りを認めて高木氏にお詫びする謝罪文が載ることになった。高木氏が起こした名誉毀損訴訟2件が、相次いで和解したためだ。

7月26日発売の月刊誌「WiLL」9月号には以下の謝罪広告が載った。

「WiLL」2013年9月号に掲載した藤岡信勝「『従軍慰安婦』で日本の名誉を売った二人の弁護士」と題する記事において、高木健一弁護士インドネシアを訪問し、地元紙に元慰安婦を募集する「広告」を出したと述べた記述は、誤りであることを認め、お詫び致します。

高木氏はサハリン残留韓国人の帰還問題や日本軍慰安婦問題など戦後補償の裁判を多く手がけた弁護士。藤岡氏は、従来の歴史教科書が「自虐史観」の影響を受けていると批判して1997年に「新しい歴史教科書をつくる会」を発足させ、現在は副会長。「WiLL」は今年初めまで文藝春秋出身の花田紀凱氏が編集長を務め、保守系論客が多く寄稿する言論誌だ。

13年9月号の記事で藤岡氏は、高木氏ら2人の弁護士を「慰安婦問題でっち上げ、世界にその噓をばらまいて国際的な大問題に仕立て上げた」と批判。高木氏について「インドネシアを訪問し、地元紙に『補償のために日本からやってきた。元慰安婦は名乗り出て欲しい』という内容の広告を出した」と書いた。

高木氏は「記事で名誉を傷つけられた」などとして、藤岡氏と同誌発行元ワックを相手取り、慰謝料など1100万円の支払いと謝罪広告掲載を求めて13年12月に提訴。「1993年日弁連によるインドネシア調査には参加しておらず、現地紙に広告を出したとの事実はない」と主張した。

東京地裁2015年4月の判決で、高木氏がインドネシアを訪れ広告を出したとの記述について「真実との証明があったとはいえない」と認定する一方、「広告を掲載したかどうかは重要とはいえない」とも述べて、高木氏側の請求を棄却した。高木氏側は控訴控訴審東京高裁で今年6月20日、和解が成立した。被告側が「WiLL」誌上に謝罪広告を掲載し、原告側に解決金50万円を支払うとの内容だ。

一方、池田氏ブログ池田信夫blog」のトップページには、7月末までに以下の内容で謝罪文が載る予定だ。

2014年9月1日に当ブログに掲載した記事において「慰安婦を食い物にする高木健一弁護士」「ハイエナ弁護士」と記載したことは誤りでしたので、高木健一弁護士に多大なご迷惑をお掛けしたことをお詫び申し上げます。

池田氏は元NHK職員経済学者。主宰する言論サイト「アゴラ」や自身の「池田信夫blog」に時事問題に関するブログを掲載している。

高木氏は記事で名誉を傷つけられたとして2014年9月、池田氏相手取り、慰謝料など330万円の支払いや謝罪文の掲載を求めて提訴。「戦後補償の訴訟では韓国人被害者から費用を一切受け取っていないのに『慰安婦を食い物にするハイエナ弁護士』とレッテルを貼られた」と主張した。

今年7月20日東京地裁で和解が成立。被告側が問題とされたブログの記述を削除し、トップページに7月末から30日間、謝罪文を掲示。原告側に和解金30万円を支払うとの内容だ。

高木氏は「藤岡、池田両氏は事実と異なる記事を書き、元慰安婦を支援する運動をおとしめた。両者とも誤りを認めて謝罪広告や謝罪文を掲載し、解決金や和解金を支払うことになった。実質上の勝訴といえる和解だ」と話している。

(朝日新聞編集委員・北野隆一)

ハフィントンポストより)

藤岡信勝池田信夫(ノビー)、ざまあ!

しばらくは気分の悪いことがあった時にはノビーのブログのトップページでも開いて憂さを晴らすとするかね。もっとも同ブログに載っている他の不快な記事が目に入ったり、ノビーのブログアクセス数を増やしてしまったりなどの副作用もあるけど。

大量虐殺犯・植松聖が衆院議長・大島理森に送った手紙の全文(共同通信より)

神奈川相模原市で19人を殺害した凶悪犯の正体がネトウヨネット右翼)だったことは、ネットでは広く知られている。この男が衆議院議長の大森理森に送った手紙の全文を共同通信配信し、それが毎日新聞のサイトに載ったものをハフィントンポストが転載した記事にたどり着いた(毎日新聞のサイトからは、「ログインせずに読める今月の上限5本に達しました」といって弾かれたのだが、記事は共同通信配信だったようだ)。下記記事を書いた吉野太一郎氏は朝日新聞記者だと記憶するが、文章から推測して、朝日も(ネット検索などを除く)自社取材では「手紙」にアクセスできなかったのではないか。

【相模原殺傷】「障害者470名を抹殺できます」植松聖容疑者、衆院議長に手紙(全文)

相模原殺傷】「障害者470名を抹殺できます」植松聖容疑者衆院議長に手紙(全文)

The Huffington Post | 執筆者: 吉野太一郎

投稿日: 2016年07月27日 08時57分 JST 更新: 2016年07月27日 11時19分 JST

相模原市障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者19人が殺害された事件で、逮捕された植松聖容疑者2016年2月、大島理森衆院議長に手紙を渡そうとしていた。

朝日新聞デジタルが捜査関係者の話として伝えた内容によると、2月15日に東京都千代田区の議長公邸を訪ね、土下座して渡すよう頼み込んだという。「障害者は不幸を作ることしかできません」「第三次世界大戦を未然に防ぐ」など、常軌を逸した内容が並ぶが、「作戦」として夜間に職員を縛るなど、今回の犯行を事前に予告した部分もある。

共同通信が伝えた手紙の全文は以下の通り。

衆議院議長大島理森

この手紙を手にとって頂き本当にありがとうございます。

 私は障害者総勢470名を抹殺することができます。

 常軌を逸する発言であることは重々理解しております。しかし、保護者の疲れきった表情、施設で働いている職員の生気の欠けた瞳、日本国と世界の為(ため)と思い、居ても立っても居られずに本日行動に移した次第であります。

