Hatena::ブログ(Diary)

lithosの日記

2016-07-30

講演会のお知らせ

8月14日(日)、講演会を行います。詳細は以下の通りです。事前予約が必要です。

科学読物研究会の主宰ですが、会員以外でも参加できます。写真を見ていただきながら、いろいろな石の模様についてお話いたします。

申し込みは末尾の方にある、メールアドレスまでお願いします。

科学読物研究会8月例会「美しくも神秘的な石の世界を楽しもう!」

日時:8月14日(日)13:30〜15:30 (開場:13:15)

場所:筑波大学 東京キャンパス文京校舎 119番教室HP参照)

    http://www.tsukuba.ac.jp/access/bunkyo_access.html

    東京メトロ丸ノ内線茗荷谷駅 出口1から徒歩5分

会費:会員1家族500円、一般1家族1000円

資料代:200円

共催:サイエンスライティング研究、日本サイエンスコミュニケーション協会

例会担当:木甲斐由紀・坂口美佳子・市川雅子

申し込み:7月12日受け付け開始。メールで市川雅子まで(先着60名まで)

    申し込みの際には「8月例会申し込み」とタイトルをつけていただき、

    (1)会員か一般参加なのか、

    (2)大人か子ども(子どもさんは出来れば年齢か学年を教えて下さい)かをお知らせ下さい。

    (3)人数だけでなく、お名前もフルネームでお願いします。

    m-ichikawa-02@jcom.zaq.ne.jp

締めきり:8月9日(火)

※定員になり次第、締め切ります。キャンセルの場合は必ず連絡して下さい。

2016-07-26

『美しいアンティーク鉱物画の本』刊行

編纂をした本が刊行されました。19世紀前半から20世紀初旬の、鉱物画の画集です。図鑑、百科事典、鉱物学書などに入っていた手彩色や多色石版印刷の鉱物画の名作をセレクトした本です。写真の図鑑にはない味わいがある世界です。創元社から。

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美しいアンティーク鉱物画の本

美しいアンティーク鉱物画の本

2016-06-25

『たくさんのふしぎ』7月号「四万年の絵」を書きました。

ここ数年ブログをさぼり気味で、お知らせし忘れていましたが、福音館書店月刊誌『たくさんのふしぎ』の7月号、「四万年の絵」を書きました。発売中です。

ここ3年あまり繰り返し赴いて撮影してきた、オーストラリアの岩絵についての本です。現在確認されているもので約三万年、可能性としては四万年の歴史がある、オーストラリアの岩絵と、西欧人の到来以来、アボリジニが経験した苦難についてまとめました。子ども向けですが、アボリジニの岩絵だけについてまとめた本は日本で初めてです。是非ご覧ください。

2016-02-28

ウェブショップ再開

数年お休みしていた石のオンラインショップLithos Graphics Shopを再開しました。少しずつ商品を増やしていく予定です。

http://lithosshop.cart.fc2.com/

2016-02-15

『不思議で美しい石の図鑑』7刷り訂正について

『不思議で美しい石の図鑑』(創元社)が、重版になり、7刷になります。そこで、新しい訂正箇所をお知らせします。7刷でまだ直しがあるというのもお恥ずかしい限りですが。

030-033頁、産地情報のうち、Bobanongとされていた所が、全てBobonongに。間違いでした。これに伴って、163頁の該当部分も同様の修正が入りました。

055頁の右上4-5行目、「オーココ」が「オチョコ」に、070頁の左段8行目の「オーココ」も「オチョコ」に。これも単純な間違いでした。ネット上では地図や観光地情報でオーココになっているものが多いですが...。

