「エコノミスト」5月18日号「それは日本だ」

1、 我善坊さん、コメント有難うございます。
それにしても歴史で何が「常識」か?は難しいですね。

たまたま、28日付の東京新聞(夕刊)は「伊藤律スパイ説修正」として、以下の見出しに始まる記事を載せています。
「昭和史に残る国際スパイ事件。その摘発の端緒は、共産党元幹部伊藤律の密告だった。伊藤の生誕百年の当たる今年、通説とされてきたこの「伊藤スパイ説」が事実上覆された・・・・・」とあります。


2.いま新聞紙上で「歴史認識」という言葉が毎日のように登場します。
時局問題を取り上げるのはこのブログの本意ではありませんが、多少「歴史」にからんで、5月18日号「エコノミスト」の4頁の日本特集記事を紹介します。

特集は写真のようにスーパーマンに扮した安部首相を表紙に載せて、「これは鳥、それとも飛行機?いや、これは日本だ」として「アベノミクスナショナリズム、そして中国への挑戦」を取り上げます。

因みに目次に添えられたリード文は
「安部首相は繁栄する日本と愛国的な日本についてのヴィジョンを持っている。経済面の施策の方がナショナリズムよりも良さそうだ」とあります。あるいは「彼が歴史にこだわらずに、経済に注力していけば成功するのではないか」とも。

記事には、日本の内政に対する高い関心と期待、対して、歴史認識を含む外交政策への強い警戒感が受け取られます。


3.英国の雑誌「エコノミスト」は、2010年11月20日号で「日本の重荷(Japan's burden)」と題して、14頁にわたる日本特集を載せました。
総合的にかつ真面目に論評したものですが、日本が抱える構造問題とそれに対する取り組みにかなり悲観的であり、
「課題は山積しているが、どうも危機感を感じない」として「みんな温泉に入って“いい湯だな”と感じている」という若い起業家の言葉を引用しつつ、
「いま日本に必要なのは文化革命を起こすことではないか。一人ひとりの「意識」や文化」ひいては「行動」や「システム」を変えることではないか」
と問題提起しました。
この点は以下のブログでも紹介しました
http://d.hatena.ne.jp/ksen/20110106


4.日本が同誌の表紙に載るのは、これ以来で前回の14頁から今回はわずか4頁とはいえ、注目されているのは悪くない、と個人的には思います。
かって日本には「Japan bashing(日本叩き) 」という言葉が使われました。貿易黒字が積み上がり、バブルで膨れ上がったジャパンマネーが海外の不動産を買い漁った頃です。
それが長らく不況で、「 Japan passing (日本駅は通過)」と言われるようになり、最近は「 Japan nothing(日本は話題にもならない)」となりました。
今は私の勝手な造語ですが、「 Japan something(日本も何かやりそうだ)という感じが生まれているのでしょう。

あるメガバンク系のシンクタンク国際通貨研究所の理事長をしている行天さん(もと大蔵省財務官)が同研究所のメール・マガジンに、欧米や中国が是非はともかく、この「アベノミクス」に大いに驚き、注目していると書いています(5月14日付)。
「驚き」は、日本が久しぶりに、政治が経済をリードする姿を見た、ということでしょう。「エコノミスト」もM&A(企業買収)の用語になぞらえて、安部首相が日銀を「敵対的買収(hostile takeover)」をして黒田氏を持ってきたという表現を使っています。

その上で行天さんは、以下のように言います。
「幸い、株高・円安というアベノミクスのボーナスはまだ続いているが、日本経済はこれ以上のボーナスを期待するのではなく、本業の改善に本気になるべきであろう。円ドル相場も100円手前でストップしたように見えるが、それは「良い円安」の局面が一段落したと考えるべきである」
そして最後をこう結びます。
「このところ、海外を飛び廻ってつくづく感じるのは、このアベノミクスは日本経済にとって最後のチャンスではないかなということである」。


5.いわゆる「アベノミクス」についてここで詳しく紹介する必要はないとは思いますが、
「大胆な金融政策」「機動的な財政戦略」「民間投資を喚起する成長戦略」の「三本の矢」で経済の再生をめざす、というもので
とくに、
(1)日銀が直接コントロールできるお金を大量に増やして市場に資金を流す
(2)その結果、年率2%のインフレ達成に日銀が責任をもと
といった施策を主にするもの。


その背景には「貨幣数量説」の考えがあります。
「MV=PY」で表されるもので、「貨幣量X貨幣の回転速度=物価X産出量=名目GDP国内総生産)」です。
問題は「方程式」に書いてあると本当らしく見えますが「1+1=2」とは違って「仮説」だということ、また、仮にこの説をとっても、貨幣が増えても「貨幣速度」が一緒に増えないと(例えば、タンス預金にならないで使われる)GDPの増加にはつながらないということです。

さらには、金融政策だけでは実体経済にはプラスの効果はない。いまのデフレはお金が回っていないからではなく、高齢化やグローバル化など構造的な問題である。むしろ金利の上昇が国債の価格下落につながり、国債のさらなる増発につながる・・・という根本的な批判もあります。

成功シナリオになるかどうかは、前述した行天さんの認識の通りだろうと思います。

今回は、金融経済政策への海外の関心・注目に紙数を費やして、もう1つの、歴史認識外交政策への海外の懸念については、触れる余裕がなくなりました。
行天さんが言うように「本業の改善に本気」で取り組むべきなのに、過去の歴史認識や愛国日本にこだわるあまり、「本業」がないがしろになってしまうのではないか、そのための最悪のシナリオは、構造改革まで行かずに経済が失速し、他方で近隣諸国との緊張だけが高まる・・・エコノミストは、こういう流れをいちばん懸念しているようです。