 理由は世界経済の活性化、本格的な第三次世界大戦を未然に防ぐことができるかもしれないと考えたからです。

 私の目標は重複障害者の方が家庭内での生活、及び社会的活動が極めて困難な場合、保護者の同意を得て安楽死できる世界です。

 重複障害者に対する命のあり方は未(いま)だに答えが見つかっていない所だと考えました。障害者は不幸を作ることしかできません。

 今こそ革命を行い、全人類の為に必要不可欠である辛(つら)い決断をする時だと考えます。日本国が大きな第一歩を踏み出すのです。

 世界を担う大島理森様のお力で世界をより良い方向に進めて頂けないでしょうか。是非、安倍晋三様のお耳に伝えて頂ければと思います。

 私が人類の為にできることを真剣に考えた答えでございます。

 衆議院議長大島理森様、どうか愛する日本国、全人類の為にお力添え頂けないでしょうか。何卒よろしくお願い致します。

    文責 植松 聖

 作戦内容

 職員の少ない夜勤に決行致します。

 重複障害者が多く在籍している2つの園を標的とします。

 見守り職員は結束バンドで見動き、外部との連絡をとれなくします。

 職員は絶体に傷つけず、速やかに作戦を実行します。

 2つの園260名を抹殺した後は自首します。

 作戦を実行するに私からはいくつかのご要望がございます。

 逮捕後の監禁は最長で2年までとし、その後は自由な人生を送らせて下さい。心神喪失による無罪。

 新しい名前(伊黒崇)本籍運転免許証等の生活に必要な書類。

 美容整形による一般社会への擬態

 金銭的支援5億円。

 これらを確約して頂ければと考えております。

 ご決断頂ければ、いつでも作戦を実行致します。

 日本国と世界平和の為に、何卒(なにとぞ)よろしくお願い致します。

 想像を絶する激務の中大変恐縮ではございますが、安倍晋三様にご相談頂けることを切に願っております。

植松聖

 (住所、電話番号=略)

 かながわ共同会職員

相模原殺傷:衆院議長宛て手紙 全文 - 毎日新聞より 2016年7月26日 18時07分)

ハフィントンポストより)

犯人の植松聖がフォローしていたTwitterの中には安倍晋三も含まれるらしい(他に橋下徹中山成彬百田尚樹極右 and/or 新自由主義の人士がズラリ)。もちろん、「植松聖の思想=安倍晋三の思想」などと短絡するつもりはないが、たとえば在日韓国人に対する例が巷間言われることの多いヘイトスピーチの対象には、障害者も含まれる。2000年の森喜朗以来、2008年からの4年間を除いて総理総裁派閥である清和会は、小さな政府志向で福祉社会保障は切り捨ての対象とされている。極右にして新自由主義の人士を総理大臣にいただき*1、今また極右新自由主義の人士を東京都知事に選ぼうとしている今の日本だからこそ起きた事件ではないかとの疑念は拭えない。

*1安倍晋三は自身の思想信条としては新自由主義者よりも母方の祖父岸信介に由来する国家社会主義者に近いが、出身派閥日本の政治システムの長年の惰性による制約から、行っている政策には新自由主義色が強いので、「新自由主義の人士」と表現した。

2016-07-26 都知事選、小池氏を先頭に接戦 増田・鳥越氏が追う(日経)

都知事選、小池氏を先頭に接戦 増田・鳥越氏が追う(日経)

もう期日前投票しちゃったし、ってところなのだが、昨日(25日)職場で読んだ日経の中盤情勢は読売とやや似ていて、序盤リードしていた小池百合子増田寛也の追い上げを許しているというものだった。ただ、日経鳥越俊太郎の目もまだ残されているとみているようだ。

(本社世論調査)都知事選、小池氏を先頭に接戦 増田・鳥越氏が追う 終盤情勢 :日本経済新聞

都知事選小池氏を先頭に接戦 増田・鳥越氏が追う 終盤情勢

2016/7/25付 日本経済新聞 朝刊

 31日投開票の東京都知事選について、日本経済新聞社は22〜24日に電話調査を実施し、取材による情報と合わせて終盤の情勢を探った。有力3候補の差が序盤より縮まり、元防衛相小池百合子氏(64)を先頭に、元総務相増田寛也氏(64)、ジャーナリスト鳥越俊太郎氏(76)が接戦を展開している。態度を明らかにしていない人がなお2割おり、情勢は流動的だ。

昨夜の報ステだったかNEWS23だったか(23には雨宮塔子が加わったけど相変わらずパッとしないね)、自民党増田は必ず小池に追いつけるとか言っていたが、どうかな。石原伸晃力不足がまたしても露呈する結果に終わりそうな気がするけど。石原は、2003年に藤井治芳(はるほ)に手玉にとられて白髪が増えた時に始まって、2008年の自民党総裁選(この時は石原と小池がともに立って麻生太郎に負けた)でもひ弱さを露呈した。それにしても、誰もが呆れた「第一サティアン」(原発事故を引き起こした東電福島第一原発を石原はこう呼んだ)発言で一気に劣勢に追い込まれた2012年の自民党総裁選もそうだったが、こいつが絡むとろくなことが起きない。2012年総裁選では安倍晋三自民党総裁、そしてさして間を置かずの総理大臣復帰を呼び込んだし、今回の都知事選では小池百合子都知事選当選を呼び込もうとしているのだ。

白状すると、私は感情レベルでは石原伸晃小池百合子と同じくらい嫌いだから(理屈込みでは、つまり思想信条や主義主張に関しては小池百合子の方が石原伸晃と比べてはるかに悪質だと思う)、小池百合子に顔を潰されて憮然としている石原の表情を見た時、「ざまあみろ」という気も起きなくはなかった。しかし同時に、石原が小池を助けるであろうことを予感して、「安倍晋三の次は小池百合子のアシストかよ、こいつは」と改めて腹を立てたのだった。

小池百合子に関しては、澤藤統一郎弁護士のブログ記事の冒頭を引用しておく。

澤藤統一郎の憲法日記 » 国旗国歌強制を当然とする小池百合子は、都知事としてふさわしくない。2016年7月25日)より

世論調査では都知事選での小池百合子優勢が伝えられているが、この人の何が都民にとっての魅力なのか理解に苦しむ。石原慎太郎よりは猪瀬が少しはマシかと思い、石原後継の呪縛から逃れがたい猪瀬よりも舛添が数段マシだろうとも思った。しかし、小池は最悪だ。また、振り出しに戻って、暗黒都政の再来となりかねない。

