平井玄×菊地成孔トークセッション
平井玄『愛と憎しみの新宿』
菊地成孔『歌舞伎町のミッドナイト・フットボール』刊行記念トーク
■出演: 平井玄×菊地成孔
■ タイトル:『愛と憎しみの新宿』
新宿・歌舞伎町・ジャズ
■ 日時:2010年9月15日(水)19:15〜20:40
■ 会場:ジュンク堂書店新宿店(8F喫茶コーナー)
《感想文:つれづれ》
平井玄『愛と憎しみの新宿』(ちくま新書)が発売されて、「ああよく売れてるな〜」って棚を見ていたのです。「やっぱ新宿店だからそりゃ売れるよな〜」って新書の週間ランキングの棚をボーッとレジから眺めていたのです。すると平井玄さんがひょっこりレジに現れて本を買われていったのです。
8月23日。
それでふと思いついたのです。
んっ!? ちょっと待てよ。新宿店で新宿をテーマにしたトークをやりたいって平井さんに頼んだらトークやってくれるんじゃないか?
それで後を追いかけたのですが、その時は捕まらず、でも筑摩に知り合いの編集者がいたので、担当のNさんを紹介してもらって、平井さんに連絡してもらったら、快諾とのこと。
「やったー!」
それで対談相手もセッティングしてくださると。
そっそそっっそっそ、それでなんんなんっっななあんと
歌舞伎町の住人、菊地成孔さんが!!!!!
こういう感じでトークが実現するはこびになりまして、これは我ながら、思いつきながら、いい企画だと思っておりまして、案の定、参加希望者が殺到しまして、満員御礼 しかも、これは本当にうれしいことなのですが、なんとドタキャンゼロ! これは長らくトークを担当して初めての快挙です。キャンセルの方は事前にちゃんと連絡を下さいました。またどうしてもいけないからとサイン本を希望されるお客様も。
さて。トークは、実は、当日は満員で私は会場に入れず、またお客様の誘導やサイン会の準備やお金のチェックやらでゆっくりとは聴けませんでした。
でも「ああ、今日は聴けない」と早い段階で分かったので、体のモードも切り換えて、そう、雰囲気を吸収しようと思って。
平井さんは根っからの新宿人でおそらく今現在のあのおおらかな感じというのは、ここ数年で形成されたんじゃないかと思うんですね。昔はやんちゃ(笑)もやったんだろうなと思いながら、チラチラと表情を窺っていました。
菊地さんは現役の歌舞伎町住人で、どこかしら新宿という街を体現しているのだけど、やはりおおらかというか、一言で言えば雰囲気をちゃんと持っているのですね。これが新宿の雰囲気なのか、菊地さんの雰囲気なのかと問われれば、菊地さんの雰囲気なのでしょうが。
そんな空気を存分に感じ取りました。
最後に平井さんの『愛と憎しみの新宿』から少し長めに引用しておきます。
変わらないざわめき 見せかけの明日を
約束して別れる いつも急ぐ女
二〇〇八年にこれを聴いた若い女性がブログに「はんなりとした心地よさ」と書いている。時の流れがささくれた外皮を殺ぎ落とし、そこに現れた瑞々しい果肉こそ、文彩であれ音塊であれその核質とはいえるだろう。しかし四分一五秒の曲に「何も変わらない」という言葉が八回もリフレインされるのである。ダブやヴォコーダーで巧みにカムフラージュされ、水草が添えられた金魚鉢の中の澄んだ物語のように歌われるこの曲には、レゲエなのに最良のボサノバが秘めた「柔らかなニヒリズム」がある。金魚鉢の底には「変わらない明日」への怒りが沈められている。こういう抑制された感情表現はおそらく一代限りの知性では現れてこない。ジョアン・ジルベルトやバーデン・パウエルの蔭に、軍事独裁下で生き延びるための知略の粋を身に付けた詩人外交官ヴィニシウス・ジ・モラエスがいたように、この龍一の蔭にはやはり父である編集者・坂本一亀がいたと思う。
「針一本/床に落ちてもひびくような/夕暮がある」。これは詩人との対話の後で開高健が引いた田村隆一のある長詩の冒頭である。稚魚が飛び跳ねるような電子レゲエのテンポの中にこういう静けさを感じる。一九七九年、すでに充分なほどの小奇麗さを蓄えていた青山の街角。渋谷方向に陽が沈む夕暮れ時の喧しさの中に、鋼鉄の壁に額を打ちつけた者の乾いた虚無がある。この詩片が掉尾に置かれた開高の対談集『人とこの世界』は『文藝』編集長だった坂本一亀の長い影の中で編まれた、と佐野眞一はいう(ちくま文庫『人とこの世界』解説)。一亀氏が高橋和巳や埴谷雄高と飲んだバー「悲の器」は二十代の私が家族と泥のようになって働いていた路地のすぐ先にある。その隣には澁澤龍彦様一家眷属が集う「ナジャ」がある。そういう、パリでシャンソンを生んだ環境にも似た文藝的な堆積があって初めてこういう音曲が生まれた。この時、そこでどぶ泥に塗れて悪戦苦闘していた私はそう考えるのである。
文学、映画、演劇、音楽、ありとあらゆるジャンルの作家、論客、前衛、異端、切れ者、すね者、その他有象無象の方々がこの新宿という街の底で夜となく昼となく蠢いていた。
(五四〜五六頁)
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