2016-02-02

装丁のサイトを作りました。

今さらながらですが、本業のブックデザイン(本の装丁)の仕事のウェブサイトを作りました。

これまでに作ったブックデザインの一部をジャンル別に掲載しています。

http://lithos-graphics.com/design/

2015-08-22

ウェブサイト大幅更新

6月-7月のオーストラリア岩絵撮影行をウェブサイトLithos Graphicsに反映しました。

http://www.lithos-graphics.com/australia/australiatop.html

解説は本当に簡単なもので済ませましたが、ウェブでオーストラリアの岩絵を紹介しているものとしては、現在最も充実したものになっているはずです。

後はクイーンズランド南西部のカーナボン渓谷、キンバリー地方のアクセスが困難な場所が残っていますが、これは今のところ撮影予定は立っていません。

2015-06-30

オーストラリア岩絵撮影行・11日目(カカドゥ国立公園)

実質的な最終日だが、ダーウィンからケアンズに戻る飛行機は夜なので、かなり時間がある。やはり最後まで岩絵撮影に時間を使うことにし、ノーランジーとともにカカドゥ国立公園内の岩絵サイトとして知られる、ウービルに行く。途中までは昨日訪れたオーエンペリと同じ道を行く。ウービルはカカドゥ国立公園の北東の端だ。

前回は夕暮れ時に行ったので、別の時間に行けば少し印象も違うかもしれない。

ウービルは凄い人だった。団体客がたくさん集まっていて、ナングールーワーに人がいなかったのと比べると同じ公園とは思えないものがある。

小さい、簡単なタッチで描かれた独特なポーズの人物像がある。足を片方曲げて大きく開いた独特のポーズは「ノーザン・ラニング・フィギュア」と呼ばれ、約5000年前くらいの絵と考えられている。走っている姿にしてもちょっと不自然な姿だ。

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ここはX線技法で描かれた魚の絵が有名で、この地域で獲れた様々な魚やカメの絵がずらりと並んでいる。カンガルーも現在インジャラクのアート・センターなどで描かれている樹皮画とほぼ同じ技法で描かれたものがある。

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だが、やはり今回は少しマイナーな、線だけで描かれた人物などに興味がある。

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遠い岩肌にかかれた、古い技法の虹ヘビがとても面白い。タッチからすると1万年前くらいの絵かもしれない。虹ヘビといっても人物のようなものを骨格のようにしてふんわりとした輪郭があり、小さなカンガルーが二つ入っているという、不思議な絵で、説明がなかったらこれが虹ヘビとはとても思えない。最も古いタイプの虹ヘビはえてしてこういう形であると、カカドゥとアーネムランドの岩絵に関する本にかいてあった。カンガルーの大きさを考えるとかなり大きな生き物というのもわかる。

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一番高い岩の上に上ると、前回5月1日に訪れたときには水がかなりあったウェットランドも、すっかり水がひいていた。広大な土地であることが実感される。

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虹ヘビは水をあやつり、この地形を作ったと言われている。大きく蛇行しながら流れる川の形はヘビそのものだし、氾濫して人が住む場所を飲み込んでいる。オエンペリも洪水に合い、皆近くの山の上に避難したことがあるらしい。また、虹ヘビは子供の声が嫌いで、虹ヘビの住む場所で泣いたり騒いだりすると目を覚ました虹ヘビに食われてしまうという話がある。子供のしつけのために作られた話かもしれないが、新保満氏の本など読むと、アボリジニは子供に非常に甘く、甘やかし放題だと。それがイニシエーションを受け、大人になるとうってかわって厳しい掟に従って生きなければならなくなる。女性も先ず年取った男の何番目かの妻になり、年上の妻から生活のためのあれこれを教えられることになる。

ウービルから降り、ダーウィンへ向かう。300キロ弱の距離だ。これで今回の旅はお終い。最後になるかもしれないと思うと寂しいものがある。

2015-06-29

オーストラリア岩絵撮影行・10日目(再びアーネムランドに)

この日は最初にオーストラリアに訪れたときにも参加した、アーネムランドのオエンペリ(=グンバランニャ)とインジャラクの丘に行く日帰りツアーに参加する。Lord's Kakaduというツアー会社でオエンペリから許可を得ている少ない会社のひとつだ。アーネムランドから飛行機で帰ってきて、また入るのもばかばかしいが、それぞれルールが厳格に決まっているので仕方ない。