「石原よりは猪瀬が少しはマシ、猪瀬よりも舛添が数段マシ、しかし小池は最悪で(石原の)暗黒都政の再来」という澤藤弁護士の意見には心から共感する。本当にその通りだ。

だから2か月前に私は下記の記事を書いたのだ。

2016-07-25 東京都知事選、小池優勢、増田追う。鳥越は苦戦(朝日、毎日、共同)

東京都知事選、小池優勢、増田追う。鳥越は苦戦(朝日、毎日、共同)

結局あとから行われた世論調査ほど鳥越俊太郎が勢いを落とし、小池百合子が勢いを増して独走する結果を示している。以下に朝日、毎日、共同の世論調査の記事を示す。序盤で共同通信に乗っかった毎日の調査が、今回もそうなのかそれとも独自調査なのかは下記の記事には書かれていない。「2回目の」と書かれているところを見ると、今回も共同通信に乗っかっているのかもしれない。

小池氏優勢、増田氏追う 鳥越氏苦戦 都知事選情勢調査:朝日新聞デジタル

小池氏優勢、増田氏追う 鳥越氏苦戦 都知事選情勢調査

2016年7月25日02時00分

 過去最多の21人が立候補した東京都知事選(31日投開票)について、朝日新聞社は23、24の両日、都内の有権者に電話調査し、取材で得た情報とあわせて情勢を探った。元防衛相小池百合子氏が優勢で、元総務相増田寛也氏が追っている。ジャーナリスト鳥越俊太郎氏は苦戦している。投票態度を明らかにしていない人は4割おり、情勢は変わる可能性がある。

 投票態度を明らかにした人を分析したところ、前自民党衆院議員小池氏は、党に出していた推薦依頼を取り下げて立候補したが、自民支持層の5割強の支持を得て、無党派層も5割弱を取り込む。年代別では、30、40代と60代の支持の厚さが目立つ。

 増田氏は、推薦を受ける自民支持層の支持が4割にとどまり、公明支持層の多くをまとめたものの、一部が小池氏に流れている。野党統一候補の鳥越氏は、民進支持層の支持が6割強にとどまっている。共産支持層からは大半の支持を得ているものの、無党派層の支持は3割ほどだ。

 情勢調査と同時に実施した世論調査で、投票で最も重視すること(5択)を聞くと、最も多かったのは「政策公約」34%で、「支援する政党や団体」9%が最も少なかった。「政策公約」「リーダーシップ」(13%)と答えた人では小池氏支持が最も多く、「実務能力」(23%)では増田氏支持が最多。「クリーンさ」(15%)では小池氏と鳥越氏支持で割れた。

 新知事に一番力を入れてほしい政策(5択)は、「教育・子育て」27%が最多。「医療福祉」は26%、「景気・雇用」21%だった。舛添要一知事公私混同疑惑で任期途中の辞職に追い込まれたが、「海外出張など無駄な経費削減」は15%で4番目。「オリンピックの準備」は4%だった。

 いまの都政に必要なことについて尋ねると、「安定させること」57%が「大胆に改革すること」36%を上回った。

     ◇

 〈調査方法〉 23、24の両日、コンピューターで無作為に作成した固定電話番号に調査員が電話をかけるRDD方式で、東京都内の有権者を対象に調査した。有権者がいる世帯と判明した番号は2572件、有効回答は1606人。回答率は62%。

朝日新聞デジタルより)

http://mainichi.jp/senkyo/articles/20160725/k00/00m/040/039000c

都知事選

小池氏リード 増田氏、鳥越氏追う 本紙調査

毎日新聞 2016年7月24日 21時13分(最終更新 7月24日 23時08分)

 選挙戦が後半に入った東京都知事選(31日投開票)について毎日新聞は23、24の両日、有権者を対象に電話による2回目の世論調査を実施し、取材結果も加えて情勢を分析した。元防衛相小池百合子氏(64)がリードする展開で、元総務相増田寛也氏(64)とジャーナリスト鳥越俊太郎氏(76)が追う。ただ、3割以上が投票先を決めておらず情勢はなお流動的だ。

 「分裂選挙」の自民の支持層は増田氏と小池氏の支持がそれぞれ4割弱と割れている。回答者全体の3割超を占める無党派層は、3割以上が小池氏を支持し、鳥越氏支持が2割弱、増田氏支持が1割超だった。

 小池氏は自民支持層や無党派層の支持を1回目の序盤調査より広げたほか、民進、公明共産支持層からも2割近くの支持を集めている。自民公明、こころが推薦する増田氏は、序盤で3割程度だった自民支持層からの支持を拡大し、公明支持層も序盤を上回る6割強を固めた。組織の引き締めで小池氏を急追する。

 鳥越氏は推薦を受ける民進、共産社民、生活支持層のそれぞれ約6割に浸透しているが、序盤に2割以上の支持を得た無党派層で苦戦している。

 小池氏は30〜40代を中心に男女とも幅広く支持を集める。増田氏は20代以下の男性や70代以上の女性に人気が高い。鳥越氏は50代以上の男性に浸透している。序盤で小池氏に次いで鳥越氏支持が多かった40〜50代女性は今回、増田氏支持が鳥越氏支持を上回った。

 前回選挙の投票先を分析すると、自民公明が支援した舛添要一知事に入れた人を増田氏と小池氏が奪い合う。今回は告示前日に出馬断念した元日本弁護士連合会会長の宇都宮健児氏や元首相の細川護熙氏に投票した人の4割強は、政策面で共通点の多い鳥越氏を推すが、2〜3割は小池氏に投票すると回答した。

 都知事選には3氏を含め過去最多の21人が立候補している。【林田七恵】

毎日新聞より)

都知事選、小池氏優勢 増田、鳥越氏が追う  - 共同通信 47NEWS

都知事選小池氏優勢

増田、鳥越氏が追う 

2016/7/24 19:40

東京都知事選有権者に支持を訴える小池百合子氏=24日午後、東京新宿 31日投開票の東京都知事選共同通信社は23、24両日、電話による世論調査を実施し、取材結果も加味して終盤情勢を分析した。元防衛相小池百合子氏(64)が優勢となり、元総務相増田寛也氏(64)=自民公明、日本のこころ推薦、ジャーナリスト鳥越俊太郎氏(76)=民進、共産社民、生活推薦=が追う展開となっている。

 投票先を「まだ決めていない」とした人は31.1%で、前回調査(16、17両日実施)の41.3%よりは減少したが、なお情勢は流動的だ。

 都知事選には、ほかに会社役員上杉隆氏(48)らが立候補している。

共同通信より)

