Hatena::ブログ(Diary)

Entrepreneurship Study このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2011-11-27 新興株式市場の創始

新興株式市場の創始

また妙なテーマでと思われるかもしれないが、新興市場の始まりについてフォトを交えて短く記す。

1972年にニューヨークで24名の仲買人が「すずかけ協定」を締結したのがニューヨーク証券取引所NYSE)の起源というのは知られた話だが、NYSEが主だった企業の株式を売買するのは20世紀になってからである。それまでは国債や州債などの公債、海運・鉄道といった堅いインフラ産業の社債、株式はほんの小規模の取引というものであったという。

19世紀後半の第二次産業革命で世界一の工業国にのしあがったアメリカの原動力である製造業は、当時取引所に上場していなかったのか。

NYSEに上場した民間企業は、鉄道、金融を除けば僅かであった。例えば、1885年のNYSEの取引株式銘柄数151社の内訳は、鉄道122社、公益事業5社、鉱業11社で、製造業は13社にすぎなかった。製造業の多くは、せいぜいが地元の証券取引所(ピッツバーグやボストンの取引所)に登録されて売買されるか、あるいは『カーブ市場』(Curb Market)と言われたニューヨーク・マンハッタンの屋外の路上の青空市場で売買されるしかなかった。したがって、19世紀後半に勃興した新興企業は、(確たる記録が多数残っているわけではないが)カーブ市場で株式が売買されていたのである。

このカーブ市場は、1921年に正式にマンハッタンの建物の中の屋内取引に移行してアメリカン証券取引所となり、現在はNYSE AMEXの名で営業されている。

下の4枚の写真は、19世紀後半の当時のカーブ市場の様子である。

f:id:masaono777:20111127140801j:image:w640:left

f:id:masaono777:20111127140815j:image:w640:left

f:id:masaono777:20111127140834j:image:w640:left

f:id:masaono777:20111127140846j:image:w640:left

2011-11-12 アップルのロクでもない野郎

アップルのロクでもない野郎

1976年、21歳のスティーブ・ジョブズは、レジス・マッケナの紹介でセコイアキャピタルのドン・バレンタイン(当時43歳)に会った。

そこでジョブズに会った後、バレンタインがマッケナに言った言葉が面白い。

"Why did you send me this renegade from the human race?" 

(このロクでもない大バカ野郎をなんで来させたんだ?)


バレンタインは出資には興味はなかったが、昔の同僚のマーク・マークラにその話をした。興味があったマークラは結局25万ドルをアップルに出し(株式8万ドルと貸付17万ドル)、結局アップルの公開時にはマークラはアップルの3分の1の株式を所有し、その時価総額は2億ドルとなった。

セコイアのバレンタインは、その後にアップルに出資して利益を上げたが、最初にジョブズに会った後に投資の検討を進めれば膨大な利益となっただろう。伝説的な成功をおさめているセコイアも、アップルで「チャンスの前髪」を逃がしたのである。

ジョブズ死去の折、22歳年上のバレンタインはあのrenegadeという言葉を思い出したであろうか。

(注:renegadeとは日本人にとって翻訳しにくい英単語。直訳すればキリスト教の背信者・裏切り者だから、最大限にあざけった言葉だと思う。)


下の写真は25万ドル分のチェックをジョブズに渡すマーク・マークラ。この記念写真を撮った時、この紙切れが2億ドルになるとマークラは期待しただろうか。

f:id:masaono777:20060218092642j:image:left

2011-10-09 スティ−ブ・ジョブズ:先端、反骨、親和、泥臭の奇妙な同居

スティ−ブ・ジョブズ:先端、反骨、親和、泥臭の奇妙な同居

10月5日の逝去以来、多数の記事が出ているので、ここでは彼の一生に対する私自身の感想を記す。

ジョブズの匂い

言うまでもなく、彼はIT業界で最先端を走り、鋭い風貌、颯爽とした姿という持って生まれた格好良さ、高速回転の頭脳、立板に水の弁舌、こうした要素が彼のカリスマ性のベースにあったことは間違いない。

反面、過去30数年間、彼から多くの人々が感じてきたのは、先端性や格好良さと反対概念の、泥臭さ、独善、反骨、直情、ロック(音楽)といったイメージ、別の言葉でいえば、スマート、ジェントル、エリート、クラッシック(音楽)のような「善きメインストリーム」へのアンチテーゼである。

有名なAppleのロゴの変遷も、完成し人々が見ているロゴは、時代時代で先端的でクールであったのだが、それを決める過程での騒動が、(多くの書物や手記に書かれているように)何とも感情的で人間臭い。そうしたジョブズAppleに関するエピソードは過去に多数発表されているが、それらが公にされればされる程、本来デジタルで計算するだけの冷たい箱が何がしか温かい感性を併せ持っているように感じさせてしまうという人間親和性が加味されてきたように思う。