前回参加したときは雨期が終わってシーズンが始まる最初の日だったので、キャラヴァンカーに10人ほどの参加者だったが、今回大型車で20人くらいいる。

イースト・アリゲーター・リバーを越えるともうアーネムランドだ。先ず、前回同様オエンペリのアート・センターであるインジャラク・アートに寄る。オエンペリはアボリジニの町だが、アート・センター、スーパー・マーケット、警察、学校と、責任者は皆白人だ。組織的に管理・運営するということがこの地域のアボリジニのカルチャーにはなかなか馴染まないため、そうしないと回らないのだという説明だった。たとえば、スーパー・マーケットの責任者を地元のアボリジニにしたとして、親族や友人が何か欲しいと言えば、彼はお金を受け取ることはないだろうと。それが彼らのやり方なのだと。

建物の右手に編み物をする女性が、左手に絵を描く男たちがいる。

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シルクスクリーンで絹布に絵柄を刷っていた。布はカンボジアから輸入されたもので、ここでプリントした後はまたカンボジアに送るのだそうだ。むこうで縫製などするらしいが、それをまた土産物としてオーストラリアに輸入するのだろう。手間のかかる話だが、絵の版を売ることはしないということなのだと思う。

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今回のグループにはかなりの高齢者がいる。うち一人はインジャラクの丘の麓で登るのを断念した。大した勾配ではないが、岩の多い、決して歩きやすい道ではない。70代とおぼしき夫の方はステッキを両手になんとか登る。途中何度か手を引いて岩場を上がるのを手伝ったが、やはりかなり時間がかかった。

ガイドは前回と同じエリックだ。彼は前回はものすごく声が小さく、ほとんど何を言っているのかわからなかったが、今回少し言葉多くなっていて、言っていることがよくわかった。私より5歳くらい年下だということもわかった。アボリジニは老けて見える人が多いように思うが、彼は若く見える。

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ここの絵はやはりすごい。この一帯では最も絵の多い場所なのではないだろうか。特にメインのシェルターは塗り重ねられて渾然一体となっているが、この重なり具合そのものがまたひとつの作品性を帯びているように感じられるのだ。最初にオーストラリアに訪れた時、これを見ていなかったら私はここまでアボリジニの岩絵に引き込まれなかったかもしれない。

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ここでも前回あまり気にとまらなかった細く年代の古い人物像がたくさんあることに気付く。細い人物像はしばしば槍を持っている。槍には刺が多くついているものもあり、投槍器がついているものも多い。人物と別に槍などの武器が描かれることが多く、判然としないが、戦闘を彷彿とさせるものもある。キンバリー地方の絵も同じタイプで、やはり戦闘の場面らしきものがあった。氷河期が終わり、海抜が急上昇し、様々な社会的軋轢があった可能性もある。広大な土地が急激に失われ、世界観にも大きな変動があったと考えるのが普通ではないだろうか。それと比べると、その後に訪れたフレッシュ・ウォーター期の絵はどこか平穏で豊かに見えなくもない。これがコンタクト期になると呪術的図像というのが増え始める。インジャラクにも人を飲み込んだ鳥のような頭の怪物を描いた呪術的な絵があったが、今回は案内されなかった。これ以外にも是非撮り直したかった絵が二、三あったのだが仕方ない。エリックに写真でも見せれば案内してくれたかもしれないが、そうもいかず。

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細い線で描かれる人物像はかつてミミの精霊が描いたものとされていた。ダーウィンギャラリーなどで売っている樹皮に描いた絵や、ディジェリドゥに描かれた絵には細い小さな人物が描かれることが多いが、これはミミの精霊と呼ばれ、岩の中に棲んでいるといわれている。インジャラクはミミが棲む岩場が多くあると考えられていて、細い人物像は彼らの姿を彼ら自身が描いたものとされていた。つまり、人が描いたものではない、ということで、キンバリー地方におけるブラッドショータイプの絵が後に鳥が描いたものだとされていたということに共通した話だ。

