映画 「パッチギ!」

molmot2005-02-03

18)「パッチギ!」 (シネリーブル池袋) ☆☆☆★★

2004年 日本  カラー ビスタ 119分 
監督/井筒和幸   脚本/羽原大介 井筒和幸   出演/塩谷瞬 高岡蒼佑 沢尻エリカ 楊原京子 尾上寛之


 
 井筒和幸というヒトは不思議なヒトで、プログラムピクチャーの名手の様な印象を持たせながら、「岸和田少年愚連隊」を除くと職人監督として動員された作品は案外凡作が多い。近年でも「さすらいのトラブルマスター」とか「ビッグ・ショー! ハワイに唄えば」といった空振りがあった。しかし、傑作「岸和田少年愚連隊」を経て「のど自慢」のオーソドックスな正攻法の堂々たる演出には嫌悪すべき箇所もありつつやはり感心し、興行的に奮わなかったことが大変惜しまれた。しかし、「ゲロッパ!」となると大衆迎合の度が過ぎ、寒い笑いをしっかり寄りでリアクションを拾いつつ見せられ、腹が立った。その点「パッチギ!」は「のど自慢」以降の大衆迎合的媚びた描写が相変わらずあって不愉快な箇所はあるものの、後半の素晴らしさで出色の佳作に仕上がっている。
 絶対ハズさない得意分野を持つ監督は強いと思う。あの監督はあのジャンルが得意だ、と言われながらそれが出来ていない作品は多い。例を挙げて悪いが大森一樹の医療モノ、金子修介の少女など、彼等が初期の代表作で見せたものがその後、「エマージェンシーコール」や金子の少女を主人公とした諸作でそれ以上のモノとして観ることがあったか。
 井筒和幸は「ガキ帝国」「ガキ帝国 悪たれ戦争」「岸和田少年愚連隊」とハズしていない。また30数年前のガキの喧嘩話かと揶揄されることもあろうが、惰性に陥らずに高い質を保っているのは凄いと思う。
 言ってしまえば「のど自慢」+「ガキ帝国」「岸和田少年愚連隊」なのだが、「のど自慢」以降、山田洋次かと言う様な徹底した正攻法の演出で見せる井筒だけに、揺ぎ無い演出で集大成的円熟を見せる。
 前半は乗れなかった。井筒の近作の悪い傾向である、会話のリアクションをオーバーな演技で切返しでしつこく描くのが続き、「ゲロッパ!」では全編これが続き、ほとほと嫌気がさしたのだが、劇場内のオバハン達はそれに大喜びしていたのだから、それで良しとすべきかもしれないが、山田洋次だって、こんなベタな芝居をしつこく見せたりしない。もっと乾いた笑いが観たい。
 「理由」にしてもそうだが、かつて若さとセンスで優れた作品を見せていたヒトが年老いてきた際に陥るズレの問題は、本作にも感じた。老若男女に受け入れられる大衆の為の映画を作ろうとムリしている井筒は、題材の背景をしっかり語ろうとする。即ち、在日朝鮮人の歴史背景だが、実に直接的な描写で見せる。「イムジン河」のレコードをかけるシークエンスからオダギリジョーの経営する酒屋のカウンターの客達の会話へと繋げ、そのパートで、客達に強制連行、朝鮮戦争、統一問題等を語らせてしまう。東映が作っている同和映画じゃあるまいし、こんな直接的なシーンが必要なのか。脚本を作る上で、どこかで歴史背景の説明をしたい、この後ろは喧嘩シーンが続くし、ここは主人公とヒロインの描写が詰まっている。そうだ、ここで「イムジン河」かけるついでに歴史説明しておこう。説明的内容でも複数の客に振れば持つだろう、的な安易な発想で挟み込まれたのではないか。そういう意味で「GO」の方が遥かに優れている。
 しかし、開巻のバス横転に至るまでの朝鮮高との派手な喧嘩も流石に手馴れたもので、ガキ達愚連隊集団をどう動かし、どうアクションを見せるかを十全に心得ているヒトだけに、やはり巧い。
 友人の死を経てからの後半の盛り上げ方は素晴らしく、オーソドックスな要素を散りばめながら、それを的確に纏め上げている。これができる監督が現在何人いるかとなると、井筒の存在は貴重に思える。しかし、にも係わらず井筒はプログラムピクチャーの監督にはなれないのだから不思議だ。
 本作は加藤和彦が音楽を担当しており、全編ザ・フォーク・クルセダーズの曲が流れるので、フォークル好きな自分としても、ひたすら心地良かった。
イムジン河」を聞くと即座にフォークル主演で企画され、フォークルが大島渚を監督に指名した為に、あの時期の大島作品でも一際異彩を放つ「帰ってきたヨッパライ」
が想起され、殊に劇中、在日朝鮮人渡辺文雄がトラックにフォークルを乗せて移動するシーンで、ヒロインの緑魔子を中心に据えたトラックの荷台でフォークルが唄う「イムジン河」は忘れ難い。
 「あの素晴らしい愛をもう一度」に関して言えば、今回劇中で使用されているのは2002年の再結成時にリリースされたヴァージョンで、この曲への愛着も深く、映画での記憶を辿ればFATMAN BROTHERSのカヴァーがエンディングで流れるVシネか何かあった筈で、又何より庵野秀明の「ラブ&ポップ」のエンディングでの三輪明日美のカヴァーが忘れ難い。更に余計なことを言えば庵野が監督した「式日」の主演岩井俊二が監督した「四月物語」には加藤和彦が特別出演しており、それらの記憶が蘇り、本作のエンディングに流れるこの曲を聴きながら妙な感動があった。
 「悲しくてやりきれない」も素晴らしいのだが、再結成時のアルバム「戦争と平和」に収録された「悲しみは言葉にならない」も素晴らしいので、劇中で使用してほしかった。
 後半の持ち直しで、佳作になりえた作品だが、観終わった後の充実感が長く続く、近年稀な作品だ。しかし、おすぎは兎も角、小林信彦の激賞は過大評価すぎる。