ゲリー・ケネディ ロブ・チャーチル「ヴォイニッチ写本の謎」

筆者の一人ゲリー・ケネディが親類の葬式に出席した際、自分の遠い縁者にヴォイニッチという人物がいて、奇妙な写本を発見したことで有名だという話を知る。その話に好奇心をくすぐられ、ついにはヴォイニッチ写本の現物に対面する。そのときの感動から本書は始まる。

ウィルフリッド・ヴォイニッチが20世紀初頭に発見した写本は、見たこともない文字で綴られ、不思議な魅力を放つ異様な絵で飾られていた。どうやら、この文字は暗号らしい。しかし、どうやっても解くことができない。
そもそもこのヴォイニッチ写本とは何なのか? 誰が書いたのか? これは秘密の薬学書なのか、人類に警鐘を鳴らす予言書なのか、精神に異常をきたした者の仕業か、それとも香具師による偽書なのか。
未だ解けない世界最大の謎の書として、いまでも多くのアマチュア研究社を魅了し続けている。

2まずヴォイニッチ写本を誰が書いたのかが問題となる。このへんはジョージ・ヘイ編纂の「魔道書ネクロノミコン」に似ている。どうやら謎の書物がでてくると、それを書いた人物というのはいつものメンバーになってしまうようだ。13〜16世紀で暗号を書けるほどの知識人というのは、それほど多くないからだろう。

次に暗号の問題。暗号学に関してはサイモン・シン「暗号解読」から、かなりの引用がある。しかし、初等レベルの暗号も、複雑なもの、色々適用してもうまくいかない。なんとか平文のラテン語に変換できても、まったく文章としてなりたたない。そもそもヴォイニッチ写本が偽書でなければ、これが書かれた当時の暗号学はたいしたことがなかったので、簡単に解けるはずなのだ。

もうひとつは絵の問題だ。本書にも多くのフォリオが掲載されているが、たしかに異様な絵である。技巧はなく素朴なのだが、どこかしたマトモでない感じがするのだ。本書ではアウトサイダー・アートのような精神に異常をきたした人間によるものなのでは、という説も披露されている。
個人的には、フォリオを見て即座にルイジ・セラフィーニの「コーデックス・セラフィニアヌス」を思い出した。人工言語、異様な絵、特に植物図鑑のようになっているフォリオは、まるで宇宙食物のようで非常に似ている。恐らくセラフィーニが真似ているんだろうけど、本書ではまったく触れられていないのはちょっと残念。

筆者はアマチュア研究者であり、アカデミックな分析には欠けるところがある。逆に、読む側としてはとっつきやすく、その情熱的な文章にぐいぐい引き込まれるだろう。
本書に書かれていることで非常に残念だと感じたことは、ちゃんとした学者は学識を疑われるということから、あまり研究に乗り気ではないらしい。アマチュアの研究者が心血を注いで、解読に当たっているのが現状のようだ。
それだけに、まだまだ研究の余地がある。特に絵に関してはもう少し精妙な分析ができるように思えるので、今後に期待したい。

かなり参考にしたらしい本。文庫になりました。

暗号解読 上巻 (1) (新潮文庫 シ 37-2)
サイモン・シン 青木 薫
新潮社 (2007/06)
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暗号解読 下巻 (3) (新潮文庫 シ 37-3)
サイモン・シン 青木 薫
新潮社 (2007/06)
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魔道書ネクロノミコン 完全版
ジョージ・ヘイ 大瀧 啓裕
学習研究社 (2007/05)
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余談1

ウィルフリッド・ヴォイニッチの奥さんはエセルは、数学者ジョージ・ブールの娘。ブール代数に日頃お世話になっている人も多いはず。

余談2

ハンスペーター・キュブルツによる混声合唱とオーケストラのための「ヴォイニッチ・サイファ写本」という楽曲があるらしい。ぜひ聞いてみたい。