ミミは人間を襲って食べるとも言われていたらしい。アイルランドのダーナ神族がケルト人との戦いに負けてシードと呼ばれる小さな妖精のようなものになって岩の中に消えたという話、スコットランドのピクト人が後に小さな人で穴蔵に棲んでいたと言われていた話、日本におけるコロボックルの話など、先立つ文化の担い手を、彼らの残した遺跡とともに、「小さな岩の中に棲む人」や妖精のようなものとして語るようになったのではという考えは、昔から民俗学で言われてきたことだが、ミミの精霊やブラッドショーについても言えることなのかもしれない。

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また、 赤ん坊にへその緒がついている絵があり、ここは前回安産祈願の場所だという説明があったような気がするのだが、今回はこれはこういう(赤ん坊?)ドリーミングを示していて、その場所は遠い所にあると言っていた。赤ん坊の上には細い古いタイプの絵があるが、天井ではなく壁面に描かれているのに、人物の天地はばらばらで空間に浮遊しているように見える。

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前回ひな鳥に餌をやる親鳥の絵かなと思っていたものが、並んで鳴くワライカワセミの絵だということもわかった。 同じパネルにある鋭い歯の生えた動物が何なのか気になっていたが、エリックはタスマニア・タイガーだと。その下にやはり黄色い手に爪が生えている動物のような絵があるのだが、なんとそれは女の絵だと。確かに乳房のようなものがついているが、本当だろうか。

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これはエリマキトカゲの絵。

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この絵は何なのかずっと疑問に思っていたが、樹皮にくるんだバッグのようなものだということがわかった。

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前回同様、丘の一番上のシェルターで食事をした。インジャラクの丘の上は岩が作り出す複雑な構造で、二、三度細い隙間を通るともう方向もよくわからなくなる。広いスペースにオーカーや食材などを砕き、挽くためのすり鉢状の穴が沢山彫られた石があった。

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下に降り、再びアート・センターに。

カゴや伝統的な編んだバッグを買う。ペーパー・バーク・トゥリーの樹皮に描いた絵はどれも魅力的だが、丸められないので持って帰るにはかさばるし、節約せねば。

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同じホテルから参加した家族連れで姉妹風の二人が私が岩絵の写真を撮っているというと、興味をもって話しかけてきた。彼女らも日本に行ったことがあるらしい。本当に多い。運転手の男性は少し前まで日本人の女性と付き合っていた、いずれ日本に行こうと思っていると。

前回このツアーに参加したときはイースト・アリゲーター川が帰りに増水していて、水位が下がるのを待たなくては行けなかった。海はそんなに近くはないが、潮位に影響をうけるのだ。今回は乾期に入って長いので問題なくスムーズに帰る。

宿で降りると、昼間一緒だった姉妹が「今夜バーベキューをやるんだけど、一緒にどう?」と。面白い人たちだったので、呼ばれることにした。キャビン形式の宿だが、自由に使えるバーベキュー設備がある(ガスだが)。85歳の父親、16の甥も一緒で、甥は白馬にスキーに来たことがあると。ざっくばらんで楽しい家族だった。姉の方はいろんな素材で作品を作っているといい、ウェブサイトを交換した。

どうも今回夕食をご馳走になることが多い。

2015-06-28

オーストラリア岩絵撮影行・9日目(カカドゥ国立公園)

朝サファリから行きと同じパイロット、同じ飛行機に乗ってジャビルに戻る。

今日は一日フリーだ。前回行けなかったジムジム・フォールズなど、カカドゥ国立公園の有名なスポットに行く手もあったが、どうせなので、カカドゥ国立公園内の岩絵サイトを再訪し、徹底的に撮ることにする。

前回も重宝したジャビルのパン屋に寄って昼飯を買う。バゲットにサラミなどが挟んであるサンドイッチが800円近くする。高いが、うっかりホテルのレストランで食べようなものなら、大変なことになるだろう。朝食のビュッフェが2000円以上することもあるのだ。