■ロゴからみた初期のApple

Apple Computer社(現在はApple Incorporated)が設立された直後の社のロゴは、現在のような「囓りかけのリンゴ」ではなく、ペン画だったことはご存じの方も多いだろう。 Apple Computer社は1976年4月にジョブズとウォズニアックにより設立されたという事になっているが、事実としてはもう一人の共同設立者ロン・ウェイン(Ronald Wayne)がおり、3人によるパートナーシップが原型であった(その後、パートナーシップは投資家マイク・マークラによる25万ドルの出資を得て1977年1月に株式会社に改組された)。ウェインはアップルに加わって1年も立たずに10%のAppleのオプションを800ドルで放棄して退社し、今はネバダ州で年金生活しているというが、創業当初のApple最初のロゴは彼によってデザインされたものである(図)。

f:id:masaono777:20111009182534j:image:right


このペン画は「リンゴの木に寄りかかるニュートン」を描いたものだったが、ロゴへのイメージは今も昔も同じであろう。今から35年前の1976年のことだから、現在の価値感でロゴを語ってはいけないのかもしれないが、それにしても堅苦しくて複雑で古くさい。「シンプル」、「クール」が口癖のジョブズがよく怒らなかったものだ、と思うほどのスケッチ(というより銅版画)である。



■6色ロゴ時代

ジョブズはしばらくして、そのロゴが堅苦しいイメージであること、そして小さくして利用するのには適していないことを理由にロゴを変えることにする。 具体的には1977年にレジス・マッケンナ社(広報コンサル会社からスタートし、1990年代はシリコンバレーのITコンサル会社として風靡したが、その後解散)に依頼し、同社のアート・ディレクターであったロブ・ヤノフ(Rob Janoff)が現在のロゴの先駆けとなった6色のアップルロゴ、すなわち「囓りかけのリンゴ」をデザインした(図)。

f:id:masaono777:20111009182643j:image:right

ヤノフによると、なぜかじった箇所をリンゴに入れたかは、広く言われているようなbite≒byte説ではなく、「トマトと間違えられないように」であったという。彼は、ジョブズはロゴにAppleという会社をhumanize(人間的にする)役割があると考えていたという。そのために、6色カラーの配置の最上部は緑だと主張した。なぜかといえば「リンゴの上には緑の葉っぱがあるだろう、それでなければ不自然だ」とジョブズは言ったという。

はたまた騒動があった。ヤノフは6色の境界線に黒い線を入れることを提案した。印刷時に色合わせが楽なためだったが、ディティールにこだわるジョブズはこれを強く拒んだ。それやこれやで、当時のApple社長マイケル・スコットは「もっとも印刷に金のかかるロゴ」と嘆いたのである。



■ノスタルジーを打ち破る

このようなAppleの象徴とされる「魅惑の6色」アップル・ロゴは、1997年、ジョブズが暫定CEOに就任するや、単色のアップル・ロゴに置き換わっていく。そして1998年にリリースされたPowerBook G3に初めて単色のアップル・ロゴが使われ現在に至っている(図)。

f:id:masaono777:20111009182711j:image:right

6色ロゴはジョブズだけでなく社内には伝説にも似たこだわりがあったのだろう。これまでAppleの製品や印刷物にはすべて6色ロゴが常に使われてきたというイメージがあるが、実際にはジョブズAppleに復帰する以前にも単色のAppleロゴが使われていた。しかし、6色ロゴのデザインを事実上支配したジョブズが帰ってきたからこそ、6色から新たなリンゴに殻破りすることができたのだと私は思う。なにせ、1970年代から90年代までのマックユーザーにとって6色ロゴはアップルそのものであり、かつ最盛期へのノスタルジアでもあったのだ。

なぜ6色を捨てたのかは私は知らない。勝手に推定すれば以下の3つが要因ではないかと思う。

一つは、コンピュータという箱(筐体)は小さくなり、膝に乗せ、ポケットに入れる時代になった。同時にプラスチック製造加工技術が進歩すると共に、箱を手で扱うようになったために、筐体は角を取って丸みのあるデザインとなった。その中では、水平直線で重なった6色のリンゴは時代の製品にそぐわなくなったのではないか。二番目はグローバルにおけるコーポレート・デザインの潮流である。製品は欧米や日本のみならず、発展途上のアジア、ラテンアメリカ、イスラム、アフリカへと、ほぼ共通のものが販売され、ましてや社名は世界共通である。当然、ロゴは世界中の人々が最大公約数的にイメージされることが主なターゲットとなり、ロゴ・デザインは「simple」、「impressive」なものになっていった。ナイキのスウォッシュ、マクドナルドのMがそれである。Appleも自然それに追随し(同社のことだろうから否定するだろうが)、ジョブズの強いシンプル指向もあって、単色化されたと考えることができよう。三番目は先に述べたようなAppleの再生を社内外に象徴づける役割である。この件に関してはジョブズが発言していないようなので、私の推測にすぎない。

