東京都の青少年条例に関する雑感(※追記あり)


コミPo!が届くのを待っている間に、東京都の青少年健全育成条例改正案が成立したようだ*1。早い時期から追いかけていたわけでも何でもない。推進派もさることながら、反対派の主張にも賛同しにくいところがあり、あまり深入りする気にならなかったというのが正直なところである。

青少年条例と世間

いわゆる有害図書(東京都では不健全図書)という仕組みは、今にはじまったことではない。「行政」がやるか「自主規制」であるかという点をわきに置いておけば、“未成年者に”見せるべきではないというコンテンツがあるというのは世間的には受け入れられている話だ。「どんなコンテンツも本人の選択に任せるべきであり、未成年者を区別する必要はない」という意見はあるだろう。私は与しないし、それは世間の賛同も得られないと思う。

自主規制はよいが、行政がやるのは検閲だ、という意見の妥当性については後で述べるが、自主規制が機能していなければ行政が出てくることはあるだろう。もう30年くらい前だったと思うけれど、大げさに言えば、日本のテレビには裸があふれていた。外国からは、テレビで裸と暴力が放映されることを珍しがられていたと思う。あまりに過激になって国会で取り上げられて、自主規制することになったという経緯があった*2。もし、テレビ局が「表現の自由への干渉だ」と言い張って、自主規制を設けなかったら、行政的な規制がかけられていたのではないか。

別に子供を無菌室で育てるべきだと言っているのではない。子供といっても、小学生と未成年ギリギリの大学生では違いがあるし、未成年でも結婚していれば契約の当事者になれるといった面はあるから十把一絡げにすることも難しい。難しいけれど、個々に“大人試験”をして免許を与えるわけにもいかないから、20歳とか18歳という“無差別の条件”で区切っているわけだ。

小説や漫画、映像が人に影響を与えるかと言えば、与えるだろう。ピストバイク*3で公道を走るドキュメンタリー映画がある。公道を走ることは道路交通法違反だし、何より危険だ。ピストバイクがかっこいいと思って公道を走っていたら、事故を起こしてしまい、自責の念にかられつつ後悔しながら生きる、という映画ではない。なんら批判していないメディアによれば、ただ「ピストバイクがかっこいいと思って公道を走る」映画らしい。これを見て、「ピストバイクがかっこいいと思って公道を走る」人が出てきたらどうするのか。大人なら自己責任だが、子供はどうか、と思う。別に、この映画が成人指定になっているわけではなさそうだが、まあ、あまり子供に見せたくなるものではない。

もちろん、日頃、まともな生活をしていれば、そういうものを見たところで、いきなり道路交通法違反を無視したがるわけではないだろう。だが、そういうものから遠ざけようとするという社会の配慮を捨て去るものとは思わない。「子供は無菌室で育つわけではない」という方が、むしろ綺麗ごとに見える。

ゾーニングなのか発売禁止なのか

東京都は「ゾーニング」だと言っている。実際に条例*4を見ると、以下のように書いてある。

第9条…
2 指定図書類を陳列するとき(自動販売機等により図書類を販売し、又は貸し付ける場合を除く。以下この条において同じ。)は、青少年が閲覧できないように東京都規則で定める方法により包装しなければならない。

つまり、“売るな”とは書いてない。

ただし、よく言われている通り、東京都で不健全図書に指定されると、流通が取り扱わなくなるらしい。こちらによれば、

「東京都当局から連続3回または年通算5回の不健全図書指定を受けた書籍は取次(流通)会社が取り扱わない」という出版業界の自主規制

があるそうだ。つまり不健全図書に指定されることは事実上の発売禁止措置であり、それが問題だということらしい。区分陳列すれば大人に売ることは規制されていないのに。

「売るなと言われているわけでもないのに売らなくなる」のであれば、面倒臭がって扱わなくなる流通業者にこそ「表現の自由を守れ」というべきではないのだろうか。

新条例

東京都のサイトに「新旧対照表(PDF)」があったので見てみた。第7条1項2号は次のように書かれている。

漫画、アニメーションその他の画像(実写を除く。)で、刑罰法規に触れる性交若しくは性交類似行為又は婚姻を禁止されている近親者間における性交若しくは性交類似行為を、不当に賛美し又は誇張するように、描写し又は表現することにより、青少年の性に関する健全な判断能力の形成を妨げ、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあるもの

つまり「不当に賛美し又は誇張するように、描写し又は表現」していないのであれば、規制に該当しないのではないだろうか。過去の著名な作品を取り上げて「あれもこれもダメになる、それでいいのか」という主張は、ほんとうに正しいのだろうか。以前にも書いた通り、反対派の理由付けが妄言ばかりだと、正当な反対理由なんてないことが強調されてしまうことになる。

都知事批判

もうひとつ気になるのが、石原都知事の著作や個人に対する批判である。それは条例の是非とは関係ないものだ。百歩譲って、「こんな(悪い)ヤツだから、こんな条例を出してきた」という言い分があるとしても、議会で反対されたら成立しなかったはずだ。そもそも、都知事は選挙で選ばれたのだ。「石原都知事だからダメ」と言ってしまうと、反対するのは少数派ということを肯定しかねないのではないか。

いまだ、新しい条例で(過去に指定されなかったもので)どのような書籍が指定図書にされるかわからないし、どちらかに投票するなら私は反対票を投じるだろう。だが、聞こえてくる反対派の主張にあまり説得力を感じないのである。

追記(2010/12/17)

「自主規制はよいが、行政がやるのは検閲だ、という意見の妥当性については後で述べる」のを忘れていた。

有害図書がどのように指定されるのか正確な仕組みを知らなかったのだが、少なくとも書籍が発売される前に調査されているのではないようだ。たまたま指定を受けた書籍が amazon で年齢制限もなく販売されていることに気が付いたのだが、これは「不適切じゃないか」という連絡があったものについて個別に判断しているのではないだろうか。ということは、書籍の内容を検閲、つまり強制的に全調査しているとは言えないように思う。青少年条例を“検閲”と批判するのは当たらないと思う。

もうひとつ。テレビにはBPO*5というものがあり、個々のテレビ局が放送したものを検証する仕組みがある。少なくともテレビ局がゴーサインを出したら何でもOKというわけにはいかないし、テレビ局も BPO で問題視されないような放送を心がけているはずだ。ゲームにおける CERO や映画と映倫の関係もそうだ。しかし、出版には、その手の仕組みはないように思う。書籍とテレビ放送では、求められる倫理のレベルも変わるが、公的に検証されるのが嫌なら出版社とは独立した検証の仕組みが必要なのではないだろうか。もし、それを設立する代わりに「自治体(東京都)の評価を受けて流通を規制する仕組みを取り入れているのだ」というのなら、それは検証のコストを自治体に肩代わりさせているようにも見える。

追記2(2010/12/17)

はてブでご指摘いただいたが「出版倫理協議会」というものがあるらしい。というより、上記のリンク先にしっかり書かれていた。wikipedia にも書いてあるが、「年5回、もしくは連続3回不健全図書に指定された雑誌類は、小売店から特別な注文が無い限り配本しない」というのが、出版倫理協議会の自主規制のようだ。ってことは、都条例に反対する代わりに、追従するのをやめればいいわけだね。「そうすべき」かどうかはともかく。

*1:都育成条例改正案、成立 本会議で可決」など。

*2:という話が、『OTV』に書いてあった。

*3:ブレーキの付いていない競輪用の自転車。

*4:東京都青少年の健全な育成に関する条例(PDF)」。

*5:放送倫理・番組向上機構