ジャビルから少し南西に戻ったところにあるNourlangie Rock=ノーランジー・ロックの岩絵を見ることにした。この岩の伝統的な名はBurrungguiでブルンッグィと発音するのだろうか。このエリアがナウランジャと呼ばれていたことで、ノーランジーと呼ばれるようになったらしい。大きな岩山だ。カカドゥの東南エリアからアーネムランド西部に広がる巨大な堆積岩の岩盤アーネムランド台地は1億6千年前に出来た(形成が終わったとき)砂岩を主にする厚い堆積岩の層だ。丸石がたくさん詰まった礫岩が多く見られる場所もあれば、ノーランジー周辺ではクオーツや方解石の礫がたくさん含まれる層が目立つ。ナングールーワーは車から降りて徒歩30分くらいの距離にあるシェルターだが、途中の道にもクオーツの礫がたくさん落ちていて、これがなかなか美しい。

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Nanguluwur=ナングールーワーに行くと、ハイ・シーズンだというのに私の他は誰もいない。

ここはシェルターの天井が8メートルと高く、古いハンド・ステンシルがたくさん押してある。いくつかは人さし指から薬指までをくっつける独特な形で、これはエミューの足を模したものだとも言われている。この形はダイナミック・フィギュア期と呼ばれるの絵と一緒になっていることも多いため、2万年前まで遡るかもしれないと言われているらしい。とすると、今は非常に高い天井にあり、足場も無いため、どうやってつけたのか不思議に思えるが、かつてはもう少し低い天井であった、もしくは途中に別の岩が突き出ていた可能性もある。このステンシルは色は淡いのだが、全体がひとつの作品のような趣があり、私はとても好きだ。

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前回訪れたときのブログに主な写真と解説はアップしてあるが、サイトの名前の発音はナングルワーというより、ナングールーワーと音を伸ばすようだ。ウェブサイトにも主な画像をアップしてある。

前回も気になったが、どうもこのサイトの壁面は全体的に泥をかぶっている。それなりに高い位置にあるのだが、いつか洪水があったのだろう。一度泥に覆われるとシェルターで雨に当たらないためなかなか泥も落ちないわけだ。だから絵も消えないとも言えるが。

このサイトには比較的新しいX線技法で描かれた魚やカメの絵があるが、これは"Old Nym" Djimogorと呼ばれるアーネムランド出身の男が1960年代半ばくらいに描いた、最も新しい絵だ。彼はこの日の午後訪れるノーランジー・ロックのAnbangangギャラリーの絵を描いたNajombolmiの友達だったという。後にここに訪れたヨーロッパ人がディーゼル燃料を染み込ませたぼろ布を岩の隙間に入れ、火をつけて絵を消そうとしたらしい。世の中には一定数かならずこうしたことをする人がいる。誰かの努力を、人が大切にしているものを台無しにしてやりたいという欲望が強い人だ。幸い絵は残ったが、70年代末の写真を見ると、左上のカンガルーの下あたりが真っ黒くなっているが、今はほとんどわからない。

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ここはナーユァーヨングィー(Nayuhyunggi)あるいはナーマンデーと呼ばれる細長い精霊の像などが特徴で、自然とそれらに目が行くのだが、1万年以上前のものである可能性がある古い絵もあり、今回はそれらに注目してみた。年代区分でいうと、2万年くらい前と言われる、足を大きく開いた動きのある人物画、「ダイナミック・フィギュア」と呼ばれる絵がある。

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キンバリー地方に残る、リアルな人物画であるブラッドショータイプに似た「ポスト・ダイナミック・フィギュア」と呼ばれるタイプの絵があり、これがなかなか興味深い。槍などの道具と一緒に描かれることが多く、この絵にもいくつか槍などが描かれている。