毎日の記事で惜しいのは、

今回は告示前日に出馬断念した元日本弁護士連合会会長の宇都宮健児氏や元首相の細川護熙氏に投票した人の4割強は、政策面で共通点の多い鳥越氏を推すが、2〜3割は小池氏に投票すると回答した。

と前回の宇都宮支持層と細川支持層を一緒くたにしていることだ。私の感覚では、小泉純一郎と手を組んだ細川護煕に投票した人が小池百合子に投票することには何の不思議がないが(小泉と小池は両者ともに強烈な新自由主義者であるという共通点があるため)、前回宇都宮健児に投票した人が今回小池百合子に投票しようという行動や思考には「病理」が表れていると見るため、細かい内訳が知りたいと思うからだ。私は細川支持層も宇都宮支持層も同じくらい小池百合子に流れていて、だから毎日の林田記者は両者を区別して書かなかったのではないかと想像している。

2016-07-24 「音楽に政治を持ち込むな」は「音楽に政治を持ち込め」と表裏一体だ

ヤクルト・由規が1786日ぶり白星

5年前にヤクルト由規(本名・佐藤由規)が最後に勝った試合(2011年9月3日)は、テレビ観戦等はしていなかったが、ヤクルトが優勝争いの首位に立っていたこの年*1、残り少なくなった読売との対戦に勝って読売に引導を渡した試合だったことを覚えている。しかし、その試合の後に故障が判明して、その次の勝利に5年もかかるとは想像もしなかった。

ヤクルト・由規、1786日ぶり白星!「こうして勝つことだけを考えてやってきた」 - 野球 - SANSPO.COM(サンスポ)

2016.7.24 17:50

ヤクルト由規、1786日ぶり白星!「こうして勝つことだけを考えてやってきた」

 (セ・リーグ中日2−5ヤクルト、18回戦、ヤクルト12勝6敗、24日、ナゴヤD)ヤクルト由規投手(26)が今季2度目の先発登板。5回1/3を4安打奪三振2失点で、2011年9月3日の巨人戦以来、1786日ぶりの白星を挙げた。

 9日の中日戦(神宮)で5年ぶりの登板を果たした由規。一回は四球を出したが無失点で切り抜けた。二回は2四球でピンチを作ったがここも後続を断つ。

 しかし、三回、一死から工藤に二塁打を浴び、この試合初の安打を許した。二死後、迎えた打者はオールスター後、不振にあえぐビシエド。5球目の外角直球をはじき返され、先制を許してしまう。しかし、後続を打ち取り1点で切り抜けた。

 四回は3者凡退に抑えると、勝ち投手の権利が得られる五回は安打四球でピンチを招き、迎えるは先制打を浴びたビシエド。しかし、ここは気迫こもったピッチングで遊ゴロに抑えた。

 続く六回、福田に四球エルナンデス二塁打を浴び無死二、三塁のピンチに、堂上の遊ゴロで1失点。ここで、2番手・村中にマウンドを譲った。結局、5回1/3を98球2失点だった。

 由規は、5年ぶりの勝利に「試合が終わった瞬間、素直にほっとしました。」と第一声。「5年前みたいな勢い良く、力強いピッチングはできませんけど、今は一生懸命投げています」と、自身のピッチングを振り返った。

 「こうして勝つことだけを考えてやってきた」という由規。「どんなときでも色々な方が声援をくれたことがうれしい。5年も投げていない僕に…。感謝でいっぱいです」と感謝の言葉も。

 復帰2戦目は名古屋に父・均さん、母・美也さんも駆け付け、スタンドから観戦。5年ぶりのウイニングボールは「家族には迷惑をかけたので、ボールを渡したいです」と由規。両親の前で素晴らしい親孝行になった。

 「いい影響を与えられるように、僕自身も頑張っていきたい」。頼れるエース右腕がついに帰ってきた。

真中監督(由規に)

「ボールも内容的にも(復帰戦だった)前回よりよかった」

秋吉(3戦連続セーブ)

由規のために勝ちたかった」

ヤクルト・伊藤投手コーチ(由規に)

「まだ通過点。昔とはスタイルが変わって、打たせて取る投球ができている」

サンケイスポーツより)

本当に良かった。やっと由規が帰ってきた。しかも、6回裏に残した2走者は、由規と同時期に活躍したものの近年不振をかこっていた村中(今季は目下5勝3敗で、「さかなクン」似仲間の阪神・藤浪の勝ち星を上回っている)が抑えてくれた。記事にコメントが記されているコーチの伊藤智仁は、やはり長い故障のブランクを経験した元名投手だ。チームは中日を敵地で3タテして4位に浮上した。広島が独走しているので連覇はもはや絶望的だが、読売DeNAの少なくともどちらか一方を抜くチャンスはまだ残っている。特に読売は絶対に抜いてほしい。

スワローズ絡みでは久々に良いニュースだった。

小池・増田氏競り合い、鳥越氏が追う…都知事選(読売)

今頃気がついたが、読売世論調査はどうやら今朝の朝刊に出ていたようだ。どうやら最近の私の「情弱」ぶりはかなり深刻らしい(苦笑)。

小池・増田氏競り合い、鳥越氏が追う…都知事選 : 政治 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)

小池・増田氏競り合い、鳥越氏が追う…都知事選

2016年07月24日 06時00分

 31日投開票の東京都知事選について、読売新聞社世論調査と取材を基に情勢を分析した。

 過去最多の21人が立候補する中、主要候補では、元防衛相小池百合子氏(64)と元総務相増田寛也氏(64)が競り合い、ジャーナリスト鳥越俊太郎氏(76)が追う展開となっている。ただ、4割の人は態度を明らかにしておらず、情勢は流動的だ。

 支持政党別でみると、自民支持層の4割弱が自民党推薦の増田氏を支持しているが、小池氏も3割強の支持を受けており、分裂選挙の影響が出ている。増田氏は公明支持層の6割を固めたが、小池氏も2割弱から支持されている。

 一方、民進、共産両党の支持層は、いずれも5割が鳥越氏を支持しているが、小池氏にも1割以上の支持が集まっている。

 都知事選の行方を左右することが多い無党派層は、2割が小池氏を支持し、増田氏と鳥越氏への支持はそれぞれ1割程度だった。

 候補者を選ぶ際に最も重視した項目を見ると、小池氏の支持層は「政策や公約」とした人の割合が高く、4割だった。これに対し、岩手県知事を務めた増田氏の支持層は、6割弱が「行政経験」を最重視していた。鳥越氏の支持層は4割弱が「支援する政党や団体」を判断基準としていた。