以上、結論のないことを書いてきた。ジョブズを失った時、(普段何がしかうっすらと感じてはいたものだが)彼がグローバルに主張を発信し、また個人的にも人間の生(き)を貫いてきた男であったことを改めて思い知るのである。

アメリカという国は時代時代で印象に残る人物を輩出するところだと改めて思う。


■番外

余談だが、ジョブズと音楽を重ねあわせるとすれば何か。当然、ロック音楽だろう。ボブ・ディランの"Like A Rolling Stone"か、ビートルズの"Let It Be"か、ジョン・レノンの"Imagine"か。3曲ともジョブズが好んだそうである。松尾公也氏は「スティーブ・ジョブズが好きだった曲〜ビートルズ、ボブ・ディラン」の中で、ジョブズはこう言っているという:

「僕くのビジネスモデルはビートルズだ。互いの欠点をチェックし、バランスがとれていた。個々をあわせたものよりも優れていた。優れたビジネスは一人ではなくチームによりなされる。」

まあ、そうなのだろうが、私のイメージの中では、ジョブズはドゥービー・ブラザーズのトム・ジョンストン(Thomas Johnston)である。野太い声、世界一流のギターテクニック、美しいハーモニー、一貫したプロフェッショナリズム、70年代の最盛期後に健康を害したことによる長期休養とバンド脱退、87年からの復帰、そして63才の現在も年間100回を超えるコンサートをこなし第一線にあるキャリア。ジョブズとトムのキャラクターと人生に、何故か重なるものがあるように感じる。

ドゥービー・ブラザーズの数ある名曲の中で、ジョブズをイメージするとすれば何か。"Long Train Runnin'"、"Listen To The Music"、"What A Fool Believes"あたりだろうが、やはりiPodだから"Listen To The Music"としよう。快活な歌詞とリズムはジョブズをイメージできないけれども、自分勝手ながら彼を想う曲としておきたい。

D

"Listen To The Music" 作詞・作曲 Tom Johnston(1972年)

Don't you feel it growin', day by day

People gettin' ready for the news

Some are happy ,Some are sad

Oh, we got to let the music play

What the people need is a way to make 'em smile

It ain't so hard to do if you know how

Gotta get a message , Get it on through

Oh now mama, don't you ask me why

Wow Woo, listen to the music

Wow Woo, listen to the music

Wow Woo, listen to the music All the time

2011-08-15 高校生向け「イノベーションと企業」

高校生向け「イノベーションと企業」

高校生向けの模擬授業のために作ったパワーポイント・スライド「イノベーションと企業」です。

大学で何をやるかにポイントを置いて、歴史を照らし合わせて作ったものですが、参考になれば幸いです。

f:id:masaono777:20110815091328p:image:w640

Innovation and Corporation in Our World

D

2011-04-12 アントレを原点から書いてみた

アントレを原点から書いてみた

f:id:masaono777:20110412233929p:image:right

年度末と大震災の余波で途端に忙しくなって、このブログをメンテナンスしないままになっている。

代わりにというのも恥ずかしいが、一冊学生向けにアントレプレナーシップのテキストを書いたので、関心を持たれればご覧頂きたい。

ベンチャー・ウォッチャーらしく、Slideshare(2006年サンフランシスコで創業、Venrockが投資、現在従業員30名)にテキストを掲載したが、3日で1500viewを頂いた。予想外の関心でviewerにお礼申し上げる。

アントレプレナーシップというと・・・ベンチャー、IPO、ネットビジネス、そして若手起業家と、実際のベンチャー企業の活動そのものとみるのが常だが、根っこから考えてみるとそんなことはない。新事業の種をまいて芽を出して育ってから結実するはずであるのに、世の中は「花」しかみない。現実とはそんなものかもしれないが、真実のプロセスはそれとは違うはずだろう。

とまれ、私が言っても蟷螂の斧。巷の世は外側しか見ないけれども、これから社会に出る学生には本当の過程(と私が思うもの)を教えるべきではないかと、不肖考えてみてまとめたのが件のslideshareのテキストである。一夜漬けの弊はぬぐえないことを記しておきたいが。

slideshareのテキストは、第1部第2部に分かれている。)