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キンバリー地方のブラッドショータイプの絵は、あまりに他のアボリジニの岩絵と異質だというので、現在のアボリジニの祖先によるものではないのではと言う人もいるらしいが、オーストラリアの外に似たものは見つかっていないし、私はアーネムランドやカカドゥの中にあるいくつかのタイプの絵は良く似たところがあると思う。特に、このポスト・ダイナミック・フィギュアはその一例だ。そして、ブラッドショーに描かれる細長い帽子やひじに付けた房飾りなどはアボリジニの古い記録写真に非常によく似たものがある。

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時代区分はよくわからないが、素朴な線で描かれた人物も面白い。下の絵は投槍器を使って槍を投げる人物だ。

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何を表しているのかよくわらないものもある。植物のような印象もあるので、ヤムイモ期と呼ばれる、ヤムイモと人のハイブリッドなどが描かれた時期(約1万5千年前)の絵かもしれない。ヤムイモは貴重な食材であり、ドリームタイムには人と同じような姿で歩き回っていた精霊のようなものでもあった。ヤムイモのドリーミングを描いた絵が盛んに描かれた時代がある。ヤムイモのドリーミングは人の頭にヤムイモの蔓や葉が出たような姿で描かれることがある。

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また、この部分など、これまで右側のナーマンデーらしくい像に気をとられていたが、あらためて見ると、左下の人物像の方が気になる。棘がついた槍が複数刺さっているように見えるからだ。槍と人物は別の時に描かれ、たまたま重なったのかもしれないが、同じタッチに見えなくもない。もし人物に槍が刺さっている絵だとしたら、どういう意味があるのだろう。

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古い短いストロークで描かれた絵に、かなり新しい女性像が重ねて描かれている。重ね描きについて、古い絵を消して描くのではなく、上から重ねるという行為は古い絵の存在を否定するものではなく、一緒に活かされているのだ、という説明をする人がいるが、これは1万年という長い歴史においては必ずしもそうとは限らないと思う。文化的変動も様々にあっただろうし、部族のテリトリーなども変化したに違いない。古いものの上に自分たちの絵を重ねるのは、場所を「更新」する意味を持っていた場合もあるように思うのだが。

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これらの手の絵に書かれた模様は、当時のヨーロッパ人の女性がしていたレースの手袋を模したものではないかと言われている。

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今回、ナングールーワーではずっと一人だったので、シェルターの端の方もくまなく見てみた。

午後にはさらに同じノーランジー・ロックの別の部分の岩絵サイトを再訪。AnbangangギャラリーにNajombolmiが1964年代に描いた最も新しい部類の絵も再撮影。このエリアの岩絵について初めて記録したのは1962年にここを訪れたイギリスの博物学者デヴィッド・アッテンボローらしいが、彼が撮影した時にはこの絵はまだ存在していなかった。その記録映像を見てみたいものだ。

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描かれているのは髪飾りを付けたBininとDalugという二つの氏族の男女だ。女性の胸に斑点が描かれているものがあるが、それは母乳を表現しているのだという。1979年に撮影された写真と比べるとかなり擦れて、一部消えてことがわかる。1万年も前の絵が明瞭に残っているのと比べると不思議だが、初期の観光客が多く絵に触れていたことと、かつてこのエリアにたくさんいたバッファローが岩に体をこすりつけることも絵が消えたことの大きな要因の一つらしい。現在も牛が多いエリアなどは柵で囲うなどして対策をしている。このエリアに最後に描かれた絵は1972年のものらしいが、それはもう完全に消えてしまったようだ。

「踊る人」と呼ばれる絵なども再撮影。おそらくよほどの理由がないかぎり、今後再訪することもないだろう。

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サウス・アリゲーターの宿に戻る帰り道、ブッシュを焼く煙がもうもうと上がっていた。

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宿に早めに戻ると白いインコの大群がホテルの敷地に集まって騒々しいのなんの。このホテルはかなり古く、見た感じ国立公園が出来た80年代に建てられたもののように見える。あちこち錆びているが、この白いインコの通り道になっているので、羽根と糞がすごく清掃の手が回らない感じだ。ジャビルには酒屋が無いようなので、仕方なくバーで買う。なんと缶ビール一本が750円。涙が出そうだ。

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