 都知事選の争点で重視する課題を複数回答で聞いたところ、「医療や福祉政策」を選んだ人が56%で最多だった。都知事が2代続けてお金に絡む問題で任期4年を全うできず、辞職したことから、「政治とカネの問題」が51%で続いた。

 このほか、「少子化対策子育て支援」(48%)、「地震などの防災対策」(44%)、「景気や雇用対策」(43%)と、暮らしに関係した課題が上位に並んだ。「五輪パラリンピックへの取り組み」や「原発などエネルギー問題」は3割程度にとどまった。

 調査は21〜23日の3日間、東京都を対象に、無作為に作成した番号に電話をかける方法で実施。有権者が在住していた1885世帯で、1061人から回答を得た。回答率は56%。

YOMIURI ONLINEより)

読売の調査は、増田を強めに出していることに特徴がある。鳥越は伸び悩みが顕著。

なお私自身は今日の夕方に期日前投票をしてきたが、共同通信出口調査につかまった。生まれて初めての経験。

小池氏を2氏が追う 鳥越、増田氏 高齢層で健闘(東京新聞)

東京新聞都知事選世論調査の記事を出してきた。自社調査か共同通信の調査課は不明だが自社調査か。こちらは読売と違って小池が「リード」。つまり大差で鳥越が2位、増田3位。

東京新聞:東京都知事選2016:特集・連載(TOKYO Web)

小池氏を2氏が追う 鳥越、増田氏 高齢層で健闘

2016年7月24日

 世論調査によると、都知事選の情勢は、元防衛相で前自民党衆院議員小池百合子氏(64)がリード。ジャーナリスト鳥越俊太郎氏(76)=民進、共産社民、生活推薦=が続き、前岩手県知事で元総務相増田寛也(ひろや)氏(64)=自民公明、こころ推薦=が追う。ただ、四人に一人が「まだ決めていない」としており、情勢は流動的だ。

 小池氏は自民支持層の四割、おおさか維新支持層の六割に浸透。支持政党なし層にも大きく食い込み、世代別では三十代以下の若者の支持が厚い。

 野党統一候補の鳥越氏は、民進支持層の五割、共産支持層の六割を押さえる。支持政党なし層にも浸透し、世代別では五十代以上の支持が強い。

 増田氏は推薦を受ける自民支持層の三割、公明支持層の五割をまとめているが、支持政党なし層へは浸透しきれていない。年代別では七十代以上の支持を得つつある。

 投票に行くかどうかについては「必ず行く」が75・2%、「たぶん行く」が20・3%で計95・5%となり、関心の高さがうかがえる。

東京新聞より)

共同の序盤調査とあまり変わり映えしないが、鳥越の後退が目立つといったところか。共産支持層のうち小池に投票すると答えた人はたぶん序盤より減っているだろうが(id:axfxzoさんのコメント*2によると、共産党支持者で小池に投票すると答えたのは「二割弱」らしい)、野党支持層のいがみ合いが、野党支持層よりもボリュームの大きい支持政党なし層に悪影響を与えたことはまず間違いあるまい。

与党に手応え、野党は危機感…都知事選情勢調査(読売)

読売、もう世論調査の予告編出してきたよ。土日じゃなくて金土の調査だったのか? それとも世論操作を狙ってデータが十分蓄積されないうちにフライングで記事を出してきたのか?

読売世論調査の結果を出してきた。朝日と同じ土日の調査だろうと勝手に思い込んでいたが、木曜日から昨日の土曜日にかけて調査を行ったらしい。

与党に手応え、野党は危機感…都知事選情勢調査 : 政治 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)

与党に手応え、野党は危機感…都知事選情勢調査

2016年07月24日 10時10分

 読売新聞社が行った東京都知事選の情勢調査で、小池百合子氏と増田寛也氏(自民公明、こころ推薦)が競り合い、鳥越俊太郎氏(民進、共産社民、生活推薦)が追う構図であることが分かり、与野党各党は「逆転はまだ可能」と追い込みに全力を挙げる構えだ。

 民進党の山尾政調会長は23日、記者団に「鳥越さんが必要とされているとしっかり訴えていきたい」と述べ、巻き返しに意欲を示した。ただ、別の党幹部は「厳しい情勢だ」と危機感をあらわにした。

 週刊文春で私生活の問題が報じられ、それがマイナスの影響を及ぼしていることを念頭に置いた発言とみられる。鳥越氏側は「週刊文春の記事は事実無根だ」として、公職選挙法違反と名誉毀損の疑いで東京地検に告訴状を提出している。

 民進党無党派層の取り込みを図るため、党幹部を大量動員するような組織戦は控え、蓮舫代表代行知名度のある議員を積極的に応援に向かわせ、追い上げを図りたい考えだ。

 対する与党は一定の手応えを感じている。報道各社が16、17日に実施した情勢調査では、増田氏は小池、鳥越両氏に先行を許していたが、「約1週間前の情勢より追い上げている」(斉藤鉄夫公明党選挙対策委員長)と見ているためだ。

 自民党茂木敏充・選対委員長は「告示時点の知名度不足から、情勢は大きく改善している。終盤に向け、自民党支持層をさらに強固にしていきたい」と語った。

 同党は業界の組織・団体の引き締めに躍起だ。自民党幹部は「残りの期間、小池氏に奪われている自民党支持票を切り崩し、奪い返す。そのためには、何度も組織・団体を回ってお願いするしかない」と強調する。

 増田氏と接戦を演じている小池陣営には、政党の組織的な支援はない。陣営の一人は「東京都という有権者が多いところは、どうなるか分からない。最後まで気が抜けない」と緩みを警戒している。

YOMIURI ONLINEより)

なお、朝日はまだ記事を出していない模様。

三宅洋平もひどいが、三宅洋平を推薦した内田樹はもっとひどい

このツイートは見れば見るほど腹が立つ。

https://twitter.com/MIYAKE_YOHEI/status/754713398873423872

三宅洋平

@MIYAKE_YOHEI

総理、何なら一緒に高江に行きませんか、とは云えませんでした。三宅はまだそんなもんです。

昭恵さんチャーミングな方でした。幾ら批判の声があろうが、そう思います。

しかし私は間違っても自民党改憲草案にほだされるような事はありません。

9:24 - 2016年7月17日

三宅洋平にも腹が立つが、今までさんざん三宅洋平を持ち上げてきた山本太郎小沢一郎の「信者」たちにはもっと腹が立つ。

しかし、それ以上に腹が立つのが、ひところは「リベラル」の間で教祖的人気を誇っていたこともあるこの御仁の、あまりにも無責任なツイートだ。

https://twitter.com/levinassien/status/754821614429102080

内田樹

@levinassien

@TomoMachi こんにちは。内田樹です。今回は町山さんのアドバイスに素直に従うべきでした。評判を聞いた限りでは「許容範囲」だと思ったんですけれど。本人知らないで推薦するのは危険ですね。反省してます。

16:34 - 2016年7月17日

つけ加えると、共著もあるお仲間の内田樹を批判した*3までは良かったが、謝られていきなり腰砕けになって恐縮してしまった*4町山智浩馴れ合いぶりも失笑ものだった。

内田樹は、恐縮する町山氏にこんなツイートを返している。

https://twitter.com/levinassien/status/754846715480449024

内田樹

@levinassien

@TomoMachi いやいや「言い過ぎる」のが町山さんの持ち味ですから、それでいいんです。久しぶりに人に叱られて、びしっと反省しました。

18:14 - 2016年7月17日

どうやら内田センセイの周りには、センセイにもの申すことのできる人すらいないらしい。安倍晋三もかくやと思わせる「裸の王様」ぶりだ。

これでは「リベラル」の勢力がいつまで経っても伸びないはずだ。いやはや。

「音楽に政治を持ち込むな」は「音楽に政治を持ち込め」と表裏一体の関係にある

「音楽と政治」の話題に関する記事なので、これを取り上げないわけにはいかない。

フジロック「音楽に政治を持ち込むな」問題のバカらしさ?歴史を紐解けば、「音楽と政治」は切っても切れない関係なのに  | 賢者の知恵 | 現代ビジネス [講談社]

2016年07月22日(金)

フジロック「音楽に政治を持ち込むな」問題のバカらしさ〜歴史を紐解けば、「音楽と政治」は切っても切れない関係なのに

文/辻田真佐憲(近現代史研究者


広がり続ける音楽と政治の問題

7月22日から24日にかけて、フジロックフェスティバルが新潟県苗場スキー場で開催される。同イベントをめぐっては、同月16日にSEALDs奥田愛基の出演が発表されて以来、「音楽に政治を持ち込むな」とネットで大きな話題になり、マスメディアでも取り上げられた。

騒動の発端は、単にひとりの政治運動家に対する忌避感にすぎなかったのかもしれない。ただ、ここまで大事になったのは、音楽と政治の関係という重要な問題が示されたからにほかならない。

音楽に政治を持ち込むのは悪いことなのか。そもそも音楽と政治はどのように関係しているのか。音楽は反体制のものなのか。今後、音楽は政治とどう付き合っていくべきなのか。「音楽に政治を持ち込むな」騒動は、こうした一連の疑問を呼び覚ましたのである。

ときあたかも、現代日本では、音楽と政治が結びついた事例が散見されつつある。今年に入ってからの動きをいくつか列挙してみよう。

1月10日、陸上自衛隊中部方面音楽隊の鶫真衣陸士長が、大阪で催された講演会「日本が戦ってくれて感謝しています」で「海ゆかば」を歌唱した。3月13日、SPEED今井絵理子(現・参議院議員)が自民党の党大会で「君が代」を独唱した。同月23日、超党派議員連盟演歌歌謡曲を応援する国会議員の会」が設立会合を開いた。

7月3日、2020年東京五輪組織委員会森喜朗会長が、リオデジャネイロ五輪の代表選手団の壮行会で「国歌を歌えないような選手は日本の代表ではない」などと発言した。同月17日、シンガーソングライター山口采希が、横浜で催された日本青年会議所主催の「サマーコンファレンス2016」で「教育勅語」を歌にした曲「大切な宝物」を歌唱した。

さらに同日、参議院選挙に立候補した音楽家の三宅洋平が、安倍昭恵首相夫人と会合し、安倍晋三首相とも電話で話したとツイッターで発信した。

個々についていまは論評しないが、このように音楽と政治の話は、無視できないほどに広がりつつある。国外でも、ニーステロトルコクーデタに関して、国歌や行進曲が追悼や動員に使われた例がある。音楽と政治の問題は、今後の日本や世界を考えるうえでも、参考になるはずだ。

まず何より、音楽は多くの場合「反体制のもの」どころか、体制の支配の道具として用いられてきた。特に強権的な政権であればあるほどそれが当てはまる。ナチスドイツ軍国主義日本、スターリンソ連などがその典型的な例だ。その中でも最悪だったのはソ連で、音楽に限らず芸術家に「社会主義リアリズム」を押しつけようとした。わかりやすくいえば、スターリンソ連は、「これこれこういう芸術作品を作るな」ではなく、「こういう(「社会主義」、否、スターリニズムに奉仕する)芸術作品を作れ」という命令だったということだ。だから芸術家を抑圧する度合いにおいて、ナチスドイツ軍国主義日本ももちろん酷いけれども、スターリニズムはそれらと比較してもさらに苛烈を極めたといえる。そして、志位和夫が大好きだというショスタコーヴィチの音楽は、スターリニズムに対する抵抗芸術という側面を持っているのだ。嘘だと思うなら志位さんに聞いてみてよね。

それにしても山口采希(やまぐち・うねき)って何者だよ。そのうち田原総一朗に売り込んで朝生の常連にでもなるんじゃないか? あの「わけのわからない変な古事記女」(吉木誉絵)のお仲間として。

それにしても三宅洋平、ひどいよねえ。まあ「民族がひとつになるための新しい時代の始まり」*5とかなんとかほざいていた人間だと前から知ってたから、今回の件はさもありなんとしか思わないけど。三宅は直近では自らのブログで、沖縄の高江でオスプレイなどの離着陸に使われる米軍のヘリパッドの建設工事再開について、

高江のことについては、現在まさに深刻な対立が生まれている状況下にあって、僕としては総理はじめ、政権にあられる皆さまには今一度、住民や反対派の感情や境遇に寄り添う気持ちを持った上で、ご判断いただきたいというのが率直なところです。

政権を運営する人々には、どちらかの側に立つのではなく、推進と阻止の間に立って、その対話、調整をより強く意識してもらいたいのです。

などと書いている。もののみごとに安倍昭恵に丸め込まれてしまったようだ。

もういい加減「左」側のある種の人たちは、三宅洋平だの山本太郎だの小沢一郎だのの幻想から自由になるべきだろう。小沢や山本はいざ知らず、三宅洋平なんか宇都宮健児支持者たちを小池百合子支持に流し込もうと煽動した人間といくらも違わないくらい有害だ。もっとも、参院選ではその三宅が「支持層のかぶる」おおさか維新の会公認候補・田中康夫の票を食ってくれたばかりか東京生活の党支持層を掘り起こしたおかげで、「改憲4党」の議席を2議席減らしてくれたわけではあるけれども。

脱線してしまった。「現代ビジネス」の記事の引用に戻る。

きわめて視野狭窄的な主張

では、そもそも音楽に政治を持ち込むことは悪いことなのだろうか。まず、この問題から考えてみたい。

音楽と政治の関係は、実は決して例外的なものではない。むしろ、歴史的にはずっと結びついてきたといってもよい。これは洋の東西問わずそうである。

古代中国では、政治が乱れれば音楽も乱れるとされ、「鄭衛の音は乱世の音なり」「桑間濮上の音は亡国の音なり」などといわれた(『礼記』)。一方、古代ギリシャでは、詩人が韻律やリズムを使ってひとびとの低劣な感情を刺激すると、国の政治をゆがめかねないと危惧された(プラトン『国家』)。

もっとも俗世間から離れているように見えるクラシック音楽さえ、実は政治と深く関係を持っていた。音楽家たちが宮廷や国家に保護されていたのだから当然である。

ハイドンハプスブルク家のために皇帝賛歌を作った。ベートーヴェンナポレオンに捧げるために交響曲第三番を作った。ブラームスは音楽で普仏戦争の勝利を祝い、ヴェルディは音楽でイタリア統一運動を支援した。ショスタコーヴィチハチャトゥリアンソ連のために、リヒャルト・シュトラウスナチス・ドイツのために、それぞれ音楽を提供した。

近代以降に著しく増加した、国歌、愛国歌軍歌、革命歌、労働歌のたぐいが、政治と関係があるのはいうまでもないだろう。

したがって、「音楽に政治を持ち込むな」という主張は、きわめて視野狭窄である。音楽は政治と昔から関係していた。それ自体に良いも悪いもない。すべてはこの前提から話を進めなければならない。

「音楽は政治と昔から関係していた」のはその通りだが、「それ自体に良いも悪いもない」という意見には反対だ。少なくともナチスドイツに積極的に協力したリヒャルト・シュトラウス指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤンなんかは悪いに決まっている。ショスタコーヴィチの音楽が実はスターリニズムに対する抵抗芸術であるのは前述の通り。

日本は近代化のために洋楽を取り入れた

音楽と政治の密接な関係は、もちろん日本にも当てはまる。特に、洋楽の歴史は政治を抜きに考えることができない。

明治時代、日本は近代化のために洋楽を輸入した。宮廷の雅楽家は、国際儀礼のために洋楽を学んだ。陸海軍軍楽隊は、規律訓練や士気高揚のために洋楽を取り入れた。文部省は、唱歌を通じて子供に国民意識を植え付けるために洋楽を採用した。キリスト教の教会を除けば、明治初期の日本に洋楽を普及させたのは、すべて公的な機関だったのである。

海軍軍楽隊雅楽家が協力して作った「君が代」が、政治的な音楽であることはいうまでもないだろう。軍歌や行進曲のたぐいもそうである。今日では政治色が感じられない唱歌も、当時の歌詞はもっと政治色が濃厚だった。

たとえば、「蛍の光」には「ひとつに尽くせ国のため」という歌詞があり、「われは海の子」には「いで軍艦に乗組みて、我は護らん海の国」という歌詞があった。文部省は、こうした唱歌を子供に歌わせ、日本人としてのアイデンティティーを養おうとしたのだ。

それゆえ、近代日本の音楽家たちも、政治と無縁ではいられなかった。クラシック音楽の大家である山田耕筰も「連合艦隊行進曲」や「米英撃滅の歌」などを作曲し、夭折した滝廉太郎でさえ「日本男児」や「我神州」のような作品を手がけていた。

一方、「体制」側だけではなく、民間の俗謡にも、政治的なテーマの曲は存在した。その象徴が演歌だ。演歌はもともと「演説の歌」のことであり、自由民権運動の壮士たちが宣伝のために歌い歩いたものだった。

やがて自由民権運動が落ち着くと、演歌は社会風刺の歌へと変貌していった。有名な演歌師・が作った「あゝわからない」には、次のような歌詞さえある(一部、今日では不適当な表現があるが、歴史資料としてそのまま引用する)。

あゝわからないわからない 賢い人がなんぼでも

ある世の中に馬鹿者が 議員になるのがわからない

議員といふのは名ばかりで 間ぬけで腑ぬけで腰ぬけで

いつもぼんやり椅子の番 唖かつんぼかわからない

2016年に「演歌議連」を作った政治家たちは、演歌を「日本の心」などと唱え、あわよくば演歌の人気を集票に結びつけようとしたのかもしれない。だが、演歌は本来そんな都合のいい音楽ではなかった。

そのほか、社会主義運動に関連して、欧米の革命歌や労働歌が輸入され、日本語に翻訳されて歌われた。このように、日本にあっても音楽は、体制・反体制問わず、政治と切っても切れない関係にあったのである。

ここもまた突っ込みどころ満載の文章だ。

演歌はもともと「演説の歌」のことであり、自由民権運動の壮士たちが宣伝のために歌い歩いたものだった。

というのはその通りだろうが、それと「演歌議連」を作った政治家たちが言っている「演歌」、つまりWikipediaさんの記述に拠れば

2. 1960年代半ばに日本の歌謡曲から派生したジャンルで、日本人独特の感覚や情念に基づく娯楽的な歌曲の分類の一つである。当初は同じ音韻である「艶歌」[2]や「怨歌」[3]の字が当てられていたが、1970年代初頭のビクターによるプロモーションなどをきっかけに「演歌」が定着した。

とされているものを同一に論じるのは誤りだろう。上記Wikipediaも「1. 明治時代自由民権運動において政府批判を歌に託した演説歌の略」と区別している。「ここでは1.2含めて概説する」とはしているけれども。

なお、童謡「桃太郎」の異様なまでの侵略性・好戦性と、その一方で芥川龍之介が小説で桃太郎を侵略者として描いたことを辺見庸の『1★9★3★7』が指摘している。

岡山県香川県は、いい加減桃太郎の宣伝にかまけるのは止めてはどうだろうか。また話が逸れるが、四半世紀前の1991年岡山吉備津神社に行った時、当時20代と思われたうら若き巫女さんが、「温羅(うら=吉備に残る伝承では吉備津彦命に退治されたという鬼)に魅せられて巫女になりました」と言っていたことが強く印象に残っている。凛々しくてあっぱれな女性だと思った。岡山県もそうだが、香川県桃太郎なんかよりも鬼ヶ島(女木島)の鬼をたたえる観光キャンペーンでもやった方が良い。香川高松市鬼無)の桃太郎神社なんて実にしょぼいものだし、あんなものを売り物にしても何の効果もない。

記事の引用に戻る。

「音楽に政治を持ち込むな」が話題になった理由

さて、ここで話を「音楽に政治を持ち込むな」騒動に戻そう。

音楽は政治と深い関わりがある。音楽は体制にも反体制にも利用される。これは、歴史的に見て明らかである。にもかかわらず、なぜ現代日本では音楽と政治の関係がかくも問題になってしまったのだろうか。

そこには、戦後日本の特殊な事情があると考えられる。日本においても、70年安保があった1970年ごろまで、ひとびとは音楽と政治の結びつきに自覚的だった。革命歌や労働歌、また旧時代の軍歌や愛国歌も比較的よく知られていた。

ところが、その後消費社会化が急速に進むなかで、多くのひとびとは政治を深く考えなくても豊かで安定した生活を送れるようになった。それにともなって、音楽に政治を持ち込むことは「ダサい」「時代遅れ」とみなされ、歌謡曲、ポップス、アニソンなどから政治色が抜けていった。

この傾向は、おおむねゼロ年代まで続いた。つまり、政治を考えなくてもよい「幸せな時代」がたまたま長く続いたのだ。その結果、日本人のなかで「政治と音楽は別」「音楽に政治を持ち込むな」という意識が形成されたのである。

ところが2010年代に入り、その状況が変わりつつある。東日本大震災原発事故の発生。解決が見えない貧困、格差、少子高齢化財政赤字などの問題。日本人は、豊かで安定した社会を失い、それまで覆い隠してきた政治の問題と向き合わざるをえなくなった。

消費の時代から、政治の時代へ。その移行のなかで、音楽にもかつてのように政治の問題が押し寄せているわけだ。「音楽に政治を持ち込むな」騒動の背景には、こうした時代の変化に対する戸惑いがある。音楽と政治の関係は、時代の過渡期であるからこそ、問題となり、議論になったのである。

音楽に政治を持ち込むことは「ダサい」「時代遅れ」とみなされ

という風潮は確かにあったし、それを批判して「昔のフォークソングにはもっとメッセージ性があった」という俗流「革新」の意見もまた昔からあった。そして私はその両方に違和感を持っていたのだった。後者に対しては、メッセージ性がなければ価値が認められない音楽なんかたいした音楽ではない。そんなものはクソ食らえだ。そうずっと思っていた。というのは、ソ連当局に迎合して書かれた音楽の大半がくそ面白くもないことを痛感させられていたからだった。

しかし、著者が「政治色が抜けていった」と評する音楽には、果たして「政治色」はなかったのだろか。そんなことはない。それらには、コマーシャリズムというきわめて強い「政治色」があった。

さらなる音楽と政治の結びつきに備えよ

現代日本の抱える諸問題が解決する見通しは暗い。政治の時代は当面の間続くことが予想される。

それゆえ、音楽と政治はますます結びつきを強めるだろう。ミュージシャンはより積極的に自分の政治的な立場を表明し、政府政党もより積極的に音楽を利用するだろう。政治と縁遠い音楽がなくなるわけではないとはいえ、われわれの社会は、音楽と政治が結びつく、当たり前の状態に回帰していくに違いない。

それはなにも愛国歌軍歌の単純な復活ではない。音楽はその時代の流行を取り入れる。現在であれば、ボーカロイドアイドルの歌などに政治的な要素が流れ込むのではないか。ユーチューブニコニコ動画にはすでにそのような音楽があるし、冒頭に掲げた「教育勅語」の音楽化もそのひとつと考えられる。

あるいは、政治的な音楽は、昨今話題のAR(拡張現実)やVR(仮想現実)の技術を取り入れ、ひとびとの感情をこれまで以上に効果的に、自然なかたちで刺激してくるかもしれない。

このような状況で、「音楽を政治に持ち込むな」といっても詮ない。それどころか、かえって強い政治的な意味を持ちうる。

「政治を持ち込むな」という主張は、あたかも自分は無菌状態にあるかのごとくである。とはいえ、実際ひとは政治と無縁ではいられない。「政治を持ち込むな」という主張は、自らの政治性を自覚せず、それを他人に押し付ける危険性を持っている。

まして貧困化し、余裕を失っている現代の日本では、「政治を持ち込むな」という主張は、「空気にあわせろ」「多数の意見に同調せよ」という圧力にもなりかねない。

つまり、「音楽に政治を持ち込むな」という主張は、かえって野放図に音楽に政治性を持ち込む可能性があるわけだ。そこで、われわれは音楽と政治の結びつきを自覚しなければならない。そして、これに無闇に反発するのではなく、「ここで表現されている政治性は妥当なのか」と是々非々で考えるようにしなければならない。

音楽の政治性を認めたうえで、その政治性に一定の歯止めをかけること。こうすることによって、ますます強くなる音楽と政治の結びつきに、われわれは適切に対処できるのではないだろうか。

この最後のページは、やや表現が弱いとは思うがその通りだろう。「音楽に政治を持ち込むな」という主張こそ、政治的な主張そのものだ。

私はもっとも有害なのは「音楽に政治を持ち込め」という思想(社会主義リアリズムはその一例)だと思うが、「音楽に政治を持ち込むな」という一見もっともらしい主張は、「音楽に政治を持ち込め」という思想と表裏一体の関係にあると言っても過言ではない。